二日目
空から降り注ぐキマイラを見ながら、ユークは愚痴をこぼした。
「なんでだ? キマイラって、この国の守り神じゃないのか」
ちらりと見た先には、巨大な獅身人面像が、南を向いて鎮座していた。
「あれはスフィンクスっていうんです。キマイラとは別ですね」
この地に詳しい冒険者が、わざわざ教えてくれる。
キマイラ、グリフォン、マンティコア、ヌエ。
合成魔獣は世界各地に伝わるが、共通するのはどれも非常に手強い。
強い獣の強い部分から造られているので、当たり前ではあるが。
それにしても戦い難い。
こちらの剣が出ない方向から自在に攻撃してくるキマイラに、ユークも苛立つ。
ケツを向けて飛び去る一頭に、追い弓してやったが、尻尾の蛇に難なく絡め取られた。
主導権は向こうにある。
「ノンダス!! 何とかしてくれ!」と、ユークは叫んでみたが、何とかなるとは思えなかった……のだが。
要塞の弱点は、もちろん上空。
次に、四角の場合だと角が弱い。
本来ならそこに尖塔や矢倉を立てるが、この三角要塞にそんなものはない。
「ふむ、ならば」
ノンダスは、答えを持っていた。
「1番から4番の隊長を残し、あとは角に固まって槍と弓で防ぎなさい。魔法使いも角に行って。各隊長と一対一になるようにするの。危ない時は助けてあげてね」
指揮官が慌てなければ、命令は上手く伝わる。
四人の精鋭を残して、冒険者達は密集隊形を取った。
北面を任されたのは、この大陸に根を張る冒険者団のリーダー。
名をトトメス、二十名の大所帯を連れての参戦で、仲間から声援が飛ぶ。
彼には目的があった。
『この戦いが終わったら、パーティーのクレオに結婚を申し込むんだ……!』と。
東面を任されたのは、三番隊の隊長で、ダキア地方の小国生まれのブレビスタ。
貧しい生まれで、稼ぐために冒険者になった。
彼にもまた『この戦いの報酬で、妹に持参金をもたせてやれる』と、宿願があった。
西面を任されたのは、ヤーツォという男。
珍しいソロの傭兵で、魔王に滅ぼされた東方諸国の出身。
戦いの前夜、同じ東部人の少女――ラクレアとミグ――が参戦するのを見て驚いた。
その夜、故郷の曲に合わせて二人と踊れたことで、ヤーツォの覚悟は固まった。
南は、ユークが担当する。
頂上には、ノンダスが居座り続ける。
「さあ来るわよ! 二体目を近づけぬよう、一対一の状況を作るのよ!」
団で最も強いリーダーに前線を任せ、残りの者がそれを支援する。
冒険者にとって最も得意な形に、強引に持ち込んだ。
上空を旋回する二十余りのキマイラは、槍と魔法を繰り出す集団よりも、広い場所で待ちかえる四人の隊長に目を向ける。
平地でなら百の騎兵でも翻弄する魔獣が、誘われるように東西南北から真っ直ぐ突っ込んだ。
ユークの持つ剣が本領を発揮する。
竜の翼に運ばれた獅子の前足ごと、キマイラの頭を斬り割った。
尻尾の蛇もついでに切り落とし、地面へ蹴り落とす
「次、いいぞ!」
手際の良さにどよめきにも似た歓声が上がる。
それから角に陣取る魔法と弓は、ユークの正面に貼っていた弾幕を開ける。
次のキマイラが襲いかかる。
『さっきより強いな。1200もある』
敵の力が見えるのは、恐れも呼ぶが自信も生み出す。
ユークは、戦闘力1000程度の魔物になら、もう怯むことはなかった。
「次!」
「次だ!」
「ネクストプリーズ!」
ノンダスがユークの読み取った数字を参考に選んだ四人は、強かった。
タイマンとなれば、キマイラに遅れを取ることもない。
四人で十四匹、ノンダスが二匹、魔法でも二匹撃ち落としたところで、この要塞を襲ったキマイラは逃げ出した。
冒険者が守る要塞は、この戦術を見習って撃退出来た。
だが兵士の場合はそうもいかない。
個人の技量に頼み、危険を押し付けるのは軍隊の構造に反した。
「逃がすな! 囲め!」、「弓だ! いや網だ!」と、遠巻きにする間に被害が増える。
要塞の中で指揮を執るマハルバルは、愕然とした。
たったの半日で、損害が三百を超えたのだから。
そこへ伝令が駆け込む。
「新手です! す、すごい数が!」
マハルバルでさえ安全な要塞から飛び出して、自分の目で確認する。
白い砂漠より、黒い魔物の方が割合が多い。
五万か十万か、見たことのない数だとしか、マハルバルには分からなかった。
「閣下、如何なさいますか?」
キマイラの血で汚れた剣を持ったままの副官が問う。
「あれだ! あれを使って焼き払え!」
新しい命令を下すと、マハルバルは魔物に背を向け、岩の要塞に逃げ込んだ。
ユーク達からも、第四波となる敵の姿は見えていた。
”遠目”を持つ冒険者は、更に後ろもはっきり捉える。
「大将、その後ろ、5列目から7列目までいますね。最後はこれなんでしょう? 巨人かな、ゴレムかな?」
遠目の冒険者は、恐ろしい報告を大声でノンダスに伝える。
「それと、キマイラの逃げた方向。ちらりとですが、大きな人影のようなモノが居ました。もう一つ、キマイラ以外にも何か飛んでた気がします。どちらかが恐らく……」
「うむ」と頷いてから、ノンダスがあとを引き継ぐ。
「どっちかが敵の親玉ね。あとニ、三回蹴り返せば、焦れて出てくるでしょう。みな、それまで頑張るのよ!」
何の根拠もなかったが、ノンダスの言葉を部下は信じて奮い立つ。
ユークも剣から血を拭い、待ち構える。
「おい、あれを見ろ!」
誰かが叫んで真東を指差す。
戦いを見守るだけだった、獅子人面像が石の翼を広げていた。
「なにあれ、すっごい魔力が集まってるわよ」
ミグが確認したのと同時に、像の口が開く。
兵士と冒険者が見つめる前で、この国の守護神像は、『かぱり』と開いた口から、極太の熱線を撃ち出した。
十秒ほど、東から西へ豪快に薙ぎ払う。
少し遅れて、膨張した大気と溶けた砂が一気に弾けて舞い上がる。
「すげー」
超常の存在を何度か見たユークからも、普通の感想が漏れる。
十三の拠点が一斉に歓声をあげた。
「なんて兵器だ……あれじゃ世界が燃えちまうぜ……。最初から使えよ!」
とある冒険者が、皆の気持ちを代弁した。




