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おんせん!


 テーラ王女の邸宅には、温泉がある。

 当然、皆で疲れを癒やすことになった。


 女性陣は、一段高いところに掘られた広い湯殿へ。

 ユークとノンダスは、そこから見下ろせる小さい湯に通された。


 エンリオは、一目テーラと会えたあと、追い出された。

 客人と家臣の扱いが違うのは、当たり前の世の中だ。


 ユークは、見上げる位置にある女湯が気になって仕方がない。

 漏れてくるはしゃぎ声に、反応しそうになる。


「まあまあ。そんな恨めしそうに見なくても。男だけで楽しみましょ」

 ノンダスは満足そうだった。


 二人は互いに背中を流し、体に残る傷を自慢し合った。

 ユークの腕は、治ったとはいえ、日焼けした他の部分とは色が違う。


「不思議なものねぇ」

 ノンダスがその腕をしげしげと見る。


「やっぱり、あの肉のせいかなあ。これからも、傷が治るのかな?」

「わからないわね。けど、一晩はかかったのでしょ? 試しに自分で切ったりしちゃ駄目よ」


『やってみようか』と、考えていたところに釘をさされたユークは、顔まで湯に浸かり見えない女湯を見上げる。


 その目の先に、ラクレアが現れた。

 茶色の髪を濡らせたラクレアは、人懐っこい笑顔を浮かべて手を振ると、「ほれっ」と言って立ち上がった。


 小さなおへそに引き締まった腹筋、それに二つ連なる大山脈がそびえ立つ。

 ラクレアは怪力だが、筋骨隆々というわけではない。

 逞しいが、女性らしい丸みをしっかりと残している。


「まあ、はしたない」

 ノンダスは特に興味はない。


「ちょっと! 何してるの!!」

 奥の方でミグが騒ぐ声が、ユークにも聞こえた。


「あら、なんですの?」

 テーラ王女まで出てきて、身分柄か恥じる様子もなく手を振る。

 四つ並んだ丘陵地帯を眺めながら、『生きてて良かった』と、ユークは心の底から神に感謝した。


 元王女で、今は一般人の感覚も備えたミグは、全力で二人を引き戻す。

「二人とも、軽々しく裸を見せるなんて!」

 怒りも心頭だ。


「まあまあ。ミグさまも、散々見られてるでしょう?」

「見られるのと、見せるのは違うわよ!」


「なら、見られてみますか」

 ラクレアが子猫でも抱き上げるかのように、簡単にミグを持ち上げる。

 今の彼女の力は、その五倍だって担げるだろう。


「きゃあ! やめて! それだけは、舌を噛むわよ!」

 細い足を必死でバタつかせて抵抗しても、ラクレアはびくともしない。

 

 一段と騒がしくなった女湯を尻目に、ノンダスは風呂を上がる。

 何種類かの地酒が、彼を待っていた。


「ボクは……もう少し……」

 ユークは粘ることに決めた。


 湯を蹴散らしながら暴れた後、三人の少女は、また肩まで浸かって温まる。

 テーラ王女が改めて礼を述べた。


「大怪我までされたようで、ありがとうございました。それに、ミグさまの御髪まで」

 焦げが入ったミグの髪は、テーラの侍女が総掛かりで綺麗に揃えていた。


「まあ終わり良ければよ。思ったより強敵で、尾羽根なんて取れなかったけどね。足でも良かったの?」


「さあ……先例がないので分かりませんが、悪くはならないでしょう。それに、私が受け継ぐ加護はこの国に必須なので、お父様だって話を聞いて下さるはずです」


 王家や大貴族ともなると、祖先が優れていただけでなく、その力を代々継承する事も多い。


「ふーん。どんな力なの? それとも秘密?」

「いえ、お祭りの時には披露してますわ。今、ちょっとやってみますわね」


 テーラ王女は、全裸で立ち上がると、手の振りを付けて歌い始めた。

 ミグとラクレア、離れた湯殿で次の幸運を待つユークにも分からない言葉だったが、歌声は朗々と響き渡り天へ吸い込まれる。


「素敵……」と、ラクレアが呟く。

 数小節を歌い上げると、青一色だった空が曇る。

 それから、小雨が降り始めた。


「これくらいにしておきましょう。今は、水も足りてますから」

「凄い……凄いじゃないの! これだけ役に立つ力は、王家でも珍しいわ」

 ミグの称賛に、テーラは素直に礼を言った。


「わたくしの祖先は、雨呼びの巫女ですの。ご先祖は分かりませんが、今でもこの島になら雨を呼べるんです。そういう約束を神と結んだのでしょうね。ですから、いざとなったら『歌わないわ』と、お父様を脅す予定ですの!」

 この国の王女もたくましい。


 雨で冷える前に、三人は温泉を出た。

 最後に、静かになった女湯を確認して、ユークも諦めた。



 翌日、南の大陸へと出港する。

 テーラは見送りには来れなかったが、大きな木箱に詰まった果実を届けてくれた。


 エンリオは、別れを告げに桟橋まできた。

「お世話になりました」と。


 綱も解き終わった段階で、船を呼び止める集団があった。

「おーい、兄貴! 待ってくれ、ついでに乗せてくれ!」

 帰り路で待ち伏せしていた、冒険者の一団。

 船長が応対する。


「なんだぁお前ら。この船はテーバイの商船団御用達だ、他を当たりな」

 冒険者もめげない。


「南へ行くんだろ? あっちで魔物の大群が出たそうだ。一稼ぎしに行くから、乗っけてくれよ!」

 船長がノンダスを見て、ノンダスはユークを見た。


「詳しく聞きたい。乗せてやれませんか?」

 ユークの言葉で、船長はもう一度”はしけ”を降ろした。


「ありがとよ、兄貴。どーせ行くなら強い人と行かないとな」

 いきなり九人も増えたが、元々荷が少ない。

 船は変わりなく帆を広げ、南へ走り出した。

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