突撃
三角要塞の防衛線から、南へ十数キロ。
ここに、魔物の群れを差配した者どもがいた。
「うまくいっただー!」
「これでこの国もおしまいだべ」
「いやーおめさが右目を失ったとバレた時は、どうなるかと思ったべ」
かつては魔王城にいたゴブリンが二匹、砂漠で焚き火を囲んでいた。
「それにしても、この杖はすげーべさ」
「そら元は軍団長さまの体の一部だしな」
「これでオラ達も、晴れて出世街道まっしぐらだべ!」
砂漠の強力な魔物が、ゴブリンなどに従うわけがない。
そのことは、乾燥地帯が住処であるゴブリンがよく知っている。
彼らが手にした、悪魔の尾骨から作った杖、これこそが辺り一帯の魔物を統率する秘宝。
「ほんとにすげーべ。これがあれば魔王軍の将軍気分だべ」
「んだんだ。そだ、名前を決めるべ? やっぱ支配の王笏あたりが良いべか?」
「いやー王はまずいべ。元帥杖くらいにしとくべ」
「おいよ! それも言い過ぎだべー!」
二匹は、しっかりと浮かれていた。
加護の宿った右目を失い、侵入者を逃した事がバレて、別の大陸で攻撃を起こす指揮官として送られる。
それが左遷か栄転かは置いておいて、魔王軍は人材不足であった。
ユークは、良い夢を見た気がした。
覚えては居なかったが目覚めは快適だった。
柔らかいものに包まれての穏やかな朝の……原因は直ぐ目の前にあった。
ラクレアがユークの頭を胸に抱いて寝ている。
大きな胸に抱かれると、子供の頃に戻ったような安心感があり、もう少しこのまま埋めていたかったが、誰かに見つかる前にそっと起きる。
腕の中のものを失ったラクレアが、反対側を向いて今度はミグの頭を抱き寄せる。
『きっと、良い母親になるんだろうな』
ユークは何となくそう思った。
「おはよう。よく眠れた?」
起き出た広間にはノンダスがいた。
他の冒険者も、次々に挨拶を寄越す。
昨夜は、二時間置きの歩哨に、ユーク達と怪我人を除く全員がついた。
だが、疲労を見せるものはいない。
「何か異常はない?」
ユークも挨拶代わりに聞いた。
「そうね、一晩中魔物が寄ってきたけど、まあ心配ないわよ。あ、そうそう。女の幽霊を見たって訴えが沢山あったわ」
この世界の人間は迷信深いが、ここは古い要塞で戦場の真っ只中。
『そりゃ幽霊くらい出るよなあ』と、ユークは納得した。
「ちょっとこっち来てくれる」と、ノンダスがユークを呼んだ。
行った先では、この砦でただ一頭の馬、アルゴが軍馬の姿を取り戻していた。
普段は敷物を重ねて、その上でミグが猫のように転がるだけだったが、今は鞍と武装を付けられていた。
「うわっ! お前かっこいいなあ……」
男の子の感想がユークから出る。
頭と肩に、馬用の装甲。
薄手の鎖帷子を全身にかけられ、蹄鉄は砂漠仕様の広いもの。
鞍も前後に二つ、あちこちに赤い飾り付けまで。
「職人の経験がある者たちがね、徹夜で頑張ってくれたのよ。全て打ち出しの一品物よ」
軽い武者震いとともに、ユークも気合が入るが、一つ疑問も生まれた。
「これ、重くない? 三人も乗れる?」
アルゴは、専用のしかも優れた軍馬。
女二人にユークくらいなら軽く背負えるが、武装付きとなると限界を超えないか心配になった。
「大丈夫よ。付与術師が、重量軽減の魔法をかけたわ。鎧にも鞍にも。あなた達の体重も、アルゴが感じるのは半分くらいね」
この世界の物流を支える重要な魔法、それを使える者が一団の中にも居た。
「あとは、出撃前に防御魔法に強化魔法、あるだけありったけをあなた達にかけるわ。だから今は朝食ね。二人を起こして来てくれる?」
急造の作戦は、大人達の会議と尽力により、急速に成功の確率を上げていた。
ユーク達に出来ることは、あとは待つだけだった。
「よーし、もっとだもっとこい!」
「出し惜しみしてんじゃねーぞ、全部でかかってこい!」
戦闘員が500人に増えた要塞は、鉄壁だった。
冒険者の士気も、作戦を知ってから天井知らず。
一つの目標に集中した魔物どもを、昼までに三度蹴散らした。
全周を埋め、限りなく這い登る魔物の後ろ、南へ五キロほどの地点を遠目の冒険者がついに捉えた。
「いた! いたぞ! 真南だ、こっちに来た!」
急ぎ、要塞内へ伝わる。
「ならば、行くか。階段を出せ!」
選りすぐりの五十名が腰を上げる。
まずは、アルゴが走り出せる広さを作らねばならぬ。
突如、南壁に現れた階段に、魔物が殺到し直後に蹴落とされる。
この一連の戦いで、初めて防衛側から攻撃に出た。
「怪我をしたら、さっさと上がれよ。馬に蹴られるぞ」
「もっと押し込め、まだ短い」
二手に分かれた冒険者が、階段の下から南へ伸びる通路を作りだす。
「よし、もう良いわよ」
要塞の出口では、術師たちが使える全ての魔法を三人と一頭にかけ終わった。
「ありがと。じゃ、行ってくる」
三人は手を振って階段を降り、通路の端でラクレアから馬に乗る。
真ん中にミグ、最後尾にユーク。
ユークが馬に乗れないので、この並びしかない。
「俺が乗れればなあー、一人で行って帰ってきたのに」
目の前のフードに向かって話かけたが。
「馬鹿なこと行ってないで、しっかり掴まりなさい。今日だけは体に腕を回すことを許してあげるから」
ミグは相手にしなかった。
「それでは、いきますね」
ラクレアが気合を入れると、少し足を砂に取られたが、アルゴは快調に走り出す。
冒険者たちが体を張って作った道を、五完歩もせずに通り抜けると、一気に速度をあげて単騎での突撃を開始した。
先頭で戦うノンダスの後ろを、アルゴが一瞬で通り過ぎる。
『頼んだわよ、あんた達』と心で告げて、口に出して「撤収、階段上まで引きなさい!」と命令を出した。
アルゴは手綱を受けて真っ直ぐに走る。
急に目の前に何かが現れても、棒立ちになったりはしない。
何世代も強い馬をかけ合わせ、十分に訓練を積んだ騎士の馬、その本領を存分に発揮していた。
行く手を塞ぐ魔物はまずミグが、こぼれて追いすがってもユークが剣で突く。
速度を落とさず、五キロの距離を十分もせずに駆け抜けた。
「あれだ!」
「あれね!」
「あれです!」
三人が同時に、黒い外套を頭から被った人影を見つけた。
「なんだべ?」
上になったゴブリンが、砂塵が向かってくるのを見つけた。
「どしただ?」
下になっていたゴブリンが聞く。
「いや、何かがやってくるべ」
「何かってなにさ。逃げる魔物なら攻めるように命令せ」
ゴブリン達は、魔物に舐められぬよう肩車をして黒い布を被っていた。
太陽の直射も防げて良いが、蒸し暑い。
この日、上になっていたのは、ユークに右目を潰された眼帯ゴブリン。
「ちょっと待つだ。目に汗が入って……うーん、なんだ馬?」
「それっておめー」
「あ、人が乗ってるだ」
「敵襲じゃねーか!」
二匹のゴブリンは一気に慌てると、互いに逆の方向へ逃げようとして、混乱してから落ち着いた。
「はよっ! 魔物を呼び寄せるだよ!」
下のゴブリンが急かす。
「い、今呼んだだ! あ、あいつは!?」
眼帯ゴブリンが杖を振ったとこで、もう馬上の顔が見える距離になった。
最後方に乗る、ユークの顔をゴブリンは覚えていた。
「ここで会ったが100年目だべー! 右目の恨み……って、うおっ!?」
ミグの操る魔法の槍が、もじもじと揺れるゴブリンを遠慮なく襲う。
当たれば即死の会心の一撃だった。




