二つめの武器
思いもよらぬ厳しい言葉に、テーラ王女の目が泳ぐ。
助けを求めて周囲を見るが、人払いをしたのは自身だった。
「ま、話くらい聞いてあげるから言いなさい。その先は条件次第ね」
かつては大国の王女だったミグが、小さな島国の王女を追い詰める。
『のろけ話を聞いてやるんだから、これくらい当たり前』と、尊大な態度をびた一文崩さない。
「あの……はい、説明させていただきます……」
ユークは、テーラ王女に同情した。
「わたくしが思いを寄せるのは、エンリオというのですが、爵位もない騎士家の次男でして……」
打って変わって静かに話り始める。
先程は勢いに押されたユークも、落ち着いてテーラ王女を観察出来た。
編み込んだブラウンの髪を山羊角のように二つに巻き、豪奢な衣装や宝石で飾り付ける訳でもなく、十代後半の年相応。
庶民的で好感の持てる姫だった。
「貴賤結婚でしょ? 無理じゃない……ま、それは何とかなるにしても」
ミグは相変わらず厳しかったが、昨夜の自分を思い出し、意見を変えた。
「はい。本来なら無理かもしれませんが、わたくしは他国へ嫁ぐことは無いのです。それで、この国の男子から婿を選ぶのですが、お父様が何名かの貴族を候補にしたとの噂を聞いて」
他所の王家に縁付けるとなると、王女の意見など通らない。
だが、この国の男から選ぶなら、幼馴染で好き合ってるエンリオと結ばれたい、そういう話だった。
そこまで聞けば、ユークにも話が見える。
「じゃあそのエンリオって奴を連れて、魔物なり山賊なり倒して、箔を付けさせたいってこと?」
すっかりタメ口になったが、テーラ王女は咎める事もなく、むしろ期待に顔を輝かせ大きく頷いた。
それから、ほっとしたのか、また王女のテンションが上がる
「そうです! そうです! 我が国――トリーニ――には、伝説の魔物が住んでるです! あ、ご存知ない? 火山に住むポイニクスと呼ばれる火炎鳥です! それの尾羽根を持ち帰れば、一代限りの貴族称号が付与されるのが国の掟です! 貴族となればもう結婚に支障はありません! 何とか手伝っていただけませんか!?」
ユークの感じるところ、意外と現実的な筋書に思えた。
どこぞの王女を手篭めにして、そのまま婿に収まるよりは、ずっとあり得る物語だなと。
しかし伝説の魔物とやらは、つい先日にミノス島でも見たのだが……。
それさえなければ、二つ返事で受けても良い話だった。
「あたしはその伝説を知ってるわよ。けどねえ……」
トリーニからほど近い、テーバイ出身のノンダスには馴染みがある。
「この国の最高峰、聖トリーニ山の火口に住み、不死の命を持つという神の鳥。おいそれと手を出せる相手ではないでしょ?」
「うっ……。それはそうですが、倒さなくて良いんです! 何とか羽の一枚でも持って帰ってくれば! 皆さまのような強い冒険者が、この国に来るなんて滅多にないのです。お礼は出来る限り致します! お願いします、助けて下さい!」
全力素直なお願いに、ユークの心も揺れた。
ノンダスとラクレアは『ユークが決めて良い』と、ミグも反対しなかった。
「分かった、助力するよ。けど、無理はしない。生きて帰るのが最優先で」
「はい! もちろんです! 本当に、本当にありがとうございます!」
四人の手を取る勢いで、テーラ王女は感謝する。
新しいクエストが決まったところで、商談が始まった。
「で、報酬だけど。確かトリーニって歴史あったわよね。何か強力な武器とか伝わってない?」
ミグが堂々と家宝を要求した。
『また無茶な要求を……』とユークは思ったのだが、何故かテーラは躊躇なく応じた。
「少しお待ち下さい」
テーラが応接室から自室へ宝物を取りにゆく。
その間に、四人にはお茶と菓子が出た。
戻ってきたテーラは、もう一度人払いをすると、古い木箱をミグに差し出した。
「これをお使いください」
持ってきたのは銀の手甲、それも小さな女性用の魔道具。
「我が家の女子に与えられるものです。とても良くマナを集めるとか。わたしは直接的な魔法を使うこともないので、是非」
差し出されるままに、ミグが右手に嵌めると直ぐに気付く。
「これ……軟性のミスリスね。本物じゃないの、これは貰えないわ」
ユークが見ると、手の甲と手首だけを覆う小さなガントレットは、ミグの手に沿って自在に曲がる。
硬くも柔らかくもなるミスリルとやらを、初めて目にした。
値段は……想像もつかない。
「大丈夫ですよ。ほら、手の平を見て下さい」
ガントレットの手の平部分は、円状に開いていた。
「その形から、聖トリーニ山の火口と呼ばれてます。大事にしてくださいね」
テーラ王女は、裏のない笑顔をミグに向ける。
少し逡巡して、ミグは受け取った。
「ありがとう……魔王を倒すまで、借りるわ」
「はい!」
思わぬ銘品を渡されたが、渡したテーラ王女には、確固たる理由があった。
コルキス王国――東方第一の大国――が滅亡に瀕したのは、この国へも伝わった。
コルキスは、歴史も国力もトリーニの比ではなかった。
王族は行方知らずとテーラは聞いていたが、今日、目の前に現れた。
『まさか』と思ったが、噂に聞く金瞳は隠しようがない。
王女の自分を相手にしても堂々とした態度――テーラにはそう見えた――も確信を裏付けた。
国亡き身で戦う王女に、色恋に浮かれた自分が恥ずかしくなった。
テーラは、少しでも力になれればと思ったのだった。
『入れ物さえ残ってれば、誰も気付かないわ』と、一番役立ちそうな物を選んだ。
もちろん、そんな事はミグに告げない。
互いに誇り高き王女なのだから。
一行は、屋敷の外に呼び出されていたエンリオに会う。
火の鳥ポイニクスと、一戦交えるために。




