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いきなり魔王


 この場所で正気を保てるかは、彼女にかかっていた。

 ミグという少女にすれば、このまま死んだ方がマシかも知れないが、ユークは呼び続けた。


「うぅ……あ……」

 ユークの腕の中で、次第にミグが意識を取り戻す。

 そして目を開くやいなや、盛大に吐いた。

 

「な、なにこの臭い……?」

 まだ意識がはっきりせず、それだけ喋るのが精一杯だった。


「無事か?」

 呼びかけには答えず、彼女は『水』とだけ言った。


 幸運なことに、剣も他の荷物もなくなったが、腰の水筒だけは残っていた。

 ユークがそれを与えると、ミグは一息で飲み干した。


 最後の水が細い喉を通るのを見て、ユークも喉が焼け付いているのに気付く。

 口の水分を集めて飲み込み、もう一度聞いた。


「大丈夫か?」

「ユ、ユーク……?」


「ああそうだ。それで、何があった?」

 ミグは質問で返した。

「アレクシスは……?」


 ユークが視線をアレクシスに向ける。

 胸の真ん中にこぶし程の穴が空き、それは背中から突き抜けていた。


 闇の中で首を横に振ったが、思い直してはっきりと口に出した。

「もう……死んでる」


 ミグは下唇を噛み締めて、数秒ほど我慢していたが、こらえきれずに泣き出した。

 ほんの数分だが、声に出さずに泣く少女を抱えたまま、ユークは微動だにしなかった。


 その間に、ユークの右目は平常に戻っていた。

『さっきの数字は?』

 このヒント、いや答えはゴブリンの言っていた”戦闘力”にあると、ユークにも察しは付く。


 しかし答え合わせをする前に、視界に新たな信号――警戒表示――が現れた。

 矢印の方向へ視線を送ると、馬も並んで通れるほどの大扉が、音も立てずにゆっくりと開く。


 そして、その奥から。

「何か来る!」

 ユークはミグを抱えたまま、急いでその場を離れようとした。


「待って!」と、ミグが制止する。

「アレクシスの剣、剣だけでも。お願い」


 こんな時にとユークは感じたが、せめて形見くらいの想いもあるのだろうと、アレクシスの遺体から剣と鞘を外す。


 ユークは暗闇に慣れてきていた。

 辺り一面に死体が転がっているのが分かる。


 今日、この魔王城には、百人を超える冒険者や戦士に傭兵が突入した。

 数時間前に無事を誓いあった仲間たちが、皆死んでいた。


 そして死体の山の向こう、扉の中から魔王が姿を見せる。

 ユークの右目の数値は、凄まじい勢いで上昇し続け、遂に六桁を超えた。


『この城には魔王が居る』と伝えられてきた。

 しかし、その姿を確認して戻ってきた者はいまだない。


 本来なら、玉座や主塔の最上階で待つべき存在が、城の最下層でうごめいている。

 もしユーク達が無事に帰れれば、初めての報告者になる。


 巨大なイモムシに何本も触手を貼り付け、頭部からは人型の上半身が角のように生えている。

 威厳も知性も感じさせぬ”それ”は、部屋へと入ってくると、手当たり次第に散らばった死体を喰らい始めた。


「ねえ……何が起きてるの……?」

 震えた声でミグが聞くが、彼女にもおよそ検討はついていた。

 血をすすり骨を砕く音が響く中で、これが悪夢だと祈るのみだった。


 だがユークが奪った<<弱者(パワー)物差(スケール) >>が、はっきりと映し出す。

 最初は五十万を少し超える数値が、食事を進める度に上昇していく。


 床に叩きつけられたユークが『5』で、ミグが『68』

『これが強さの数字なら、差があるってものじゃない。野ネズミとアムール虎だってもう少しマシだ』と、やけに澄んだ頭でそんな事を考えていた。


 百を超える死体を喰い終わった城の主は、その最後に壁際にうずくまるデザートに目を向けた。

 それから大きな体をゆすって、のそりと二人の方に歩み寄る。


 ユークは、アレクシスの遺体から剥ぎ取った剣を強く握りしめた。


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