火の鳥は性格が悪い
ユーク達は、クルガンと呼ばれる文明圏に属している。
同じ祖語を持ち、この勢力圏の東部辺境がユークの故郷。
北には大型種が住む。
代表的なのがオークで、エルフも居る。
南には小型種――人が勝手に呼んでいる――のハーフットやコボルトにゴブリン族。
山に住むのがドワーフで、海に住めばマーマン。
川沿いに住むのが人族で、しかも温暖な中緯度地域を広く抑える。
それを可能にしたのも、人が『道具と武器』と非常に相性が良かったから。
得意な武器があり、使いこなすと数倍の攻撃能力を得る。
ミグがテーラから譲り受けたミスリルガントレットも、そんな武具の一つだった。
「ねえねえ、見て見て。どう?」
右手でキラキラと輝く聖トリーニ山の火口を見せつける。
以前と変わらぬ様子に戻ったミグに、ユークは安堵した。
『あの夜のことは、無かったことにしてくれる』
ユークはそう判断し、同じ間違いは二度と起こさぬと固く誓った。
「あつらえたみたいに、よく似合うよ」
ミスリルと銀髪が互いに引き立てて、ユークの台詞はお世辞でなかった。
「ほんと!? 嬉しい!」
ユークを直視して、ミグが満面の笑顔を作る。
予想外の反応に、ユークは咄嗟に顔を背けてしまう。
『ちょろいわ。時間の問題ね』
ユークが照れたと判断したミグは、勝利を確信した。
このまま優しく、かわいく接すれば、遠からずユークから告白してくると。
告白した方が負け、ミグはラクレアの話をそう解釈していた。
一方のユークは、ミグの笑顔から底知れぬ恐怖を感じ取った。
狙う者と狙われる者、狩人の本能が正しく警告を発したのだ。
『まだ……怒ってるのかも知れない。以前のように、普通に接しよう』と、ユークは結論を出した。
そんな高度なやりとり――見ていたラクレアは笑いを堪えるのに精一杯――を繰り広げながら、火の鳥ポイニクスの巣へと踏み込む。
「何処にも居ないな」
火口をしばらく降りても、ユークの右目には何の反応もない。
手分けをして、抜け落ちた羽だけでも探そうとした時、上から鳴き声がした。
「ウンモー」と、少し間が抜けた、それでも危険を知らせる声。
「え、なに?」
「ヤクよ、ヤクの声」
道中、ずっとヤクを連れていたノンダスが正解を出す。
五人揃って見上げると、ヤクが空を飛んでいた。
正確には、色彩豊かな巨大な鳥が、その爪でヤクをがっちりと捕獲していた。
「まじかよ……」
ユークが驚くのも無理はない、ヤクは馬よりも重い。
ユークの<<弱者の物差>>に数字が出る、およそ1000。
「勝てるぞ。そこまで強くない!」
発破をかけたユークが、弓を取り出して高所を探す。
空中に離れた敵にはこれしかない。
だが、上空を一周した火の鳥は、悠然と山の内部へ降りてくる。
その途端、戦闘力が跳ね上がった。
ミノタウルスと同じく、己の聖域に縛られるタイプ。
あっという間に『4000』を超えた数字を見て、弓を射ようとしたユークが慌てて戻ってくる。
『どうする? 弓と魔法で仕掛けるか。やつの出方を見るべきか』
ユークには、まだ引き出しが少ない。
悩むリーダーに、ノンダスがヒントを与える。
「ユークちゃん、わたし達の目的と、一番守る者は?」
今回の依頼は、討伐でなく護衛。
例えこのポイニクスを討ち取っても、エンリオが死ねばテーラにとって意味はない。
「エンリオを中心に固まれ! ここで迎え撃つ」
迷いのない命令に、ノンダスも満足げに頷いた。
「ミグ、あいつを冷やせないか?」
マグマの淵に住む魔物なら、アイス系の魔法が有効だと判断する。
「わたしの場合、冷却というより集めて熱を抜いたマナを再展開してるだけ。氷の魔法はまったく使えないの」
魔法は、術者の素質と性格が強く出る。
灼熱系にずば抜けた才能を示すミグに、正反対の魔法は無理だった。
ポイニクスは、ユーク達を追い越して更に下層、マグマに近い岩棚まで降りると、そこでヤクに止めを刺した。
そして獲物を置いたまま、赤く美しい翼を広げる。
火山から吹き上がる熱波に乗り、不埒な侵入者を撃退するために舞い上がった。
「今度こそ来るぞ! こいつは、クラーケンの倍は強い!」
ユークの声に合わせて、全員がひと固まりで戦闘態勢に入った。




