会議は踊る
テーバイでは、有力者が指導する寡頭制をとっていた。
君主制に比べて結論は遅いが、責任の分散と人材のプールでは優れている。
巨大な魔物――クラーケン――の襲来に対して直ちに元老院が招集されたが、まだ何も決まっていない。
「だから軍の解散には反対だと、あれほど言ったではないか!」
軍人上がりの元老議員が吠える。
「今更それを言っても仕方あるまい。帝国との関係上、仕方のないことだ」
外交畑の議員が諌める。
「それよりも、あんなのが近海に居座れば遠からずこの街は干からびるぞ!」
商人ギルドの長も兼ねる議員にとっては、死活問題だった。
「祈るのです」
聖職者の代表は、ずっとこの調子だった。
元老院議長はライオスといった。
交易商人を束ねる資産家で、優秀な男ではあったが海賊以上の荒事に対処した経験はない。
もう直ぐ任期も終わるとこでの大問題に頭を抱えていると、役人が新しい情報を持ってきた。
紙片に目を通してから、ライオス議長は立ち上がった。
「みな、聞いてくれ」
ニ百人を超える議員が一斉に注目する。
「先の怪物は、ニケ島の廃ドックに入ったそうだ。灯台守が確認した。残念ながら、居座られる可能性が高い」
議会は一気に紛糾する。
「やはり帝国に派兵を頼んでは」
「そんな口実を与えれば都市の自治に関わる! 断固反対だ!」
「しかしニケ島におられては、船が出入りできぬ!」
「祈るのです」
勝利の女神の名を冠したニケ島は、港の出口に横たわり波風から湾内を守ってくれている。
かつてはテーバイ海軍の根拠地だったが、軍備削減の煽りを受けて閉鎖されていた。
そこに居座られると、海上封鎖されたも同然だった。
「あー、もう一つ報告がある」
再び議長に視線が集まる。
「イオニア帝国の東部にも魔物が現れたそうだ。未確認だが、他の国からも同様の報せがある」
議会は更に沸騰する。
「一体、何が起きてるのだ!?」
「ならば援軍など期待出来ないではないか」
「我が都市の軍事力だけでは……『神聖隊』を出すのか?」
「祈るのです!」
軍人上がりの元老議員が発言する。
「なにをバカな事を! 今のアレが役に立つものか。なにより、神聖隊に娘を預けてる議員諸君も大勢いるだろう」
これは正論だった。
良家の子女の寄宿舎となった神聖隊を戦わせるなど、ありえなかった。
ライオス議長は議論を聞きながら、考えをまとめる。
5日後にあるテーバイ最大の祭り『収穫祭』、それまでにテーバイ市民の犠牲を出さずに解決しなければと。
それが出来なければ、ライオスは名誉ある議長経験者から、収穫祭を葬式に変えた無能としてテーバイの歴史に残ってしまう。
「あー良いかね」
三度、議長に注目が集まる。
「まずは早期に、5日後までに何とかせねばならん」
これは議員達も同じ考えだった。
「それでだ、冒険者を使おう。明日募集をかけて、明後日に突入させる。保険に傭兵団にも声をかける。こちらは3日で雇えるだけ集めて、4日後に攻撃させる」
保険が本命なのは明らかで、冒険者は時間稼ぎに過ぎないと誰もが分かったが、異論は出なかった。
所詮は、他所の国や都市から来るあぶれ者達だ。
ただしライオス議長は、報酬は弾むとも言った。
無理にでも人数を集める必要があったし、成功報酬なら問題もない。
それから、緊急予算の出動を議会にかけて無事に承認される。
その頃には、日付けもすっかり変わっていた。
昼前になって、ようやくミグが目を覚ます。
昨夜一人で悶えたせいで、疲れ切っていたのだ。
あとの二人は先に起きていた。
顔を洗おうと下に降りるとノンダスがいた。
「おはよう」
「あら、おはよう。よく眠れたみたいね」
こくりとミグが頷く。
実際、もう昼飯の時間が近い。
「良いことよ。沢山眠れるのは若い証拠だからね」
とびきりの笑顔を返してから、ノンダスは食事を作り始める。
ミグが戻ると、野菜を中心としたお昼ご飯が待っていた。
全力で頬張る三人をニコニコと眺めながら、ノンダスが昨夜聞いた話を始める。
「クラーケンは逃げなかったそうよ。港外の島に立て籠もったらしいわ。それでね、冒険者ギルドに依頼を出すそうなんだけど……」
それを聞いたユークは、ズッキーニのスープから顔をあげる。
「冒険者を雇うんだ」
「この街の軍備は薄いのよね」
「なら、俺達も……」
「おっとお待ち。そのニケ島は小さな島よ。海に囲まれて逃げ場もないわ、波止場よりもずっと危険よ」
ユークが『どうしよう?』と二人を見ると、ミグが代表して答えた。
「とりあえずは冒険者ギルド行って話を聞きましょ。もし行くのが3人だけなら考えればいいわ」
「まあそうね。まずは情報よね。その場で決めたりしちゃダメよ?」
ノンダスの言葉に、三人は素直に頷いた。
家を出る前に、ノンダスがミグを呼び止める。
「昨夜は3人で同じ部屋に寝たのね。けど心配しないで、あたしノンケには手を出さないからね」
「今晩は追い出すから、好きにして良いわよ!」
昨夜、自分が受けた辱めと、足に残った吸い跡を思い出し、熨斗を付けて差し出すことにした。
まずは冒険者ギルドへ。




