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乙女の水浴びは何より優先


 風呂となった水桶を背に、ユークは見張り番をさせられていた。


 こんな状況でも女の子が気になるなんてと思いながら、努めて冷静なふりをする。

 いや、むしろ生死の境に立ったからこそ本能が……と、そこまで哲学を進めた時に、重要なことを思いだす。


 先程、鞘からびくともしなかったアレクシスの剣。


 アレクシスと特別親しかったミグに直接聞くのは少しためらったが、使える武器はこれだけであった。


「ねえ、ミグ」

「なによ」

「この剣、抜けないのですが」

「……ああっ! そりゃまあそうね」

 まったく要領を得ない。


「そういう造りですかね?」

「うーん……ああ、もう! 肌着まで血と一緒に張り付いてる!」

「いや、この剣が……」

「聞いてるわよ! いいわ、全部脱いじゃえ」

 服の前に鞘を脱がす方法を教えて欲しい。


 衣服を投げ捨てる音がして、水を跳ね上げる音が聞こえてきた。

 本当に水桶を風呂桶にしてしまったと、ユークにも分かる。


「ふう、冷たいけど生き返るわ。石鹸が欲しいところね。それで、その剣だけど」

 ユークはもう先を急かさずに、黙って待つことにした。


「うちの家祖から伝わる宝剣よ。プロメーテウスの剣ともカウカソスとも呼ばれてるけど、火神の血を吸い込んだ鉱石を、50年かけて鍛えたって言われてるわ」


 名前は知らないが銘剣だったのかと、ユークは感心しつつ解説を待つ。


「まあ我が家の者以外には、従わないけどね」

「えっ!? それは困る!」


 驚いて振り返ったところに水が一塊飛んできて、大人しく扉を見張る作業に戻る。


「ちょっと待ってなさい。 解除(レリズ)、我が祖メデイアの名において命ず。その者……あんた、ユークって本名?」


「はい。ユーク・ヴァストークって言います……」

「ふーん、南東の民なのね。えっと”ユーク・ヴァストーク”を主として迎えよ」

 分かりやすく光るなどのイベントもなく、剣にもユークも変化は起きなかった。


「今ので?」

「たぶんもう抜けるわよ」


 彼女の言葉の通り、カウカソスは何の抵抗もなくユークの手に付いてきた。

 片手でも両手でも扱える標準的な長さだが、恐ろしく薄くて軽い。

 

 数えきれない血を吸ってきた剣身には曇り一つなく、明け方の水面のように穏やかで澄んでいた。

 洗練されたガラス細工のようだとユークは思った。


 その美しい造りに見とれながら、ユークはあることに気付く。

 自分の顔が、剣身にはっきりと映っていた。


 ……ほんの少しだけ剣の角度を変える。

 気づかれぬように、体の向きも若干変える。


 映った。

 水風呂の中で、長い銀髪から丹念に汚れを落としているミグの姿が。

 水の深さは太腿までしかなく、足から腰そして肩へ続く曲線を隠すものはない。


 冒険者らしく引き締まった躰に、あと数歩で成長しきろうとする瑞々(みずみず)しさが、絶妙なバランスで混ざっていた。

 自分の一つ下で、17歳だと語っていたのをユークは思い出した。


 普段は、日に焼けた顔と手先しか見せないが、彼女の肌は山頂の新雪のように滑らかで、所々に残るあざや血痕がその白さを際立たせていた。


 そして、その肌の白さから、ユークは別の人物を連想した。

 一緒に旅をしていたアレクシスも、日の当たらない肌はとても白かった。


「ひょっとしてアレクシスってミグの……」

 そこまで言ってユークは後悔したが、ミグは感情を押さえた声で応えた。


「貴方には言ってなかったかしらね。そうよ、兄よ」

 こちらへ振り向いたミグの黄金色の瞳は、太陽のように怒りに燃えていた。


 少しだけ、沈黙が続いた。

 剣に映る金瞳の輝きに見とれていたのと、正面を向いたミグの首から下に見とれていたのと、割合でいえば半々だろうか。


『まだ、小ぶりだな……』

 そのユークの邪念を、今どき珍しい攻撃型の魔女は見過ごさなかった。

 目の前の宝剣を通して、二人の視線がぶつかる。


 完全にバレたが、きゃっ! とか、いやー! とか言うはずもない。

 そんな恋愛喜劇は、彼女の誇り高き血が許さなかった。

 無言のままで右手を掲げると、体内のソーマを触媒にして周囲のマナを集めて圧縮する。


 ユークが謝る間も許さず、溢れ出た熱がプラズマとなって周囲を照らす。

 その色は赤から黄に、そして白へとあっという間に変わり。


「星々の光に焼かれて死ね! くらいなさい<<シリウス>>!!」

「ま、待って! ちがっ! いや、ごめ……っ!」


 ユークも何度か見たことがある、ミグの得意魔法。

 一点に集約した魔力が高温高圧となって吹き付け、鋼の鎧にも簡単に穴をあけ、内部のものまで焼いてしまう。


 無防備でくらえば、間違いなく骨まで溶ける。

 その証拠に、ユークの右目は急激な数値の変化をはじき出していた。


「ご、575……!?」

 ユークが本日何度めかの死の覚悟をした時、大きな音を立てて戸が開いた。


「うるさいぞ、ゴブリンども! 何をやっとるか……な、何者……!?」

 運悪く入ってきた大柄なリザードマンは、一瞬にして魔法に貫かれ、体内を焼かれて息絶えた。


「逃げなきゃ! ほら、ね?」

「ちっ、仕方ないわね。ユーク、帰ったら覚えときなさいよ」

 

 1分もかけずに着込んだミグに肩を貸して、体から水蒸気が立ち昇るリザードマンを飛び越える。

 素早く左右を確認してから、二人は部屋を飛び出した。

 

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