魔王ってなんだ
ユークは、ミグの生国へ行くと決めた。
速い船を雇い、馬を乗り継げばコルキスまで1ヶ月で辿り着くことも可能ではある。
だが今は冬の入り。
海は荒れ、北の大陸の東部は雪に埋もれる。
「春まで耐えれる?」
ミグの質問に、あれが”卵”だろうとの予測を元に宰相が答える。
「おそらくは。例え羽化しようとも、冬の間は持ち堪えてみせます」
老人達も覚悟は決めた。
どうせ雪がある間は人はまともに戦えぬ、防衛に徹するしかない。
「そもそも、それって何なのかな。強さどころか、正体もはっきりしないと戦い難い」
ユークの発言に、コルキスのお歴々が目を向ける。
『姫様の御子の父親』なので我慢しているが、老人達にとって今最も警戒すべきはユークだった。
それでも宮廷を泳ぎ切ってきた宰相は、そんな事はおくびにも出さない。
「最悪の場合、凶悪な魔物が出現すると思っております。元より、襲撃から五年、未だ引かぬ瘴気の中心にこれが存在しております。これを何とかせねば、我らが王都の奪還は不可能な次第でございまして」
ここでミグが、冒険者ギルドの天井に向けて、五人目を呼んだ。
「リリン、リリン! 居るんでしょ? ちょっと出てきなさいよ」
「気軽に呼ばないでくれるかなー、人間風情が」と言いつつも、中空からぬるりとリリンが姿をみせる。
「ひ、姫様、これは!?」
宰相達は流石に驚く。
「わたしの使い魔よ。気にしないで」
「なに舐めたこと言ってんの。お腹に神の子放り込むわよ?」
「やめてよ、気持ち悪い」
一通り挨拶が終わったところで、ユークが代表してきいた。
「なあ、魔王城とかコルキスの卵のこと、なんか知らない?」
「そんな言われてもー。うち、この大陸出身なんだけど?」
褐色の体をくねらせて床へ降り立ったリリンは、そう言いながらも知ってる事を教えてくれた。
「うちが知ってるのは、その魔王城に居る悪魔くらい。こいつは悪魔の代名詞ってくらい、古くて強大。しかも悪さが好きで、千年経っても神として崇められたりしないタイプね」
「魔王は? あれは神や悪魔のたぐいなのか?」
「うーん、たぶん違うよ。あれは、うちらの世界のものじゃない。地上か、また別のとこから来たものかなー。だから、何か産んだとしても不思議じゃないし。子供か分身じゃない? 人も子を産むでしょ?」
最後は、ミグのお腹を見ながら言った。
下腹に付けられた淫紋を思い出し、ミグが両手で庇う素振りを見せる。
その様子を見た老人達が、揃ってため息を付く。
『姫様を傷物にされるなど、国へ帰ってどう説明すれば良いのか』
『そもそも身重の姫様を戦わせるなど』
様々な思いが混じっていたが……。
「……? サラーシャ、わたしのこともう話した?」
サラーシャが首を横に振ってから、思い出したように全員に告げた。
「おお、そういえば! ミルグレッタ様は、ご懐妊なされてません。私どもの知るミルグレッタ様、そのままです」
サラーシャは遠まわしに表現した。
老人達の顔が、ぱあっと明るくなる。
王子の死後、老体に鞭打って旅に出てから、初めて耳にした朗報だった。
「ま、まことか!?」
「姫様、じいは、じいは信じておりましたぞ!」
「少年、そちはなかなか見所があるな! 騎士号なら直ぐにでも授けるぞ!」
急に、ユークへの当たりもよくなる。
何もしなかった、出来なかったお陰で、ユークの評価はうなぎのぼり。
ただし男としては、意気地なしと言われてるようで、ユークは不満であったが。
最後に、ノンダスが大事なことをたずねる。
「ねえ、今のあたしたちでその分身とやらに勝てるかしら?」
リリンは即答した。
「無理だし。こっちにあんたらのいう魔王が居る」
リリンの指は、東の少し北を示していた。
「で、こっちが分身かな」
次にさらに北を指差す。
「うちがこの距離で分かるって、相当なもんだしね。けど、今の三倍くらいまで鍛えれば……ワンチャン?」
リリンはユークにずいっと近づき、顔がくっつく距離でいった。
「はいはい、ありがと! 分かったから離れて!」
「なんだよー。せっかく来たのに!」
分かりやすく嫉妬したミグがリリンを引き離すと、また老人達の心配が再燃する。
しかし、これで一行の進む道は決まった。
これまで通り戦いの経験を積み、剣以外は貧相なユークの装備を一新する。
期間は長くとも半年、これまで以上の駆け足が必要だった。
リリンが去る時、不吉な言葉を残していった。
「あ、その分身だか子供だか。今は二つくらい増えてるよ。良い栄養でも摂ったのかな?」と。
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