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食えば食うほど強くなる


 命もからがらに逃げ出すのは、ユークにとって二度目。

 貴重な経験がまた増えた。


 植生の薄い山肌を、火山灰を巻き上げながら駆け下り、麓の木陰まで走り込んで、五人はやっと止まった。


「こ、ここらで良いでしょう。そろそろ日も落ちるわ」

 ノンダスでも息が上がっていた。

 他の四人は、返事をする元気もない。


 ポイニクスの足、人の半分くらいの重さがある、ラクレアはこれを持ったまま駆け抜けた。

 彼女の体力は、既に常識の枠を超えかけていた。


 そんなラクレアをミグが呼ぶ。

「ちょっと体を見てくれる? あと髪の毛も……」


 炎に閉じ込められた時、あちこちに小さな火傷が出来た。

 自慢のプラチナブロンドも、少し焦げた。

 見る限りでは自分が一番酷い、ただしこの程度で済んで運が良かったと、ミグは思っていた。


「ノンダス、こっちを見てくれないか。手が動かない」

 ユークは、いまだに剣を握ったままだった。

 代わって剣を収めて、ユークの手甲を外したノンダスが驚く。


「これは……! ちょっと切るわね」

 手袋と袖を切り裂くと、赤くただれた両手が現れた。

 見ていた三人も息を飲む。


「よくもまあ……!」

 ノンダスは驚くと同時に感心もした。

『助けに飛び込んだ時でしょうけど、今まで声も上げずにこの子ったら……』


 ユークを抱きしめてあげたいのを我慢しながら、ノンダスが慣れた手付きで布を巻く。


「薬や軟膏では駄目ね。腐る前に、治癒師に見せましょう。大丈夫よ、繋がってればまた動くわ」


 両手をぐるぐる巻きにされたユークが、『痛い』という代わりに、ラクレアの持つ鳥肉を見ながらいった。


「腹……減ったなあ……」

 四人の目が肉に注がれる。


「これ、食べれるのかしら?」

 ノンダスが現地人のエンリオに尋ねても、首をひねるだけ。

「焼けば食えないかな。幸い、人を喰ってないみたいだし」

 ユークは、食える物は食う主義だった。


「とりあえず、火を起こすわね。焼いてから確かめましょう」

 ノンダスが枯れ枝を集め火種を移すまで、ミグは泣きそうな目でユークの手を見ていた。


 ミグは、回復魔法が使えない。

 性格に合わないのか、習う事さえ拒否していた。

 王宮には立派な術士も居たのに。

 その事を、今ほど後悔したことはなかった。


 ポイニクスの肉は、美味かった。


「はい、あーん」

 両手が使えぬユークの為に、ラクレアが餌付けしていた。

 

 ユークは、照れくさくもあったが、手が使えぬ以上は仕方がない。

 それに、『食べれば食べるほど力が沸いてくる』と感じていた。


 鳥の足が骨と爪だけになったところで、ラクレアはミグの隣に座る。

 てっきり張り合ってくると思っていたのに、元気のないミグが心配だった。


「ミグさまのせいでは、ないですよ?」

「うん……」


「それにちゃんと治りますから」

「うん……」


「私達にも、治癒師か僧侶が必要かもですね。ユークさまが無茶しますから」

「うん……わたしが、回復を使えれば良かったのに」


 力不足で悩んでると分かって、ラクレアはほっとした。

 ミグには他に出来ることがあるのだから。


「誰でも何でもは無理ですよ。ミグさまの魔法は、何時も私達を助けてくれてますからね」

「うん、ありがとう。ラクレア」

「さあ、寝ましょう。明日もいっぱい歩いて、街まで戻らないと」


 五人が寝静まった頃、ミグはこっそりとラクレアの横から這い出し、近くで寝ていたユークのところへ行く。


 布の上からでも、両の手が焼けて膨らんでいるのが分かる。

 ミグが触れると、まだ熱を持ってる気がした。


 木の根を枕にしていたユークの頭を、自分の膝に移す。

 それから、静かに魔法を使う。

 マナを集めて熱を抜き、広げながら冷えたマナを焼けた手に通す。


 少しでも早く治るように、その夜の間、何度も何度もそれを繰り返した。



 翌朝、手の(かゆ)みに耐えられずにユークは目覚めた。

 ぐっすりと寝た感覚があり、もう日も登っているはずなのに、カーテンでも掛けられたように暗い。


「あれ、なんで?」

 それに、頭が何か柔らかいものに包まれている。

 腕を動かそうとして、痛みが無いことに気付く。


『昨夜は、指一つ動かせなかったのに……』

 疑問は尽きないが、まずは顔の上にある物を除けなければ。


 右手で押し上げると……柔らかい。

 うっすらと記憶にある感触、思い出そうとして力を入れたり抜いたり。

 丁度、手の平にすっぽりと収まる、軟体生物のようで張りがあり、押すと指の間から溢れ、引くと手の平に吸い付く。


 八割方は答えに辿り付いたが、ユークは手の動きを止めることが出来なかった。


『これは夢だ』と決め付けて、何度も何度も丁寧に揉んだ。


「んっ……あ、んん……えっ!?」

『凄いな、音声付きだ』と、ユークが感激したところで、ミグの上半身が跳ね起き、朝日が飛び込んできた。


「ちょ……あんた、今、何処触ってたのよ!」

「凄いな、この夢。喋るんだ」

「ゆ、夢じゃないわよ! この馬鹿(ドゥラク)!」


 未だに膝枕は解かずに、逆さまで怒鳴るミグにようやくユークも醒める。


「え……いや、違うんだ。何か暗くて、それで!」

 右手は揉む形のままで指だけを動かす。


 その手の動きから、今までされていた事を連想し、ミグの顔に血が集まる。

 拳を握ってユークの顔に叩き落とそうとしたところで、ミグは気が付いた。


「ちょっと、手! 動くの!?」

 今度こそ立ち上がったミグのせいで、ユークは激しく頭を地面にぶつけた。


「いった! 急に……! あれ、手が動く」


 二人は急いで巻かれた布を外す。

 その騒ぎに、他の三人も起きてきた。


「ほー」

「へー」

「ユークさま、凄い!」


 何故か、ユークの傷はすっかり治っていた。

 アルテミスのくれた狩猟の加護、食した獲物の能力を得るが発動したお陰だった。


「なんでだ……?」

 だがまだユークには分からない。


「良かった、良かったぁ……」

 元気に両手の動きを確かめるユークを見て、ミグが泣き笑う。

 その涙を、格好良く拭おうとして、ユークは一度自分の指を確認した。


「くっせえ!」

 焼き剥がれた皮膚と肉で、信じられない悪臭がした。

 まずは、手を洗う必要があった。

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