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決戦後夜

 

 遥か、海を隔てた魔王城。

 ただ一人の魔王護衛軍(インペリアルガード)である、悪魔ジヤヴォールは、己の一部の消失に気が付いた。


「信じられんな……。またヒトか? それとも他のヤツか」

 新しく生えた尻尾――まだ少し短く、それがジヤヴォールの癇に障る――をゆったりと振りながら、配下の一人を呼んだ。

 新しい命令を伝える為に。



 ほぼ同じ頃、静かになった砂漠でも動きがあった。

「行ったべか?」

「行ったべ?」

「せーので飛び出るぞ?」


 二匹のゴブリンは、生きていた。

 灼熱の魔法によって地中で蒸らされながらも、見事に耐えきった。


「はー、死ぬかと思ったべ……」

「けんどよ、本当の地獄はこれからだべ。魔王城、戻れないべ」

 

 攻撃の失敗は良い、だが悪魔の杖を失ったのはまずい。

 二匹は、このまま砂漠を南へ逃げようと決めた。


「あら、それはダメよー」

 しかし、歩きだす前に、空からの声に止められる。


「なんだべ?」

「誰だべ?」


 質問には答えず、空を飛び回るリリンデーモンが二匹へ命令を伝えた。


「ディアボロスがメチャクチャ怒ってるわよ? 逃げたら死ぬよりもイヤな目に合わせるとかー」

 

 二匹のゴブリンは、完全に涙目になった。


「けどねー。何があったか報告すれば、今回だけは許すって。うちに伝言を頼むくらいだから、マジで気になるっぽいねー」


 二匹のゴブリンは顔を見合わせ、空を飛ぶ少女(リリンデーモン)を見上げた。

「それはホントだべ?」


「そこまでは知らないわー。けど殺すだけなら、うちに殺してって頼むでしょ? 悪魔へのお願いは高いのよ。わざわざ嘘の伝言を頼むなんて、ねえ?」


 二匹は諦めて、城に帰ることにした。

 これから一ヶ月、一冊の本になる程のゴブリンの大冒険だったが、後世には残らない。


 ゴブリンを見送ったリリンデーモンは、視線を要塞へ変える。

 この大陸で生まれたばかりの彼女は、元々は別の目的でここへ来たのだ。

 ずっと格上の悪魔に頼まれ、仕方なく伝言を受けただけ。

 もちろん報酬は貰ったが。


「良い男だとイイなー」

 ふわふわと、ヒトも魔物も居なくなった砂漠の上を飛んで行く。



 夜になり、完全に魔物が引いたのを確認し、ささやかな宴が始まった。

 有能な副官は、幾つかの酒樽まで用意してくれていた。


 要塞内のあちこちで樽が開く。

 激戦を戦い抜いた高揚も、生き延びた興奮もあったが、激しい酒盛りにはならなかった。


「今日は誰も死なずに済んだけれど、全部で45名。大損害ね……。旅立った戦士達に」

 ノンダスが酒坏を掲げ、指揮官級の者たちも「戦士達に」と唱和する。


「坊主はどうした?」

 一人の冒険者がノンダスに尋ねた。


「両手の治療よ。まあ若いから直ぐでしょう」

 ノンダスは少し誤魔化した。

 以前の経験から、一晩で治るかもと思っていた。


「そっか。それなら良いな。だが、大変なのはこれからだなあ」

 やっと繋がった後方との連絡。

 パドルメの被害は軽微だったが、良くない情報も多かった。


「ここ南大陸(メガラニカ)の他の国でも、北の大陸の西部でも、大規模な攻撃が頻発したらしいな」

「何百年ぶりかの、魔物との生存戦争か。まあ何時かは起きると言われてたが、俺が生きてる時とはなぁ」

 それぞれが、これからの身の振り方を考える事態だった。


「いやいや、これで俺たちの時代だぜ? 冒険者冥利に尽きるってもんじゃないか?」

 前向きな者もいる。


「とは言えだ、こうも強力なのが大量だと、気のあった仲間数人で気楽にとはいかんからなあ」

「そうだな、もう少人数で旅を出来るとなると……」

 幾つかの視線がノンダスに集まる。


「あの子たち? まだまだよ。爆発的な力もあるけど、波が激しくて。しばらくは生き延びる事が優先ね」

「ま、あんたが言うならそうなんだろうな」

 冒険者達も納得はする。


『このまま一つの巨大な団として戦わないか』そう提案したい者が、かなりの数いた。

 だが、ノンダスはその空気を察して釘を刺した。


「まだ成長途上よ。大勢は背負えないわ。それに、怪我人だらけじゃないの」

「ちがいねえ」

 一同が笑い声を上げる。

 無傷の者は百も居ない、例え立ち上げてもしばらくは開店休業でしかない。


 話題の中心になった若者の一人は、ようやく治癒師から開放された。

 両手を長く水に漬け、治癒魔法をかけ、傷に油を塗り包帯を撒き、また魔法をかけ、やっと歩き回ることを許された。


『この手だと、酒瓶も持てないや』

 それ以前に飲酒も止められたユークは、所在なげにうろつき、アルゴの馬房へたどり着く。


「今日は凄かったな、お前。今度さ、騎馬の練習させてくれよ?」

 農耕馬並に大きく、野生馬並にタフで、競走馬のように速い。

 馬の頂点に立つ軍馬、ユークはその実力を初めて知った。


 包帯でぐるぐるの手でアルゴを撫で続けると、扉が開いた。

「ここへ入っていくのが見えたので」

 両手に飲み物と食い物をどっさり抱えたラクレアだった。


 ラクレアは、アルゴに水と餌をやると、ユークにも食べ物を与えようとする。

「その手では食べられないでしょ? はい、あーん」

 見てる者がアルゴだけの気安さがあって、ユークも渋々だが口を開く。


「じゃあ飲み物ですね」

 酒瓶を傾け数口飲んだ後、頬をいっぱいに膨らませてユークの口に近づく。


「ちょちょ、待って! え? 良いの?」

 ユークの期待が膨らんだが、ラクレアは笑いながら自分で飲み干した。


 しばし穏やかな食事が続いたが、徐々に隣から酒の臭いが強くなるのにユークは気付く。


「あのーそれくらいにしておいた方が……」

 転がった数本の空き瓶を、横目で見ながら申し出る。


「ん、へーきへーき。ユークちゃんも飲む?」

 今度はユークの口に直接、酒瓶を突っ込んだ。


『砂漠で溺れる!?』

 ユークは必死で瓶から逃げる。

 溢れた果実酒が、ユークの服を濡らした。


「あらもったいない。砂漠の夜は冷えるから、お着替えしなくちゃ……」

 ラクレアがユークに馬乗りになり、服に手をかけた。


「ぶひん」と、アルゴが鳴く。

 馬房の麦わらの上で、ユークはこの大陸に来て、最大のピンチを迎えていた。

 

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