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神と魔法のある世界


「なんで神殿って、高台や丘の上に作るのかな……」

 シル・ルクの神殿群を見上げながら、ユークがぼやく。


「それはね、神様に近いからよ」

 ドヤ顔でノンダスが答えた。


 古くからの神殿を中心に広がったシル・ルクの市街。

 祀られた神の数は、予想を遥かに超えていた。

 大小合わせて五百はあると、今聞かされたところだった。


 丘を三つほど占領した神殿群の下、門前町の中ほど、シル・ルクの冒険者ギルドにユーク達はいた。


「あんたも登録したら?」

 リリンにも冒険者になれとミグが勧める。


「えっ、うちが? 働く神さまとか聞いたことないしー」

「悪魔でしょ?」

「違うって! うかつな事はやめてくれるかなー。ここらへん、うちの主神の気配が強いし……」


 サキュバスだったり母神の使いだったりするリリンにも、系列の偉い神さまは怖い存在。

 力の源でもあるが、力を取り上げられ塵に戻されるのも簡単なこと。

『触らぬ神に祟りなし……』と、不信心なことを言いながら消えてしまった。


 その触らぬ神に祟られたミグの元へ、ギルドの職員が街の地図を持ってきた。

「どーぞ、どーぞ。こちらでよろしいですか? いえいえ、沢山あるので一枚差し上げます」


 やけに愛想が良い。

 何か厄介な依頼でもあるのかと、ユークは推察したが、違った。

 パドルメでの話を聞かせて欲しいと。


 魔法の連絡網で、ユーク達が参戦したことは情報として載っている。

 それに加え、テーバイを出るころにはユークが八級、ミグが七級だった冒険者の格付けが、二つずつ上がっていた。

 ノンダスは軍歴を加味されてミグと同じ五級、ラクレアは七級だった。


 一級や二級の冒険者は少ない。

 恥ずかしいことに、”二つ名”付きで呼ばれる有名人だったりする。

 三から五級の冒険者が率いる団は、信頼出来るとみなされて扱いも良くなる。


 ユークとノンダスが、あれやこれやと戦いの話を広げる間、あとの二人は出された飲み物をちびちびと傾けていた。

 ただの果汁だったが、魔法で作った氷が落としてある。


「うーむ、これが激戦を生き延びたご褒美かしら」

 透き通った氷を見ながらミグがぼやく。


「まあまあ。別に大歓迎されたいわけではないでしょ? 冷えてて美味しいですよ」

「そりゃあね。不満じゃないのよ。なんていうか、襲われて荒れ果てた所と、平和な所の差っていうかさ……」


 ミグが感じていたのは不条理。

 数万単位で死者が出る国もあれば、氷で喉を潤しながらその話を聞く場所もある。

 ただ、この心優しい王女は、全員が不幸になれば良いのにとは微塵も思わなかった。


「まあ、それも分かりますけど……。って、あれ何でしょう? わめいてますが」

 ラクレアが見つけたのは、丘のふもとで大声で喋り倒す男。

 道行く人々、特に神殿へ向かう人達へ言葉をぶつけている。


「ああ、あれですか」

 ギルドの職員がやってきて、二人に説明してくれた。

「なんでも、一神教っていうんですか、神は一つだって変わった教えを広めてるそうですよ。ヤハウェとか言ったかな……」


「なにそれ? 何でもかんでも一人の神さまがやってくれてるってこと?」

 よく分からないって顔をしてミグが尋ねた。


「いえ、そうでもなくて。人は死んでから唯一絶対の神に抱かれるので、邪教の神殿などぶち壊してしまえ、って主張してます」


「死んでからどうこうして貰っても、意味ないじゃないの。生きてる時に力を貸してくれてるのにね。新手の詐欺かしら?」


「そうですね。みんなそう思ってますよ。ほら誰も足を止めない」

 ギルドの職員は、ああいうのもここの名物ですからと付け加えた。


 現実に力を撒き散らす神がいる世界で、思想上の神は意味を持たない。

 別の世界でなら開祖になれたであろう宗教家の横を通り過ぎ、一行は丘を登る。


 まず最初に、歯医神の神殿へ行く。

 大混雑だが仕える神官も多い、僅かなお布施であっさりとミグの虫歯が治る。

 次に、大地母神レアーの神殿へ向かう。


「これは立派ねぇ……」

 主神の一柱だけあり、その館も馬鹿でかい。

 ノンダスも思わず見上げるほどの豪勢な造り。


「これ、わたし一人で行くの?」

 不安になったミグが聞いた。

 レアーの神殿に出入りしているのは、夫婦や奥様といった、子供が欲しい人々。

 ここに乙女が一人で踏み込むのは勇気がいる。

 かといって、ユークと行けば何処からどう見ても若夫婦。


「ラクレア!」

「はいはい。一緒にいきましょうね」

 二人は連れ立って、豊穣と多産の女神の家へと踏み込んだ。


 ユークとノンダスは、何となく居心地が悪いが、神殿の前で大人しく待つ。

 さほども待たずに、二人が飛び出てきた。

 しかも聖職者らに追われて。


「その紋様は何処で!?」

「し、知らないわよ! 勝手に付けられたの!」

「それほど見事な神授は初めて見た! 是非研究させてくれ!」

「イヤよ!!」


 中でレアーに仕える者どもに腹の紋様を見せると、解除以前に人の技ではない、これは神の子を産む娘かと奥へ通されそうになった。

 そこで慌ててミグとラクレアは出口へ走った。


「に、逃げるわよ!」

 また四人は逃げ出した。

 聖職者に追われる一行は人目に付いたが、当然捕まるわけもなく簡単に振り切る。


「ま、撒いたわね?」

「たぶんね……」

 あの紋様が外れないと分かり、ユークは残念に思っていた。


 時折訪れる機会をものにしたいと、若者なら当然だが、ユークは願っていたが、父親確定は流石に重い。

 口には出さないが魅力的な少女と旅をするだけというのは、ユークにも辛かった。


 早くも宗教都市シル・ルクに用無しになった一行に、声をかける者があった。

 それも意外な呼びかけで。


「姫様! ミルグレッタ様! おおお……よくぞご無事で……」

 涙を流さんばかりに感激した老人だった。

 その顔を見て、ミグが返事をする。


「じいや……。どうしてここに?」

レアーの神殿は、産婦人科のようなものだと思って頂ければ

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