表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

53/88

サキュバス?


「う、動けない……」

 ユークは必死で抵抗したが、ラクレアはびくともしない。

 重いのではなく、備えた腕力が桁違いだとユークは思い出した。


 ミュケナイ・ラクレア――出身はトゥルスの騎士家。

 女の騎士や冒険者は、珍しくない。

 加護に魔力、筋力以外にも重要な要素が沢山あるのだ。


 しかし、女性で素の力が優れた者は、やはり多くない。

 それゆえにトゥルスでは見過ごされていた。


 ラクレアは、間違いなくお嬢様だった。

 人口がニ百万を超えるトゥルスで、百に満たぬ騎士家の一人娘。

 花よ蝶よと大事に、同時に武芸も収め、宮中や後宮の女達に混じって育つ。

 そこで男同士の恋愛を描いたウース異本という、異端書にはまったりもした。


「大丈夫ですよー、痛くしませんからね」

 女の園で育っただけあり、ラクレアの知識は豊富だった。


 両手の使えぬユークに勝ち目はない、狩る者と狩られる者は、最初から明白だった。

 

「きゃあ!」と、ユークが悲鳴をあげる。

 包帯が邪魔で脱がせぬとみたユークの上着は、紙のように引き裂かれた。


 目前にぶら下がった巨大な釣り鐘を見て、ユークも覚悟を決める。

『これは、これで』と。

 もう本気で抵抗する気はなかった。


 むしろ、ラクレアの方が戸惑っていた。

 ここから先は、学んだ本では一足飛びだったのだ。

 ユークの胸から腹筋を指でなぞると、細かった体には厚い肉が付き始めていた。


 急に、酒精以外にもラクレアの顔に血液を押し上げる感情が生まれた。

 迷ったが、押し倒しておいて逃げたとあっては武門の血が泣く。

 ラクレアは、自分の上着にも手をかけた――。


「あれあれー? ヤっちゃうんですかー?」

 二人の上から、突然声が降ってきた。


『まさかアルゴ!?』と、二人揃って脇の馬を見たが、そんな訳がない。

 声の主は、非常識にも壁から生えていた。


 この辺りの特徴である褐色の肌に、長いまつ毛と低めの鼻。

 長い髪は黒というよりアメジストに近い。

 壁から突き出た上半身は、間違いなく女性、ラクレアと良い勝負だとユークは瞬時に判断する。


 切れ長の目で笑い、その弾みで鋭く尖った牙歯が口元からのぞく。

 笑った印象は思ったよりも若い。


 謎の女は、謎の言葉をもたらした。

「ヤっちゃうとー、せっかく貯めたものがパーですよ?」



 ミグは、旅の仲間を探していた。

 ノンダスは、おっさんばかりが集まって飲んでいる。


 他の二人、ユークとラクレアが見当たらない。

 あちこち探しに行く度に、手の中に抱える食べ物が増えた。


 両手いっぱいの食料を持って、とことこ探し回るミグの姿は微笑ましかったが、冒険者たちの多くは感づいていた。

『あのパーティも長くないな』と。


 男女混成パーティが崩壊する理由第一位――冒険者ギルド調べ――色恋のもつれ。

 男だけ女だけのパーティに比べ、混合パーティの寿命は極端に短い。

 冒険者の間では常識だ。


 突然、魔法使いの鋭い感覚がユークの危険を伝える。

『こっちね』と確信を持ち、迷わずアルゴの馬房へ足を向ける。

 女のカンは、正確無比だった。


 声もかけず、ノックもせずに扉を蹴破ると、予想の二倍は悪い事態が、ミグの瞳に飛び込んでくる。

 ラクレアが馬乗りになったユークの顔の上、そこへ見知らぬ女が落ちてきたところだった。



「うわっ!」

 いきなり落ちてきた謎の褐色に、ユークが咄嗟に目をつむる。


 ラクレアからは、壁に穴など確認できず、ついでにミグが飛び込んでくるのが見えた。

 ハムやチーズをぶち撒けながら叫ぶミグに、『あちゃー』と思ったものの、ラクレアは年長者らしく対応した。


「あなたはどなた?」

「うち? うちは……うーん…ヒトの呼び方だとサキュバス?」

 少し訛りのある喋りで、少女はこたえる。


「それはそれは。始めまして」

「こちらこそ」


 ユークは困惑していた。

 顔の上に褐色の足があり、体の上からのんびりとした会話が、片耳にはミグの怒鳴り声が聞こえる。


『なんとかしなければ』と両手をあげたところで、怪我をしてたのを思いだし、そっと下げた。

 人生で最大の窮地に遭遇し、若き英雄候補は目を閉じ息を殺し、死んだふりで乗り切ると決めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ