表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

33/88

二つめの武器


 思いもよらぬ厳しい言葉に、テーラ王女の目が泳ぐ。

 助けを求めて周囲を見るが、人払いをしたのは自身だった。


「ま、話くらい聞いてあげるから言いなさい。その先は条件次第ね」


 かつては大国の王女だったミグが、小さな島国の王女を追い詰める。

『のろけ話を聞いてやるんだから、これくらい当たり前』と、尊大な態度をびた一文崩さない。


「あの……はい、説明させていただきます……」

 ユークは、テーラ王女に同情した。


「わたくしが思いを寄せるのは、エンリオというのですが、爵位もない騎士家の次男でして……」


 打って変わって静かに話り始める。

 先程は勢いに押されたユークも、落ち着いてテーラ王女を観察出来た。


 編み込んだブラウンの髪を山羊角のように二つに巻き、豪奢な衣装や宝石で飾り付ける訳でもなく、十代後半の年相応。

 庶民的で好感の持てる姫だった。


「貴賤結婚でしょ? 無理じゃない……ま、それは何とかなるにしても」

 ミグは相変わらず厳しかったが、昨夜の自分を思い出し、意見を変えた。


「はい。本来なら無理かもしれませんが、わたくしは他国へ嫁ぐことは無いのです。それで、この国の男子から婿を選ぶのですが、お父様が何名かの貴族を候補にしたとの噂を聞いて」


 他所の王家に縁付けるとなると、王女の意見など通らない。

 だが、この国の男から選ぶなら、幼馴染で好き合ってるエンリオと結ばれたい、そういう話だった。


 そこまで聞けば、ユークにも話が見える。

「じゃあそのエンリオって奴を連れて、魔物なり山賊なり倒して、箔を付けさせたいってこと?」


 すっかりタメ口になったが、テーラ王女は咎める事もなく、むしろ期待に顔を輝かせ大きく頷いた。

 それから、ほっとしたのか、また王女のテンションが上がる


「そうです! そうです! 我が国――トリーニ――には、伝説の魔物が住んでるです! あ、ご存知ない? 火山に住むポイニクスと呼ばれる火炎鳥です! それの尾羽根を持ち帰れば、一代限りの貴族称号(アリストクラテース)が付与されるのが国の掟です! 貴族となればもう結婚に支障はありません! 何とか手伝っていただけませんか!?」


 ユークの感じるところ、意外と現実的な筋書に思えた。

 どこぞの王女を手篭めにして、そのまま婿に収まるよりは、ずっとあり得る物語だなと。


 しかし伝説の魔物とやらは、つい先日にミノス島でも見たのだが……。

 それさえなければ、二つ返事で受けても良い話だった。


「あたしはその伝説を知ってるわよ。けどねえ……」

 トリーニからほど近い、テーバイ出身のノンダスには馴染みがある。


「この国の最高峰、聖トリーニ山の火口に住み、不死の命を持つという神の鳥。おいそれと手を出せる相手ではないでしょ?」


「うっ……。それはそうですが、倒さなくて良いんです! 何とか羽の一枚でも持って帰ってくれば! 皆さまのような強い冒険者が、この国に来るなんて滅多にないのです。お礼は出来る限り致します! お願いします、助けて下さい!」


 全力素直なお願いに、ユークの心も揺れた。

 ノンダスとラクレアは『ユークが決めて良い』と、ミグも反対しなかった。


「分かった、助力するよ。けど、無理はしない。生きて帰るのが最優先で」

「はい! もちろんです! 本当に、本当にありがとうございます!」


 四人の手を取る勢いで、テーラ王女は感謝する。

 新しいクエストが決まったところで、商談が始まった。


「で、報酬だけど。確かトリーニって歴史あったわよね。何か強力な武器とか伝わってない?」

 ミグが堂々と家宝を要求した。


『また無茶な要求を……』とユークは思ったのだが、何故かテーラは躊躇なく応じた。


「少しお待ち下さい」

 テーラが応接室から自室へ宝物を取りにゆく。

 その間に、四人にはお茶と菓子が出た。


 戻ってきたテーラは、もう一度人払いをすると、古い木箱をミグに差し出した。


「これをお使いください」

 持ってきたのは銀の手甲、それも小さな女性用の魔道具。


「我が家の女子に与えられるものです。とても良くマナを集めるとか。わたしは直接的な魔法を使うこともないので、是非」


 差し出されるままに、ミグが右手に嵌めると直ぐに気付く。

「これ……軟性のミスリスね。本物じゃないの、これは貰えないわ」


 ユークが見ると、手の甲と手首だけを覆う小さなガントレットは、ミグの手に沿って自在に曲がる。

 硬くも柔らかくもなるミスリルとやらを、初めて目にした。

 値段は……想像もつかない。


「大丈夫ですよ。ほら、手の平を見て下さい」

 ガントレットの手の平部分は、円状に開いていた。


「その形から、聖トリーニ山( サントリーニ)火口(カルデラ)と呼ばれてます。大事にしてくださいね」


 テーラ王女は、裏のない笑顔をミグに向ける。

 少し逡巡して、ミグは受け取った。


「ありがとう……魔王を倒すまで、借りるわ」

「はい!」


 思わぬ銘品を渡されたが、渡したテーラ王女には、確固たる理由があった。

 

 コルキス王国――東方第一の大国――が滅亡に瀕したのは、この国へも伝わった。

 コルキスは、歴史も国力もトリーニの比ではなかった。

 王族は行方知らずとテーラは聞いていたが、今日、目の前に現れた。


『まさか』と思ったが、噂に聞く金瞳は隠しようがない。

 王女の自分を相手にしても堂々とした態度――テーラにはそう見えた――も確信を裏付けた。


 国亡き身で戦う王女に、色恋に浮かれた自分が恥ずかしくなった。

 テーラは、少しでも力になれればと思ったのだった。

『入れ物さえ残ってれば、誰も気付かないわ』と、一番役立ちそうな物を選んだ。


 もちろん、そんな事はミグに告げない。

 互いに誇り高き王女なのだから。


 一行は、屋敷の外に呼び出されていたエンリオに会う。

 火の鳥ポイニクスと、一戦交えるために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ