脱出
ユークとミグが部屋から出ると、城全体が大きく震える。
崩壊を始めたわけではなく、再び移動を始めていた。
「まずい、動き出した!」
「今回は早いわね。あ! っとっと」
揺れる床に、ミグが痛めた足をとられる。
「仕方ない、乗って!」
「乗ってって、あんたの背に?」
「急がないと、何処に連れて行かれるか分からないよ」
「うーん、なんか臭そう」
「置いてくぞ!」
地上を動き回り、十を超える国々を蹂躙してきた魔王城。
その移動要塞が、トゥルスという国に来て動きを止めた。
これぞ好機と、二十組のパーティと百名以上が挑んだものの、ほぼ全てが魔王の胃袋に収まる結果となった。
ここでのんびりしていると、人の居ない土地に運ばれる可能性がある。
ユークはミグを背負いながら、必死で出口を探す。
「平気?」
一応、ミグは気遣うふりをした。
「思ってたよりは……重いかな……いてっ!」
この無礼に杖で一発殴ってから、旅のせいで筋肉が付いただけと、小声で言い訳をする。
強力な魔物は、ユークが戦闘力を測って避ける。
手に負える相手は、背中の上で砲台となったミグが魔法で撃ち倒す。
急造のコンビは上手く機能して、ようやく外に面した城壁まで辿り着く。
「くそ、高いな」
地上まで15メートルはある、しかも低速とはいえ移動している。
そのうえ、ひらけた場所に出たせいで飛び道具での攻撃まで始まった。
「仕方ないわ、思い切って飛んで!」
捕まって餌になるよりはマシだが、間違いなく墜落死してしまう。
「無理だ、せめてもう少し低いとこを探そう」
「大丈夫よ、魔法でフォローするから」
「飛空術を使えるの?」
「成功したことはないけど、習ったことはあるから」
そんな無茶なと思いつつ、ユークも半分覚悟を決めた。
残りの半分は、ミグの声が後押しする。
「もう魔力も尽きるの、最後のチャンスよ。いきなさい、ユーク。駄目なら一緒に死んであげるから!」
その言葉を合図に、ユークは城壁を蹴る。
壁の半ばまでは普通に落ちたが、そこから徐々に減速を始め、二人は草地に叩きつけられる程度で済んだ。
侵入者の逃亡など意に介することもなく、魔王城は南へ去ってゆく。
「いてて……。一日に三度も落ちるとは、なんて日だよ。ミグ、無事かい?」
ユークの問いが聞こえないかのように、ミグは魔王城を見つめていた。
それから、短い祈りを唱えてから付け加えた。
「ウラド、ルスラン、セルゲイ、ありがとう。貴方達の忠誠と献身は生涯忘れません。アレクシス兄さま、さようなら……」
四人とも、ここで失った仲間の名前。
忠誠と言うからには、ミグは何処かのお嬢様だったのだろうかとユークは気になった。
「あの3人は、ミグのとこの家臣だったの?」
「ええそうよ。ずっと兄と一緒に戦ってくれた騎士達よ」
ユークは主君を持ったことがない。
それどころか、王やそれに近い存在すらない辺境の出身で、”忠誠”の概念から離れて育った。
ただ魔物に故郷の森を追われた時――既に若い男の半数が死んでいた――老人達は自ら村に残り、数千の魔物の襲来に合わせて火を放った。
三日の距離があったが、幼いユークは北の空が赤く染まったのを覚えている。
そのお陰で女子供と残った男達だけでも、逃げ延びることが出来た。
小さな村落と国家、規模は違うがどちらも集団を守ろうとしたことに違いはない。
ユークも少しの間、目を閉じて祈った。
「行こう。離れないと」
「うん……」
互いに肩を貸し合うように歩きだすと、すぐに助けが来た。
作戦の支援をしていたトゥルス国の騎兵部隊。
「生存者だ!」「居たぞ、こっちだ!」と、二人の周りが騒がしくなる。
「他に戻ってきた人は?」
ユークの問いに、騎兵の一人が黙ったまま首を横に振った。
全部で116人が城へ入り、帰ってたのはユークとミグの二人。
ただし、何の戦果もなかったわけではなく、僅かながら魔王の情報を得て、移動する城は人里のない南東へ向きを変えていた……。
その頃、魔王城の最深部。
「おめさ、頑張って掴むだ。落ちたら容赦なく食われっぞ!」
「そっただこと言っても、もう限界だ!」
「良いから叩け、叩くだ!」
二匹のゴブリンが、上階から垂れたホースをよじ登り、必死で昇降機を叩いて合図を送る姿があった。
それから3時間後、この二匹は助け出された。