心の中で叫んだ獣
麦わらの布団は、想像するよりふかふかだ。
木枠に惜しみなく詰め込まれた”わら”は、ミグの軽い体を跳ね上げ、それから二人の重みで大きく沈む。
剥ぎ取るまでもなく、ミグのスカートが大きくはだける。
「きゃ、ちょっと待って……!」
その願いも暴走した耳には届かない、例え届いても止まらない。
「んんっ……!?」
ユークが太腿の内側に吸い付き、ミグは反射的に足を閉じる。
両脚で頭を挟み込む形になり、ユークはますます深いところへ入ってくる。
「なんで……そんなに、足が好きなのよー!」
そんな事を言われても、ユークは前回の事を覚えていない。
ただ『そこにあったから』としか答えようがない。
思わず嬌声が漏れ、思考も痺れてきた。
『まあいいか……どうせ、何時死ぬかも分からないし……』
それに、こうなった原因の何割かは自分にあると、ようやく悟った。
抵抗する力を緩めると、ユークが足の間へ入ってきた。
自分に伸し掛かる少年に、少女の方から最後の同意を求める。
灯りを遮る影に向かって、そっと優しく告げた。
「責任……取ってくれる?」
その瞬間、理性なき獣の動きが止まる。
「そ、それはどういう……?」
「どうって、そのままよ?」
「具体的に」
「もちろんわたしと正式に結婚して、まだ婚約でもいいけど。王配としての義務を果たしてくれるってことよ」
今やコルキス王家で最年長の王女。
ミグの要求は至極当然のつもりだったが……。
「ちょっと、考えさせてくれるかな……」
ミグの胸の上にあった手が、ゆっくりと離れる。
王女を手にする条件にしては、まだ穏当な方だった。
少なくとも、将来のことを考えての提案には違いない。
ただし、ここがベッドの上でなければだが。
ここまで来て、あれだけ挑発しておいて『責任取れ』はひどい。
『冗談だろ? 一回だけやらせてくれ』と言いたいところを、ぐっと押さえてユークが頼み込む。
「その件に関しては、魔王を倒した後に前向きに善処するということで……」
「……はぁ?」
涙目だった――むしろ潤んでいた――金色の瞳に力が戻る。
腕まで組んで悩むユークが視界に入ると、感情と共に魔力が暴発した。
「ユークの、ばかぁー!」
意識せずに溢れた魔力の奔流は、ユークを天井から壁まで吹き飛ばす。
「ぼぎゃ! ぶぐぅ……」
タコが踏み潰されたような音が、ユークから漏れた。
「あっ……ごめん、なさい……」
流石のミグも、『あんたが悪いんだからね』とは言えなかった。
そっと近寄り、しかばねのように横たわるユークが生きてるのを確認する。
骨にも異常はなかった。
ほっとしたが、罪悪感から毛布を二枚ユークに被せると、しばらく寝顔を眺めていた。
そこへ、人の気配がして慌てて自分の寝床に潜り込む。
「一度は許したのに、何であんなこと言ったんだろう……」
目をつむっても、とても寝れそうになかった。
一杯やって戻ったノンダスが目にしたのは、竜巻でも通り過ぎたかのように荒れた部屋と、酒瓶片手に爆睡するラクレア。
そして寝たふりをするミグと、壁際で眠るユークだった。
「目を離しちゃダメだったかしらね?」
毛布に包まれたユークをベッドに運びながら、ノンダスは反省した。
何時もよりも会話の少ない――ユークとミグは目も合わさなかった――朝食が終わった頃、四人のところへ使いが来た。
「トリーニ家の王女がお目にかかりたいと。いらして頂けませんか」と。
王女はもうこりごりのユークだったが、迎えの馬車まで寄越されては断れない。
『変な要求をされねば良いが』と思いながらも、外宮にある王女の邸宅へ赴くことになった。
意外にも、ユーク達は歓待された。
もちろん悪い予感も当たった。
挨拶もそこそこに、人払いしてトリーニ国のテーラ王女は語り始めた。
「強い方がお見えになるのを、待っていましたの! 冒険者ギルドから報せがありましたわ! 魔王やクラーケンと戦った勇者なんですって? それで、わたくしのお願いを聞いて頂けますか? 実はわたくし、想い人が居るのですけど、その方の身分が低くて、大きな武勲を立てねばなりませんの! お手伝いしてくれますよね?」
テーラ王女の勢いに圧倒される三人と、それが虫の居所に響いた者が一人。
「は? いきなり、なに言ってんの。王女だからって、何でもわがままが通ると思ってるの?」
すこぶる機嫌の悪いミグは、容赦なく皆の気持ちを代弁する。
だが、『お前が言うな!』と心中で叫んだ者も居たのだが。




