王女さまは告らせたい
トリーニ王国は、火山島にある。
そのわりに水は豊富で、刈り入れ間近の畑や樹園が拡がる。
「平和な光景ねえ……」
「ですねえ……」
最後尾をミグとラクレアが歩く。
その前をノンダスがヤクを引いて行く。
火山性の土は馬の蹄に良くない、代わりにヤクを三頭も借りた。
先頭には、ユークとエンリオ。
流浪の冒険者と、騎士の次男坊は同い歳で息があった。
互いに持ってきた剣や弓などを見せ合い、男子らしい会話を繰り広げていた。
ラクレアは迷っていた。
『私が寝たあと、どうなったの?』と聞きたくて。
二人の距離から、上手くいかなったのは分かっていたが。
「ねえ、ラクレア」
前との距離が少し開いたタイミングで、ミグが声をかけた。
『きたっ!』とばかりに、ラクレアはとびきり優しい笑顔を作る。
「はいはい、なんでしょう。何でも相談してくださいね!」
「……やっぱり、いいわ」
「な、なんでですかーっ!? 今日の夕飯から恋の悩みまで、なんでも聞きますよ!?」
「だって、笑顔が胡散臭い」
「うっ……」
割と傷付く一言だったが、興味本位が表に出てたのかと表情を作り直す。
「そ、そんなこと無いですよ。私はミグさまの味方ですよ? さあ話してくださいな」
酔ったラクレアが”けしかけた”せいで、あんな目にあったのだ。
『味方』かどうか怪しいものだが、ミグには他に相談する相手が居ない。
「実はね……あの後……」
かいつまんで話すことになった。
押し倒されたあたりでは、ラクレアもぐっと拳を握ったが。
『責任取ってくれる?』のあたりで顔が曇り、魔力の暴走でふっ飛ばしたところで、完全に顔を覆ってしまう。
「あんたって娘は、なんてことを……」
「うう……そりゃわたしも、ちょっと酷い事をしたかなーとは思ってるわ」
かなり酷いとラクレアは思ったが、ミグもユークも、半径数ヶ月の距離で頼れるのはこのパーティだけ。
こんないざこざで喧嘩別れとはいかない間柄。
そこで、この王宮育ちのお姫様に、庶民のルールを教えることにした。
「良いですか、ミグさま? 結婚など重い話を持ち出すのは禁忌です」
「えっ!? けどっ!」
「お家のことで慎重なのは分かります。ですが、テーラ王女を見て下さい。自分のお気持ちに素直でしょう? あれで良いんです」
身分違いの恋の例として、テーラを出されたとこでミグはやっと気付く。
「ちょと待ってちょうだい。わたし、別にユークが好きだなんて言ってませんから!」
『うわっ。めんどくせー』と、露骨にラクレアの顔に出た。
「だから、ちょっと雰囲気に流されただけで……!」
ミグの方は、これでも本音で語っていた。
しばらく考えてから、教鞭を再開する。
「世間一般では、『好きだ』と言われ、受け入れれば恋人同士です。婚姻どうこうは先に置いておいて、まずは互いの気持ちが一致すればそれで良いのです」
素直になれば良い、ただそれだけの話のつもり。
ラクレアはユークのことを信頼しているが、親愛に育つまではまだかかると思っていた。
何より、今は二人から頼られるのが嬉しく、充実していた。
そして、ミグも答えを出す。
「つまり……ユークに『好きだ、結婚してくれ』って言わせれば良いんでしょう? 簡単じゃないの」
「……は?」
今度は、ラクレアの顔芸も通用しなかった。
解答を得たミグが満足げに何度も頷く。
『なんでそうなるのかなぁ。ま、面白そうだからこれはこれで』
話はそこで終わり、吹っ切れたミグは、ユークとエンリオのところへ走っていき会話に混ざる。
初日は、火山の中腹まで。
二日目の昼過ぎには、火口を見下ろすところまで来た。
小さな島の中央にそそり立つ山だ、旅程も短い。
マグマは山の奥深く、螺旋状に続く火口を下ってゆける。
その先にポイニクスは居るはずなのだが。
「姿が見えない、反応もないな」
ユークは困っていた。
強すぎるなら避けることが出来る、これがユークの強み。
のこのこと踏み込んで、逃げられないのは避けたい。
「尾羽根の一本でも拾えれば良いのだけど」
エンリオは常に控えめだった。
彼の戦闘力で100ちょっと、一般的といったところで無茶は出来ない。
「ポイニクスが居ないことも?」
「留守というか、隙を付いて採取出来ればそれで。戦うと、炎を巻き上げて追い返すらしい」
「好戦的ではないんだ」
「一応、島の守り神でもあるんだよ」
王女に振り回される二人は、この数日ですっかり意気投合していた。
「よし、なら降りてみよう」
ユークが決断して、皆が続く。
ヤクを山頂に残し、ノンダスとラクレアは盾を、ユークとエンリオは弓を。
そしてミグが僅かながら守りの魔法をかける。
地の底から吹き上げる溶けた岩石の臭いの中を、五人は降りて行った。




