一日目
彼女の名は、ミルグレッタ・メイデア・コルキス。
美人の産地と名高い、クルガン文明の東北部。
そこがミルグレッタの生まれた国だった。
「わたし? 国に戻れば、せいぜい中の上ってとこね」
容姿の自己評価はそんなものだったが、遥か異国の古代要塞の上で荒れ狂う姿は、戦士達の目を惹き付けた。
『体が軽い! もう何が来ても怖くない!』
海神オケアノスの子孫――そうコルキス王家は自称していた――は、南国の神の力を借りて、類稀な素質を開花させようとしていた。
ミルグレッタ王女が魔法を覚えたのは、十歳を過ぎていた。
学び始めるには少し遅い。
王女の立場では、自ら使うよりも使える者を呼べば良かったから。
王国に危機が迫る中、廷臣は己達の不甲斐なさに泣きながら王女に魔法の教師を付けたのだが、その初日、彼女は王宮の壁に大穴を開けた。
「意外と簡単ね」と、王家の加護である黄金の魔力を漂わせながら、ミグは言った。
王族が強いのは当然である。
その中でも、アレクシスとミルグレッタの兄妹は、ずば抜けた才能を示した。
「王国の危機に、祖先の神々が力をお貸しになった!」と、王宮は歓びに沸いたが、それでも三年余り持ちこたえただけだった。
「二十年もあれば、殿下は大陸屈指の魔導師になれたのだが」
ミグの師匠は嘆いたが、魔王城は待ってくれなかった。
それから四年。
ミグの才能は、兄を失い、魔王に畏れ、新しい仲間を得たことで目覚めた。
防衛線の右端。
しかも最も前線に配置された要塞へ、統率された魔物は戦力を集中させた。
どの要塞へも最低十体の大型サンドワームが、そして西の端には三十体以上が押し寄せた。
その後ろからは、砂漠二脚竜が続く。
だが、サンドワームが要塞へ巨体を寄せ、その上を身軽なゲネポスが走り上がる作戦は失敗した。
「すっごいですね! こんな攻撃特化の魔法使い、初めて見ました!」
女の冒険者が、キラキラとした目でミグを褒める。
彼女も魔法を使うが、回復や補助が主。
そもそも、魔法が使えるのに攻撃一辺倒な術士は、それほど多くない。
最も需要が高く、数も多いのが治癒系。
それから情報通信などの魔法道具を作る者、トンネルや橋や城塞を造る建築系、テーラ王女のように生活や農業に寄り添う魔法を使う者。
珍しいところでは、楽器を作ったり音楽を増幅させる魔法使いもいる。
様々な分野で魔法は活躍しているが、攻撃性に優れた使い手は、平和な時代では稀だった。
「あら、ありがとう。貴女もやるじゃない」
慣れぬ攻撃魔法で、やっと一匹を屠った女冒険者を、ミグが笑顔で褒め返す。
ミグは、既に十体以上を消し飛ばしていた。
「ミグちゃん、隣の要塞を援護してくれる?」
「ん、分かったわ」
ノンダスは、周囲を助ける余裕があると判断した。
「ちょっと遠いわね……届くかしら?」と言いながらも、東隣りの要塞に群がったサンドワームを叩き始めた。
「姐さん……すげえな」
ユークに付いてきた冒険者達も、これには舌を巻く。
「だから、言ったろ。化け物だって」
ユークも呆れる程の活躍ぶりだったが、仲間が褒められたことは嬉しい。
そのユークから少し離れたところで、鉄製の槍をラクレアが投擲していた。
通常は地面で支えて使う大槍が、数百メートルは飛んでサンドワームに突き刺さり、緑の体液が舞った。
「こっちもすげー……」
戦況は有利に進んでいた。
「ノンダス、こっちから討って出たら駄目かな?」
時折上がってくるゲネポスを相手にするだけのユークが提案した。
「ふーむ、五番隊から八番隊、休憩なさい」
戦場を見渡したノンダスは、逆の命令を出す。
この要塞の140人は、十二の小隊と魔法部隊と救護部隊、十四隊に別けられていた。
九人の冒険者を率いたユークが任されたのは、最も敵が来る南面。
常に二十人以上で守っていたが、ノンダスは半分に減らす。
「問題は、夜なのよね。一晩中くるのかしら?」
周囲に聞こえるように、ノンダスは大声で喋る。
声が強く通るのは、指揮官の必須条件。
五日間は支えなければならないと、全員が思い出し、素直に命令に従う。
緊張の夜がきた。
要塞の中に引きこもり、朝を待つ。
「来ないわね」
「来ないね」
以外にも、夜は静かだった。
「寒いから動けないってわけでもないよな?」
砂漠の夜は冷え、ユークも毛皮にくるまった。
「そうねぇ。昼の動きからも、率いるモノがいるのは間違いなさそうね。皆も、変わったモノや動きを見掛けたら、遠慮なく声に出してね」
ノンダスが全員に告げた。
初日、この部隊の損害は、十名ほどの怪我人で済んだ。
しかし、要塞伝いに集まった報告では、三千七百人の兵士と冒険者の内、既に三十名ほどが失われていた。
『今日が襲撃のピークなら良い』と、誰もが願いながら眠りに落ちる。
だが、二日目の朝にその願いは破られる。
「キマイラだ!」
「気をつけろ、上からくるぞ!」
翼を持った強力な魔獣が、要塞に並ぶ冒険者の一人を捕らえ、空中で二つに割って捨てた。
戦いは、これからが本番だった。




