勝てない相手は避ける
「あ、人魚!」
「すごい! 船の周りを泳いでる!」
出港してから数日、陸地は全て水平線の向こう。
ここまで来ると、マーメイドなども近寄ってくる。
運が悪いと大海獣も出るが。
「ねえ知ってる? 人魚の取った真珠を身につけると恋が叶うとか」
「私が聞いたのは、人魚に頼むとハート型の真珠をくれるって物語でしたよ」
珍しく、ミグとラクレアが女の子らしい会話をしていた。
「船乗りの間には、海から戻って来なかった男は人魚の婿になるって伝説があるぜ」
手の空いている船長が、海の話を提供する。
船旅はとても順調だった。
テーバイの商人たちは、一番良い船を用意してくれた。
外洋にも出れる中型の帆船、乗組員も設備も一級品。
操舵輪の近くには、羅針盤だけでなく大きな魔水晶が据え付けられている。
これは各地にある大灯台からの距離と方位を示す優れもの。
沿岸から離れて陸が見えなくても、迷うことはない。
「けど、人魚って女ばかりなのよねえ……かわいいマーマンとか居ないのかしら?」
昼食を伝えに来たノンダスはぶれなかった。
「ノンダスを見たら、人魚のオスだって姿を隠すわよ」
軽口を叩くミグを先頭に、ユークもラクレアも甲板を走る。
快適な船旅でも、食事が一番の楽しみだ。
四人は船長と食卓を囲む。
まだ新鮮な食材があり、釣りたての魚も使った美味しい昼食。
ガツガツと食べる若者を満足気に見ながら、ノンダスが船長に聞く。
「ミノス島ってこのあたりでしょ? ちょっと寄れるかしら」
「そりゃ構わんが、上陸は出来んぞ。なんたってあそこには……」
「そう、それよ。この子達に見せてあげたいのよ」
「まあ近づくだけならな。しかし、クラーケンと戦おうって奴は、変なものに興味を持つんだな」
船長は、船員を呼んで進路の変更を指示する。
食堂の椅子に座っていても、舵がぐいっと切られたのが分かった。
食後、船首ではユークとノンダスが軽く手合わせを始めた。
その近くでは、ミグとラクレアがデッキチェアに寝そべり、薄めた葡萄酒を飲みながら特訓を見ていた。
商船の客にしては贅沢な光景だが、乗組員は何も言わない。
今この船で、一番大事な荷物がこの一行だったから。
それに、生足を投げ出して転がる二人の美少女は良い目の保養だった。
「あーあ……」
「これで18戦18敗ですね」
船旅から始まった手合いで、ユークはノンダスにまったく敵わない。
カウカソスの剣なら、相手の獲物ごと断ち切るなんて芸当も出来たが、木剣を使った試合では技量の差が明確。
揺れる甲板に根を生やし、的確に打ち返すマッチョの強さは絶大だった。
「ちょ、ちょっと休憩」
ユークは肩で息をするが、ノンダスは平気な顔だ。
「まだまだね。けど勘が良いわね。正規の訓練は受けてないけど、やはり実戦がモノを言ってるわ。攻めに入れば強いけど、受けに入るとまだまだね。ま、あたしはウケなんだけど」
余計なこと、ラクレアにしか分からないことを付け加える。
「それよりさ。ミノス島に何しに行くの?」
「知らない? ミノスの牛頭王の伝説よ」
「聞いたことはあるけど……神話だとばかり」
大陸の東の果て、ど田舎出身のユークでさえ聞いたことがある。
老人のお話に出てくるミノタウルス。
「神話の時代から、今も牛頭王は存在するのよ」
「えっ!?」っと三人が驚く。
聞けば、このあたりの住人や特に船乗りには有名らしい。
絶海の孤島、直径1キロほどの島をうろつく神話の怪物。
晴れた昼間には、島とその地下にあると言われる迷宮を守るがごとく、歩き回る姿を見ることが出来る。
「そろそろだぞー!」
船の位置を確認していた船長が、大声で伝えてくる。
ラクレア、ユーク、ミグの並びで舳先にかじり付き、じっと水平線を見つめる。
「あら、あれね」
最初に見つけたのは、一番背の高いノンダス。
波間にこびり着くような小島、高所も木もほとんどなくマストの上からだと、反対側の海が見えるくらいだった。
「本当にあんなところに居るのー?」
わくわくを隠さずにミグが聞く。
「さあねえ、あたしも実物は見たことないから。けど500年程前に、テーバイも軍を送り込んだけど、こてんぱんにされたらしいわ」
四人の瞳の中で、ミノス島は徐々に大きくなる。
三人がほぼ同時に、島の上で動く大きな人影を見つけた。
「ユークちゃん、ほら測ってみて」
ノンダスには右目の能力も、ミグの出自も全部話した。
『手に負えるようなら、行きがけ駄賃に倒してやろう!』
クラーケンに勝ったユークは、自信が漲っていたのだが……。
ミノタウロスの戦闘力は、五桁の壁をあっさりと突破した。
「どう?」
「えっと……18000くらいかな……とても無理だ」
『ほー』とも『うえー』とも付かぬため息が漏れる。
四人の戦闘力を合わせた3倍以上、手を出して良い相手ではなかった。
「流石は神話の怪物ですねえ……」
ラクレアもお手上げの答えしか出てこない。
「まあ、勝てない相手は避けるのも大事よ」
ノンダスはそれだけ言うと、船長に『もういいわ』と合図を送る。
船は、島をかすめるようにして南下していった。
このミノタウルスは、地下迷宮によって島に縛られている。
迷宮内部や島の上では絶大な力を誇るが、遥か地下深くの魔法陣を先に壊せば一気に弱体化する。
しかし、この世界でそれを知る者は誰も生きていない。
もし何処かで女神にでも出会えれば、教えて貰えるかも知れないが。
それからの数日は、天気にも恵まれ、一行は中継地点となるトリーニという島へ着いた。
火山を抱える島全体がトリーニ王国で、温泉があり、風待ちから観光まで多くの船が出入りする海の要所だった。
現在地図
ミノタはLvが上がって挑むサブクエスト




