ドワーフの鎧
「どんな物が欲しい」と聞かれた時、ユークは即答した。
「魔王の攻撃にも耐える鎧」と。
とんだ大言壮語だったが、既にドワーフの商人が、バドルメの戦いの詳細を持ち帰っていた。
「勇者に相応しいものを」と、剛塊のクラトンは返した。
ユークとノンダス、それにラクレアは採寸や細かな注文で忙しい。
特にユークは、鍛冶仕事に興味をもった。
一日中、飽きもせずに火花散る鍛冶場で鎧が出来るのを見守り、遂には手伝いだした。
夜も更けた頃に宿に戻り、灰や煤を風呂で落として寝る。
『平和になったら、鍛冶屋になるか。ドワーフって弟子入りさせてくれるのかな……』と、考えるほど熱中していた。
そんな暮らしを三日ほど続けた頃、宿に戻ったユークは、廊下でミグと行き逢う。
「そんなに楽しい? 熱い鉄をカンカン叩くの」
問い詰める風でもなく、ただの疑問。
「面白いよ! 使う金属や温度によって色が変わるんだ。どの色で叩くかで、出来た時の性質も変わる。他にも使う炭や石炭、焼きを入れる時の見計らい方に……」
ユークが一方的にあれこれ喋り、ミグは黙って聞く。
最後に、「鉄の色が変わる時にさ、ミグの魔法みたいだって思ったよ」と、何の駆け引きでもなく付け加えた。
「あらそう。ま、出来上がるの楽しみにしてるわ。おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
明日も早いユークは、自分の部屋で毛布をかぶる。
ミグが戻った部屋では、ラクレアとサラーシャがまだ起きていた。
何やら言いたげなラクレアの顔に、ミグの勘は警告したが、気付かないふりをしてベッドに入ろうとした時、直撃弾が飛んできた。
「サラーシャさん、見ました? 『おやすみ』と一言交わす為に、寒い廊下でじっと待つ王女のお姿」
「ええ、それはもう。しかも『仕事中に君のことを思い出した』と言われ、顔を赤くして逃げるとこまで」
「王宮でのミグちゃんも、こんな感じだったのですか?」
「いえ、それはまったく。アレクシス様以外の男子など、喋る野菜くらいにしか思ってなかったですから。ここまで純真に成長なさるなど、侍女頭としては嬉しゅうございますわ」
泣き真似をするサラーシャに向かって、久々にミグが大声を出した。
「あ、あなたたち! なにを仰っているのかしら! わたしは、偶然に、本当に偶然に厠へ行った時にユークが! ってか、見てたの!?」
優秀な戦闘員の二人にとって、魔法使いに気付かれず尾行するなど簡単なこと。
「そりゃもう。ユークさまが戻るのを、今か今かと窓から乗り出して待つところから、ばっちりと」
「まさかここまでべた惚れだとは……この私も……」
追撃も容赦がない。
「違う、違うもん! ただちょっと、最近は話しもしてないなーって……元気かどうか、確認しただけで……」
徐々に勢いのなくなる語尾に、ラクレアも少し手加減することにした。
「ごめんごめん。これまで、半日と離れることなかったものね。そりゃ気にもなるよね、結婚の約束までしたんだし」
ラクレアがそっと頭を撫でるのを、ミグは受け入れようとして気付く。
「ちょっと待って。なんでラクレアまで知ってるの? まさか、サラーシャ!?」
流石に彼女が主のことをペラペラ喋ったりはしない。
サラーシャは無言で首を横に振る。
「え、じゃあユークが?」
失言に気付いたラクレアは慎重に答える。
「いやー、まあ、なんか悩んでるし。ここはお姉ちゃんが聞いてあげようと、酒を飲ませて。けど大丈夫です。葡萄酒を二本あけるまで、ユークさまは喋りませんでしたよ?」
「ぜんっぜん大丈夫じゃないじゃないの!」
泣いたり怒ったりと忙しい王女に、サラーシャはこれは良い機会だと話をすることにした。
「ミルグレッタ様、先程は少し調子に乗りました。それはもう忘れて頂くとして。このように、男という生き物は信用なりません。あのアレクシス様だって、私と同時進行で他に三人ほど手を……まあ、これもどうでも良いのですが」
「う……なんか、ごめんね」
兄の女癖の悪さを言われるのは、妹としてはいたたまれがない。
「そこででございます。殿方を虜にする方法をお教えしたいと」
「えっ!?」
「詳しく!」
「うちにも!」
何時の間にか、リリンもやってきて話に混ざる。
結婚こそしなかったが、子持ちの未亡人とも言えるサラーシャの話は、若い三人にとってためになった。
ユークは鍛冶の技術、ノンダスはドワーフの火が付くほどきつい酒、三人は夜のテクニックを学び、アトラス山脈から出発する時がきた。
「対大型魔獣に特化した、カラヤン式積層重甲冑。強固なドワーフ鉄鋼外装と、それを支える二層目と三層目は、対物理と対魔法の呪符が自動展開する。不意打ちだろうが、並の弓も魔法も通さねえ。四層目は硬化オーク材で、重量軽減の魔術が埋め込んである。内張りは暑さにも寒さにも強い砂漠大アルパカの絨毛。魔力を貯めるミスリル片が各所に八つ仕込んである。一年は持つが、マナの補給はこまめにな」
いい仕事をしたぜと、剛塊のクラトンの顔が語っていた。
工賃も儲けもなし、その他の鎧と盾などを含めて、素材費だけで金貨240枚。
だがそれだけの価値はある逸品が揃う。
遠回りになったが、この大陸に来た当初の目的は果たせた。
ユーク達は、ラクダを北へ向けた。
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