せめて冒険者らしく
ユークは、このままパドルメを見捨てるのも、要塞に籠もってやり過ごすのも嫌だった。
しかし、守りに戻るのも、今更玉砕を挑むのも、無茶だと分かっていた。
それに、歴戦の戦士たちを説得する言葉を、まだ持たない。
そこでのノンダスの提案、『敵のボスを直接叩く』。
ユークにとって冒険者らしい、魅力的な提案だったが、一同は根拠を聞きたがった。
「それは薄々は感じてたが、決め手はなんだい?」
一人が代表して尋ね、ノンダスに代わり遠目の冒険者が答えた。
「えーっと、自分は遠距離がよく見えます」
その事には、誰も突っ込まない。
変わった能力を持つ奴はごまんといる。
「昨日はかなり遠かったですが、今日は、はっきりと何度も見ました。魔物の来る方向、その後ろに長身で杖を持った奴がいます」
一同が大きくざわつく。
「距離は、どれくらい離れてる?」
「5キロから7キロってとこですね。東西にふらふらとしてますが……」
ここからは、ノンダスが引き継ぐ。
「明日も来るなら、正面に現れるはずよ。討ち取るにはまたとない好機ね」
現実味のある話だった。
「上手くいけば、俺達もパドルメも助かるな……」
この誰かの言葉にユークが反応した。
「やろう! それで大勢が助かる! これまで引きこもってたヤツだ、必ず倒せる!」
少年の真っ直ぐな言葉に、全員の心が大きく揺れる。
『さすがユークさま!』と言いたいのをラクレアはこらえ、ミグは笑顔を隠さない。
彼女たちは、国が荒らされ滅ぶところを、もう見たくなかった。
「いや待て、気持ちは分かる。分かるが、あと三日だ。援軍までここを守れば、もう死人を出さずに済む」
「戦場の5キロは遠い。丸一日かかる。その間にこの要塞が落ちればどうなるか」
慎重論も、もちろん出る。
だが、ユークは言わずにいられなかった。
「その三日で、何人が殺されるか! 魔物は人を狙う。大都市が襲われれば、どうなるか俺たちは知ってる。故郷のようにはしたくない!」
冒険者の中にも、東方出身者はいた。
それ以外の者も、噂は聞いている。
「しかしだな……」と、また起き始めた反論を、ノンダスが手で遮った。
「実はね、敵の親玉を倒すのは、貴方たちにお願いしようと思ってたの」
ノンダスは会議の面々でなく、ユークとミグとラクレアに語りかける。
「アルゴ号がいるでしょ、あれなら5キロもあっという間よ。敵の戦力はあたし達が引き付け、機会を見計らえば届くわ」
「それなら任せてくれ!」と、ユークは簡単に請け負ったが、今度は反対派が増えた。
「いかんいかん! この子らを犠牲にはできん!」
「それなら俺がやる。元はヴァリスの槍騎兵だ、馬なら任せろ」
「駄目だ駄目だ! 冒険者に危険は付き物だが、誰かに押し付けるのは信条に反する!」
これまで戦い抜いた仲間として、連帯感が生まれていた。
鉄砲玉にするのも、若い者に背負わせるのも、ほぼ全員が反対する。
「心配しなくても平気よ。わたしがこの中で一番強いもの」
ミグが決意の程を述べた。
普段なら、笑うか怒るかする冒険者たちも、この少女の力は見知っていた。
隣の要塞の指揮官が話しかける。
「あんただろ? 何時も援護してくれた魔女さんは。凄まじい攻撃魔法で、ばっかんばっかん叩いてくれて助かったよ。噂に聞いたが”生還者”なんだってな」
魔王城から戻ってきた者が二人いる。
この情報は、冒険者の間では広まりつつあった。
「なるほどな」「彼らが……」と、納得する空気が流れ、ノンダスが後押しした。
「この子達には、相手の力を正確に計れる能力があるわ。もし無理なら、逃げなさい。手間取って囲まれそうになっても、逃げなさい。誰も文句は言わないわ。
あたし達は此処に籠もるから、西でも東でも、可能な方へ逃げ延びること」
そういう条件ならば……と、冒険者たちも承知する。
「ラクレアはどう?」
黙って聞いていたラクレアに、ノンダスが尋ねる。
ラクレアは、当たり前のことを聞くんですねといった顔をして、強く答えた。
「もちろん行きます! アルゴは私の言うことを一番聞きますから!」
話はこれで決まったが、最後にユークが聞いた。
「ねえ、逃げるのは得意だけど、そしたらノンダスとばらばらになるの?」
「心配しないで。東へ行けばキュレネ、西ならヌミディア。どっちへ行っても必ず追いかけて合流するからね」
漢らしく、にやりと笑う。
一人の冒険者が大声で茶々を入れる。
「そうそう。このおっさんは俺たちが必ず届けてやるよ!」
「んまっ! 失礼ね! 体はお兄さん、心は乙女よ!」
おかしな総指揮官に、苦笑いの混じった笑いが起きる。
この会議で初めての緩んだ空気だった。
一矢報いる、攻勢に出る。
それだけで冒険者の顔つきは明るく、そして引き締まった。
それぞれが指揮下の者へ決定を伝えに席を立ち、ノンダスが三人に告げた。
「今日はもう寝なさい。明日、いっぱい頑張ってもらうから。準備は、任せておいて」
三人は小さな部屋で、野宿ぶりに一緒に並んで寝た。
「あまり近づかないで。お風呂入ってないし……」
ミグは少し嫌がったが、二人を抱えたラクレアが強引に寝わらに引きずりこんだ。
血と汗の臭いは枯れ草の香りに紛れ、三人はぐすっりと疲れを取った……。




