男も悩む
ユークの属するクルガン文明圏は、西と中央と東と南に分類される
ユーク達の故郷、東方地域のさらに東にも大地は広がる。
最も人が多く、豊かなのが西方地域。
文明圏にある八つの大国、その内の四つがここにある。
ゴゥル国とアンフォラ王国。
隣り合う二つの大国が、戦争をしていた。
人同士の争いである。
ミグの母国コルキスは、列強で七番目か八番目に位置していた。
人口は700万に届いていたが、ゴゥルもアンフォラも1000万を優に超える。
お互いに『十万の軍勢』と宣伝した五万余の兵力を持ち寄り、国境でぶつかった。
双方の指揮官はそれなりに有能だったが、歴史には残らない。
『冬を前に一戦せねば国に帰れぬ』との思いから、申し合わせたように会戦に突入した。
この結果も重要ではない。
合わせて6000人の死者を出し、遺体回収の為に三日の休戦を結んで終わった。
魔王城から出たセラフのガブリエルは、その戦場跡にいた。
神を信じずに散った6000の遺体を見渡して、ガブリエルはラッパを吹く。
「不信心の者同士、殺し合うがよい」
ガブリエルの神器は死者を蘇らせるが、生き返らせるわけではない。
数千の動く死体が、戦いを終えて休む両軍に襲いかかり、更に数万の動く死体を作った。
ゴゥル国とアンフォラ王国は、戦争どころではなくなった。
この報せを、ユークはアトラス山脈への道中で知った。
『リッチ出現か!? アンフォラ国境で、大量のグールとスケルトン! 冒険者求む!』と。
他にも、『中央地域、イオニア帝国とシレジア帝国が共闘へ! オークの軍勢が南下中! 冒険者求む!』
『ランゴバルト聖王庁領に、謎の巨大卵が流れ着く! 魔物も大量発生! 冒険者求む!』
これは北の大陸中部の半島での話。
列強の大半が飲み込まれる事態で、「何事だ!?」と騒ぐ冒険者達を横目に、ユーク達だけに予想が付いた。
パドルメやコルキスで起きたことが、遂に文明圏全域に拡大したのだと。
次々とギルドの掲示板に貼られる募集を見ながら、ユークがノンダスに聞いた。
「どうしよう? とても手に負える数じゃない」
ユークの意識は北へ向きかけていた。
『魔物が相手なら自信がある。俺ならば』との思いもあった。
ノンダスは、冷静にユークを押し止める。
「焦っちゃ駄目よ。それに、一人で何とかしようと思っても駄目よ。どの国にも、強力な軍が居るわ。追い返せる国もあれば、何年も持ち堪える国もある。剣一本で出来ること、出来ない事を見極めましょう」
ユークは、ラクダに跨って先を急ぐことにした。
今は、一つ一つ階段を登るしかない。
それと、ユークには大きな悩みがある……。
『重い話になってしまった……』と。
ユーク・ヴァストーク、18歳、東方辺境のツガイ村出身。
再来年まで生きていれば、父親になってしまう。
ユークは前向きに考えることにした。
もし故郷が無事でも、二十を超えたあたりから嫁探しのプレッシャーはかかる。
故郷では見たことのない飛び切りの美少女が――しかも家柄も申し分ない――嫁に来るというのだから、両手をあげて喜ぶべきであった。
ユークから見ても、ミグは『美形』だ。
ユークの好みが胸と尻の大きい女だとしても、補って余りある。
初めて会った時から目を惹かれ、子供っぽくいじわるもした。
それから助け合って、別の大陸にまで流れてきて、特別な感情があるにはある。
『わたしが他の男の子供を産んでも平気?』と聞かれれば『嫌だ』と即答するし、『わたしのこと好き?』と聞かれれば、その場で寝台に雪崩れ込みたい。
しかし、これから半年禁欲させられ、たった一度で子供が出来、それからおあずけをくらうのは……。
「この世に神なんていねーな」と言いたくもなる。
左右に大きく揺れるラクダの上で、ユークはミグを振り返る。
これまでにない満面の笑顔が返ってきた。
ユークは、正面を向いて気付かれぬようにため息をついた。
リリンを捕まえて、尋ねたこともある。
「なあ、ミグの腹のあれ、避けること出来ないか? 魔法かなんかで」
「無理だし。大地母神の力を甘く見るな」
「じゃあ外に出せば?」
「そんなの人の意志では不可能だし。通常の三百倍の快感の中で、理性なんか吹っ飛ぶ」
「え……なにそれ、怖い」
「避妊具を付けたら……?」
羊の腸などで作った物が、この世界にもある。
「必ず穴が開くし。大地母神の力を甘く見るな」
もうユークに残された道は、逃げるしかなかった。
しかし、それはユークの選択肢にない。
もし別れたあと、ミグやラクレアやノンダスが戦死したと聞けば、絶対に自分を許せない。
『年貢の納め時か……。けどよぅ、初めての収穫なのに』
せめてその時までミグと恋人らしいことでも出来れば、覚悟も決まるのだが、王女の隣には怖いメイドが目を光らせている。
「どうしてこうなった……」
砂漠の明るい青の下、ユークの苦悩は続く。
ラクダを乗り換えながら急いだせいもあり、アトラス山脈が地平から姿をみせていた。
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