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戦いの果て


 最も重要な戦列の右端にノンダスが陣取り、指揮を執る。

 そこにユークも加わると、あっという間に数体のエビカニを葬った。


「前進、タコ野郎を包囲!」

 戦場に響くノンダスの胴間声に、戦士達がずいっと進む。


 クラーケンの触腕が列のあちこちを叩きだしたが、男一人を隠せる大盾が跳ね返す。

 それでも、一本の腕が戦士の足を捕まえた。


 クラーケンが戦士を引き抜こうとしたが、ぬるりと滑る。

 全身に塗りたくったオイルは、伊達でも趣味でもない。


「そんな効果が……!」

 ユークも驚いた。

 タコの厄介な手足と吸盤を、ヌルヌルのオリーブオイルが無効化していた。


 戦いの前に油を塗ることは、怪我の防止と血止めの効果、また即座に体温を上げて保温も出来るとあって、古来から頻繁に用いられる。

 ただし、男達が互いにオイルを塗り合うという美しい行為が必要だったが。


 的確に指示を飛ばすノンダスの横で、ユークは『戦い易い』と感じていた。


 もちろん、元神聖隊の戦士達も強かった。

 全員が戦闘力200から300を超える猛者、普通の兵士のおよそ3倍である。

 それが一個の指揮の下で、一つの部隊として戦う。

 個人主義の冒険者には得難い経験だった。


 目の前の敵にだけ集中すればよく、雑魚を蹴散らしクラーケンを囲む。

 流石に『これはまずい』と感じたクラーケンが、巨体を海に戻そうとした。


「今よ! 縄をかけなさい!」

 ノンダスの命令で、六人男が一斉に極太のロープを持って走る。

 先には数本の大きな釣り針が付いて、もう一方は別の男がしっかりと握る。


「引けえええええ!」

「おおうっ!!」

 誰ともなしに上がった威勢で、六本の縄がクラーケンをしっかりと捕まえた。


 だが賢い大ダコも、腕の半数で自らを水中に固定し、残りの半分で応戦する。

 さらに吸い上げた水を弾にして、縄を握る男達を撃ち始める。


「ユークちゃん、わたしが貴方のバディよ。離れないでね」

 次の指示で戦士たちは一斉にペアになった。


 ロープを引く者と盾で守る者、二人組でクラーケンと戦う者。

 拘束に六組と前線にユークを含めた五組、無駄な動き一つなく別れた。


 あとは、掃討戦になった。

 クラーケンの水弾も、ガード役のマッチョが盾で受け止める。

 ノンダスの援護のもと、ユークも4本の腕を斬り落とした。


 抵抗する手段、足を失った頭足類の王が遂に地上へ引き揚げられた。


「いくわよー!! 巻き込まれないようにしなさい!」

 再び魔法の槍を作り出したミグが、今度こそ避けようのない一撃を叩き込む。


「ーっと、もう何でも良いわ。今度こそ、死ね! <<クロウメテオーラ>>!!」」


 決め台詞の思いつかなった王女が、侍従長が聞けば泡を吹くような命令を口にする。

 同時に、クラーケンの眉間に灼熱の槍が突き刺さり、周囲の体表を黒く焦がしながら体内へ消えた。


 しばし抗うように巨体をくねらせていたが、やがて動きに統一性がなくなり、タコのまぶたがゆっくりと閉じる。

 それから赤黒い体色が白に変わった……。


「やったか!?」

「やった!」

 まず、見届けていた冒険者達から歓声があがる。

 もう無傷の者はなく、絶対絶命だったのだから無理もない。


 様子を伺っていた戦士達も息を入れ、クラーケンを拘束する縄が緩んだその時。

 一千年もの長きに渡り、海の四天王と呼ばれたクラーケンが最後の力を振り絞った。


 僅かに残った足を切り飛ばし、ありったけの空気を体内に取り込んで膨らみ始める。

 この局面さえ乗り切れば、海の底で数十年を過ごして復活出来る、はずだった。


「ユークちゃん、行くわよ!」

 何時の間にか、ユークの周りにはふんどしの男達が集まっていた。

 男らは寄ってたかってユークを抱え上げ。


「そいや! そいや!」の掛け声と共に、空中へ投げ上げる。

 ユークは真っ直ぐにタコの頭へ落ちながら、手にしていた神剣を地面に向けた。


『適当な剣も銛でも投げれば良いのに……』

 そう思わなくもなかったが、柄を握る手にしっかりと力を込めた。


 パンパンに膨らんでいた外套は、鋭い一突きで限界を超える。

 激しい音と衝撃と、そして中身が飛び散った。

 紛れもない勝利に、今度こそ全員から歓声があがる。


「ユーク!」

「ユーク様!?」

 クラーケンの内蔵に埋もれた勝利の立役者の元へ、二人が駆け寄る。


 何とか這い出してきたユークから、何かを嗅ぎ取ったミグが鼻をつまむ。

 そして、思春期の若者に言ってはならない台詞をぶつけた。


「うわぁ……なんかイカ臭い。近寄らないでくれる?」

「タコだよっ!」


 最後に本日最大のダメージを受けたが、ユークは勝った。

 襲撃から三日目、テーバイの街を混乱に陥れた”海の王”が討伐された。


 死者は四人だった。

 全員が雇われの冒険者。


「しばらく、休業だな。こりゃ」

 手と足に肋骨まで折れていたが、ディオンは生きていた。


 元神聖隊の戦士達は、死体を集める。

 食い荒らされてバラバラになった者も、骨一つ残さず丁寧に。

 大盾を繋げて担架を作り、その上に敬意を持って遺体を並べ、白い布をかけた。


「街を守り、旅立った戦士たちに、最上の感謝を捧げよ!」

 ノンダスの号令と共に、剣を正面に構える。

 死者に贈る敬礼だった。


 太陽が一番高いとこまで登る頃合い。

 ユーク、ミグ、ラクレアの3人は、明け方出発した港へ生きて帰ってきた。

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