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廊下の結婚式(仮)


「まるで詐欺の準備ね」とは、ノンダスの言葉。


 宝冠を高く売りさばく為に、場所と衣装、台詞と人員を用意して入念に準備を重ねたとこで誰かが気付く。


「これ、別に騙すわけではないですよね?」と。

 ラクレアの一言で我に返ったのだが、ティアラは本物、ミグも本物の元王女。

 信じてさえ貰えれば、大きな舞台装置は必要なかった。


 既に押さえてしまったシル・ルクで最高級の宿。

 そこの最上階で、とりあえず一泊することになる。


「こんないい宿は初めてだ」とはユークの言。

 宿場町と違い、世界中から巡礼者が来る宗教都市のロイヤルスイートは、半端な造りではなかった。

 一方で「お金がもったいないわ」とは、ミグの台詞。

 すっかり貧乏暮らしに慣れていた。



「こんな上の階でお湯が出る……」

 広すぎる風呂と広すぎる寝台に慣れぬが、ユークは贅沢な部屋を満喫していた。

 全員が揃った食事で、何時も通りミグの隣に座ろうとしたら、老臣達に引き離されたりしたが。


 だが、身分と住む世界が違うとはいえ、老人達がミグを大事にしているのはユークにも伝わる。

 老人達は、ユークからアレクシスの話を聞きたがった。


 僅か一ヶ月だったが、その時の記憶を精一杯膨らませてユークは伝えた。

 希望と主君を失った老臣達だが、生き残ったユークへ嘆きごとや責めるようなことは、一切言わなかった。

 ただしみじみと、酒を傾けながらユークの話を聞いていた。


 深夜と言える時間帯、ユークの部屋を叩く者があった。

「ユーク殿、起きていらっしゃいますか」の声はサラーシャだった。


『まさか夜這い?』とは流石のユークも思わなかった。

 今日一日、サラーシャはそれは嬉しそうにミグの世話をしていた。


「夜分に失礼します」とは言ったが、サラーシャは有無を言わせずにユークを部屋から連れ出す。

 最上階の廊下、その真ん中にユークを立たせ、ここで待つように強くいう。


「なにを待つのか」は、幾らユークでも分かる。

 サラーシャがミグ以外から用を仰せつかる訳もない。


 サラーシャの消えた先、ユークの視線の先で、この宿で一番良い部屋の扉が厳かに開く。

 ユークの予想通りの人物が出てきたが、様子がまったく違う。


 垢の一つも残さずにサラーシャが湯船でこすり上げ、目立つ銀髪は一流の乱れも許さず梳きあげられ、常には子供っぽさや生命力が表れる顔には化粧まで施されていた。


 ミグが出てくると、その後ろで扉は静かに閉まる。

 二人きりの廊下で、ユークの緊張は急速に高まる。

 だが、ミグの方も想像以上の雰囲気に戸惑っていた。


 就寝の間際のことだった。

「この冠、一度くらい着けてみようかしら?」と、軽い気持ちでミグはいった。


 これにサラーシャが大喜びで賛成した。

 亡き陛下も母上様もお喜びになるでしょうと。

 それから、ミグの髪を梳かしながら一つの提案をした。


「……ユーク殿に、見ていただきますか」と。

 サラーシャは、ミグの恋が叶わぬと知っていた。


 貴族に生まれ、王家に仕える彼女にとってそれは当たり前のこと。

 自らがアレクシスに抱かれ、子を孕んでも、敬愛する王子殿下と結ばれるなどあり得ぬと知っていた。


 なので、せめてもの思い出となればと申し出た。

「良いの!?」と無邪気に反応した王女を見て、少し心が傷まなくもなかったが。


 サラーシャは、ミグを丁寧に磨き上げ、白い裾の長い寝巻きを着せ――ドレスはなかった――頭にティアラを戴せた。

 渾身の仕上がりに『あの少年が暴走したらどうしよう?』と心配になったが、そこは気高き王女の理性に任せることにした。


 そのミグが、廊下の端からゆっくりと歩いてくる。

 ユークは迫りくるプレッシャーに『逃げちゃ駄目だ』と、何度も心の中で念じた。


 ユークの本能は、好機と共に危険も告げる。

 逃げられぬ事態に追い込まれるぞと。


 しかし、ただならぬ雰囲気に負けたのはミグも同じだった。

 二十歩ほど、ゆっくりユークへ近づくと、なるべく何時もと変わらぬ声で「似合う?」と聞いた。


 小さな頭を差し出し見上げるミグに、少しの間ユークは見惚れ、それから頭のティアラに気付き感想を述べた。


「あ、ああ。似合うよ、まるでお姫様みたいだ」

「なに言ってんの、本物よ!」

 これで空気が砕けた。


 様子を伺っていたサラーシャは胸をなでおろし、この階のもう一つの部屋、そこから覗いていたラクレアは、盛大にこけるのを何とか耐えた。


「けど、またどうして?」

 緩んだ空気に安心したユークが聞く。


「一度くらい、着けてみようと思って。私のために作られたのだもの」

「重くないの?」

「こんなの軽い方よ? 王女って、あれこれ着けられて大変なんだから」


 二人は、しばらくの間、他愛もない会話を続けた。

 呆れたラクレアは、寝床に戻った。


 最後、『おやすみ』と言う前に、ミグは手の中の物を強く握りしめた。

 彼女が持っている唯一の母の形見――何の変哲もない、銀の指輪。


 これを渡して、『指にはめてくれる?』と、そう言えば幾らユークでも気付いた。

 だがミグにそこまでの大胆さはなかった。

 その手が開かれることはなかったが、後にミグはその事を後悔する事になる――。

古戦場なので遅れました

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