魔王城の悪魔
新しい情報は少なかったが、一つ重大なものがあった。
時を同じくして、各地に魔物が増えたという話。
これが昨日からのユークの疑問、心配を減らしてくれた。
一行がテーバイに着いた直後に襲撃を受けたことで、『ひょっとして、俺たちを追ってきたのでは?』とユークは考えていた。
この疑念をミグに話してみると、案の定。
「ばかねぇ、そんな訳ないでしょ。魔王城から逃げたわたし達を狙うなら、そのままトゥルスの首都を押し潰したわよ。二十日も経って海から来たりしないわよ」
軽く一蹴された。
しかし、ユークの疑問は少しだけ当たっていた。
二人が原因ではなくとも、関係があった。
魔王城――ここに一体の悪魔が居る。
東方ではジヤヴォール、西方ではディアボロスと呼ばれる、古い時代から存在するものだった。
知恵ある魔物どもは、このジヤヴォールが仕切っていた。
そもそも魔王の幼体も、この悪魔が永久凍土の底で見つけたものだった。
ジヤヴォールは、自らをインペリアルガード――魔王護衛軍――として、配下には『軍団長』と呼ばせてこの状況を楽しんでいた。
「お怪我の具合は如何ですか、軍団長さま」
一体の魔物がジヤヴォールに問いかける。
「ようやく尻尾が再生したところだ。何か用件か?」
「空と海から人の多いところへ魔物を送り込みました。戦果はともかく、それなりに混乱はもたらせましょう」
「ふむ、わしの傷が癒えるまでしばらく続けよ」
「はい。了解しました」
会話はそれで終わった。
ジヤヴォールは、何としても魔王の羽化が見たかった。
何が起きるのか想像も付かないが、面白いことが起きるに違いないと確信していた。
それゆえ、自ら魔王を守っている。
少し前には、魔王の餌にすべく城に招き入れた人間どもの中に、強い力を持つ者がいた。
「戦闘力は、およそ16000です」との報告を受けた時は、その大きな悪魔耳を疑った。
魔王には遠く及ばずとも、傷付ける可能性があったので、ジヤヴォールが直々に倒すと決めた。
その者の持つ剣は、ジヤヴォールの皮膚を斬り裂き、自慢の長い尻尾まで斬り落としてくれた。
しかし最後は、切り離れた尻尾が男の胸を背後から貫き決着がついた。
ただ死の間際に、その戦士は女を一人抱えて自ら魔王の部屋へと落ちていったが。
それはもう良い。
既に魔王の腹に収まったことであるが、ジヤヴォールにも傷を癒やす時間が必要となった。
そのため、魔王城を人気の無いところへ向け、それから積極的に人の集落を襲わせる事に決めたのだった。
『思いの外、人と言うのも侮れんな』
それまでは人の繁殖力と数しか評価してなかったが、ジヤヴォールは少し考えを改めた。
そんな事情などユークは知らない。
だがあの後、二人ほど逃げ延びたことは――ゴブリン達が隠蔽したので――ジヤヴォールも知らなかった。
ユーク達は前払いとして、金貨3枚と銀貨36枚を手に入れた。
ノンダスは食費の受け取りを断って、別の提案をした。
「はぁー、まあ仕方ないわね。こうなるんじゃないかと思ったわ、けどその装備のままじゃダメでしょ?」
ラクレアは良いのだが、ユークは相変わらず剣一本、ミグに至っては皮のサンダルにスカートと丈の短い上着。
魔法使いというよりも、踊り子のような格好をしていた
ギルドで貰ったニケ島とクラーケンの居る廃ドックの地図、これと三人を交互に見ながらノンダスは言った。
「せめてブーツは居るわよね。それに古い施設だから長袖。余り重装備だと水際で支障が出るから、皮のマントかローブが良いわね」
それから三人を懇意の武具屋へ連れていく。
その店は地味だが、実用性の高い堅実な品を揃えていた。
ユークは胸当てとブーツとベルトに、小ぶりのラウンドシールド。
ミグは魔導杖とローブでやっとそれらしくなり、ラクレアは剣をメイスに持ち替える。
右目で装備チェックをすると、この鈍器の数値が一番高く出たのだ。
ノンダスも何やら注文していた。
『飲み屋の親父が武器屋に何を?』と思ったが、聞きはしなかった。
いよいよ、明日の夜明けと共に島に乗り込むだけ。
ノンダスが精一杯のご馳走を並べてくれる。
それに年長者からの忠告も。
「いいこと。無理しちゃダメよ? いざとなれば引くのも勇気。手に負えないならじっと待つのよ。ニケ島は街の目と鼻の先、必ず助けが来るからね」
そして夜が明ける。
テーバイに四隻だけ残る軍船に乗って島へ向かう。
集まった冒険者は二十二名。
ユークが見る限り、ディオン以外に手練れは居ない。
『死人が出ませんように』とユークが祈ったところで、船が陸を離れた。




