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男女パーティの問題点

 トリーニの港外まで来ると、直ぐに曳き舟が寄ってくる。


「何処に着けるかねー?」

「桟橋まで頼む」

「ほーそりゃ豪気なことで。荷でも積むのかね?」

「いや、客人を乗せてるんでな」


 曳き舟の頭と船長の間で、やり取りがあった。


 帆船は自力では動けない、湾内では引っ張ってもらうのが常になる。

 水や食料を積むだけなら、適当なところに停泊して小舟を使う。

 その方がずっと安い。


 わざわざ桟橋の使用料まで払う貴人は珍しく、トリーニの港ではユーク達の噂がぱっと広まった。

 と言っても、その金はテーバイの商人が船長に託したものだったが。


「明日には出港できますが、滞在するなら人を遣ってくだされ」

 船長に見送られながら、四人と一頭は船を降りた。


 久々の陸地は良いものではあったが。

「滞在すると言ってもなあ」

 ユークには、この国に何があるのかさっぱりだった。


「とりあえず宿を探しましょ。ここの温泉はお肌に良いそうよ」

 潮風で湿った体を洗い流せると知り、ミグとラクレアが歓声を上げた。


 港町だけあって宿は多い、ついでに遊ぶ所にも困らない。

 海の男向けの店が堂々と立ち並ぶ。

 道行く男を誘う女達は、南の大陸から出稼ぎに来たのか、褐色の肌に目鼻立ちがはっきりした美人が多い。


 それが先の噂もあって、ユークとノンダスにしきりと声をかける。

 アルゴ号の上から眺めるミグは、それが面白くない。

「どうどう」と、馬と一緒にラクレアがなだめるので、爆発することはなかったが。


 街で三番目くらいの宿で、大きな部屋を四人で取った。

 クラーケン退治の報酬で懐は暖かい。


 夕食の後、ノンダスは『ちょっと飲んでくるわね』と居なくなった。

 ミグとラクレアは、それぞれ国元と実家に手紙を書く。

 亡命政府のようなものだが、王子が死んだ今、唯一残った王女から報せがなければ大騒動になってしまう。


 ユークの家族は、手紙が届くほど近くには居ない。

 だがまあ、そんな状況には慣れていた。

 むしろ慣れないのは、湯上がりの女の子と同室の方だった。


 野宿でなら、毛布一つを隔てて並んで寝たこともある。

 肌を直に見たことさえあるが、安全で温かい部屋だと事情が違う。

 このままだと、欲望を抑える『自信がない』


 ユークは、男らしく決断した――金はあるのだ。


「じゃあ、俺もちょっと……」

 なるべく気配を殺して部屋を出ようとする。


「何処に行くの?」

 ミグが手紙から顔をあげる。


「いや、ちょっと街の様子でも」

「嘘ね。女を買いに行くんでしょ」

「なっ!? ちが、違うよ!! 初めての街だし、見ておきたいなーって」


 これは面白くなりそうだと、ラクレアも書く手を止めた。


「どーだか。こそこそ出ていく背中が、夜遊びに行く兄様(アレクシス)と同じだもの」


『なんて嫌な妹だ』とユークは感じたが、戦況をひっくり返すべく話題を変えた。


「へぇー、アレクシスってそんなだったんだ」

「まあね、それが唯一の欠点だったわ。わたしの侍女、旅の最初は付いてきてたけど、兄さまが手を出して妊娠したから帰す事になったもの」


 ユークからは完全無欠の剣士に見えたアレクシスに、そんな人間臭い一面があったと知って少し親近感を覚えた。


「けど今となれば、正嫡でなくとも血が残ったのはいい事だったわね……」

 ここで思いっきり悲しげな顔を、ミグがして見せた。


『遊びに行く』と言えない空気が漂ったが、ユークにも引けない理由がある。

 クラーケンに止めを刺して体液と粘液まみれになった時、ミグの放った一言が原因だ。


『イカくさい』

 それ以降、ユークは我慢していた。

 ひょっとして匂いでバレてるのではないかと。

 男だけのパーティならば問題ないが、女二人とオカマとのパーティでは何かと気を使う。


 しかし、それをここで言う訳にもイカず、選んだ言葉は。

「俺が何処に行こうが、お前には関係ないだろ」だった。


 悲劇を演じていた王女が一瞬で沸騰する。

「はぁ? 何よその言いぐさは、ふざけてるの!?」

 

『ぽんっ』と、ラクレアが手元の酒を抜く。

 しばし罵り合う二人を見ながら、ぐいっと飲み干す。

 ラクレアの見るところ、この二人、多少は意識しあっている。


 ただし、この一行のリーダーに”なりつつある”ユークは、なるべく皆を平等に扱おうとしている。

 逆にミグは、この同世代の少年に対して、兄のように頼もしく騎士のように忠実であって欲しいと願ってるようだ。


『どっちかと言えば、ミグさまの我儘なんだけど……』

 他に頼る者もない状況に堕ちたミグの気持ちも分かる。

 色々と考えながら、ラクレアの酒だけが進む。


『いっそ私がお世話しても良いんだけどなぁ』

 ラクレアは最初からそのくらいの覚悟で付いてきていた。

 むしろ、紳士に徹したユークに好感度は増したが、少し呆れていたりもした。


 酒の勢いで申し出ようとも思ったが、更に話がもつれそうだったので、ラクレアは別の答えを出した。


「よし分かった! お姉ちゃんが決めます。ミグちゃん、ユークにやらせてあげなさい」

 口喧嘩になっていた二人が、一斉にラクレアを見る。

 手の中の酒瓶は、すっかり空になっていた。

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