決戦前夜
イリフーキア国の将、マハルバルは怒っていた。
彼はイリ族の有力首領の一人だ。
それがフーキ族の将軍の求めに応じて、兵三千と自慢のラクダ騎兵六百を貸し出した。
魔物討伐とあれば断れない。
しかし、散々に負けた挙げ句に、兵はまだ戻って来ない。
マハルバルは、残った兵三千とラクダ騎兵四百で、重要な港街パドルメと、自分の所領を守らねばならぬ。
「だから、フーキ族は信用ならんのだ!」
マハルバルは、副官に八つ当たりをする。
この国の二大部族、イリ族とフーキ族は仲が悪い。
副官は口答えせずに、事務仕事を進める。
「閣下、冒険者が着いたそうです。これで総勢700になります」
「ふんっ。適当に……いや待て、それも困る。この右翼の突出部、ここの三角要塞を守らせよ」
マハルバルは、最も危険だと思われる方面をあてがう。
貴重な手勢は減らせぬ、傭兵に押し付けるのは当然だった。
「せいぜい、三日も稼いでくれれば良いが……」
「それで、援軍ですが。早くとも五日後です」
「間に合わんではないか!? これだからフーキの奴らは!」
もう一度ライバル部族を呪ってから、将軍は地図を見つめる。
防衛線が長すぎた。
要塞に拠ろうとも、今の三倍はいないと到底耐えられないと計算した。
「仕方ない、”あれ”も使う。準備しておけ」
「了解しました。それと、冒険者らが物資を要求してます」
「そんな余裕はない……あ、いや待て。あるだけ出してやれ、ついでに報酬も増額しておけ。ただし成功報酬だ。どうせ奴らは助からん」
マハルバラは、冒険者を使い潰すことに決めた。
「と、言うことです」
ユーク達の前に現れた副官は、物資の手配と報酬増額だけを告げた。
副官から渡された地図を見て、ノンダスは渋い表情になる。
五つの要塞を冒険者七百で、残りの八つを兵士三千で守ることになっていた。
「うーん、まあ良いわ。とりあえずは五日粘れば良いのね?」
「はい。援軍が来て押し返せねば、この国は終わりです」
副官は、淡々と答えた。
「ずいぶんとはっきり言うのね。けど、そういう男、嫌いじゃないわ」
この国出身の副官は、褐色の肌に引き締まった肉体、砂漠の民らしく長いまつげに深い彫りと、ノンダス好みのイイオトコだった。
ノンダスのアピールも気にせずに、有能な副官は事務を進める。
「弓は二百張、矢は二万。他にも要塞戦に適した武器を、既に送っております。食料は三百人で十五日分、水は要塞の地下に井戸があります。あと酒も届けさせますので、今晩にでもご賞味を。それとこれを」
手書きの要塞構造図と説明書き。
機密の地下通路まで、しっかりと描かれていた。
「どうか、ご武運を」
手本通りの敬礼をすると、他の四つの冒険者隊にも同じことを伝えに、副官は去っていった。
「任せてね! あなたの為に頑張るわ!」
去りゆく背中に、ノンダスの熱い決意が飛んだ。
神聖隊の指揮官にまで上り詰めたオトコの士気は、最大限に高まっていた。
「どれどれ」と、ミグがノンダスの手から機密文書を奪う。
「へー凄いわね。あの三角要塞、戦う者の力を増幅するんですって」
普通に四角や丸く作らず、あの妙な形になったのには意味がある。
この土地の人民が祈る神の力を、最大限に受け取れるのが四角錐であった。
「ふぅ、良い男だったわね。久しぶりに痺れたわ。ユークちゃんも、ああいう男になりなさい」
「えっ、やめてよ。ユークはそんなんじゃないし」
反射的に答えてしまったミグに、ラクレアが食いついた。
「ならなら、ミグさまはユークさまにどうなって欲しいんですかー?」
「べ、別に、そういう意味じゃないわよ!」
「どういう意味ですかー?」
何時もの旅路と変わらぬ――ユークにはそう見えた――仲間の様子に、ユークは今回も何とかなるだろうと思えた。
まだ襲来までは時間があった。
夜は、ありったけの食事と酒を、要塞に籠もる百四十人でとった。
その前に、指揮官を決めたが、満場一致でノンダスが選ばれていた。
ノンダスが乾杯の音頭をとる。
「皆の無事と勝利を祈って」
百四十の冒険者が唱和し、夕食が始まった。
酒が進むと、誰かの持ち込んだ楽器がならされ、誰かが歌い出す。
様々な国や地方からの寄せ集め、歌声も多彩だった。
「あら、これは」
何番目かに演奏された曲に、ラクレアは聞き覚えがあった。
故郷、東部地方で定番の舞踏曲だった。
「ミグさま、この曲は知ってますよね?」
返事は待たずに、強引にミグを引き出して焚き火の周りで踊りだす。
激しいものではなく、ペアで手を繋いでくるくる回るだけ。
最初は嫌がっていたミグも、周囲の盛り上がりに合わせて、王宮仕込みのステップを披露する。
この隊の女達、全部で十人だったが、それも参加して更に沸き上がる。
一人の勇気ある男が、ラクレアにダンスを申し込んだ。
ラクレアは少し驚いたが、ミグの手を離して見知らぬ男の手を取る。
こんどは、自由になったミグのところへ、二十名ほどの男が駆け寄る。
十人の女性たちのところに、長い順番待ちの列が出来た。
「あんたも行きなさい」と、ユークの背をノンダスが押す。
ユーク達四人も、他の冒険者も分かっていた。
この夜が、最後の夜になる者が、少なからずいると。
日が昇る。
高い要塞の上からは、地平を染める黒々とした群れが見えた。
だが怯む者はない。
士気は高く、準備も覚悟も出来ていた。




