真なる神聖隊
「狭いところだけど、いらっしゃい」
三人が通されたのは、カウンターとテーブルが3席だけの飲み屋だった。
「裏の共同井戸にお馬さんは繋いでるからね。あ、ついでに手足も洗ってらっしゃい」
案内されるままに井戸を使って店に戻ると、マッチョがかまどに火を入れていた。
港町らしく、海産物をメインにした食材を取り出す。
マッチョはその中からイカを一匹掴むと、三人に見せた。
「ここよ、ここ。タコやイカの弱点はココなのよ」
そう言ってイカの目の間を包丁でつつく。
「へえー。わたし、料理とかしないから知らなかったわ」
「あ、私もです」
ミグもラクレアも、自分で料理する環境で育ってこなかった。
一方のユークも、料理といえば木の棒に刺して火で炙る、くらいのもの。
「あらー、若い女の子がそんなのじゃダメよ」
喋りながらも、マッチョは華麗な包丁さばきで下ごしらえを始める。
それからイカと貝をフライパンに入れて、オリーブ油で炒めはじめた。
狭い店内に美味しそうな匂いが充満して、食欲をそそる。
やがて、テーブルの上に料理が並び始める。
ホリアティキ――オリーブの実を使ってチーズを乗せたサラダに、カラマリに焼き魚、ムサカと呼ばれる野菜とひき肉のグラタン、火で温めたパン。
この地方の料理はとても美味い。
そして最後に、薄切りにしたクラーケンの足を、火で炙って塩と香辛料をまぶしたモノが出てきた。
「遠慮しなくて良いわよ。あんな騒ぎがあったから、お客も来ないわ」
勧められるがまま、三人はたらふく食べる。
味気のない旅料理ばかりだったユーク達に、新鮮な野菜や魚はご馳走だった。
並んで食べるユークの脇腹をミグが肘でつつく。
『なに?』と見返すユークに、『あんたがアレを食べなさい』とミグの視線が強要する。
出来れば避けたかったが、にこにこと眺めるマッチョの笑顔に、ユークは勇気をもらった。
まだ手のついてないクラーケンのスライス焼きを、思い切って口に押し込む。
「あ、美味いや。歯ごたえあって、味も濃厚」
「そうでしょう? 大物は長生きな分、身は硬いけど旨味は凄いっていうから」
結局、クラーケンも含めてあらかた食べ尽くした。
密かにユークの”加護”の発動条件――対象を食す――を満たしたが誰も気付かず、また”吸引力”が役に立つはずもない。
食後、ようやく自己紹介が始まった。
「えーっと、今更なんですけど、ユーク・ヴァストークといいます」
思い出したように、ミグもラクレアも名乗る。
「あらあら、あたしはノンダスって言うのよ。あまり可愛い名前じゃないから『おにいさん』か『ねえさん』って呼んでくれたら良いわ」
少し悩んでから、ミグが口火を切った。
「おじさんは、何でわたしを助けてくれて食事まで?」
「おにいさん、だって言ってんでしょ! このコは!」
突然野太くなった声に、ミグは驚くどころか声も殺さず笑い始める。
性格の悪い王女は置いておいて、ユークも同じことを聞く。
「だってぇ、あなた達って他所から来た子でしょ? ただの旅の者ではなさそうだけど、冒険者や魔物狩りだとしても、あたしの街を守ろうとしてくれたのに放って置けないわ」
今度は少し高い猫なで声になった。
しかし飲み屋の主人にしては、ミグを助けた時の動きや『306』の戦闘力は高すぎる。
ユークがそこを尋ねようとすると、ノンダスは自分から語り始めた。
「あたしはね、このテーバイで生まれたの。そして15の時に街を守る軍隊に入ったわ……」
「え? 長くなるの?」
ミグが三人の思いを代弁したが、ノンダスは気にせず続ける。
「軍といっても色々あるのよ。市中の見回りを主にするものから、他国と合同して戦争に行く部隊。そして最精鋭の神聖隊。体には自信のあったあたしは、見事この神聖隊に受かったわ!」
「ちょ、ちょっと待って! 神聖隊って女性だけの部隊では」
ユークが疑問を挟む。
目の前のノンダスは、ユークよりも頭一つ高く筋骨隆々、立派な口ひげをたくわえた三十半ばの壮年にしか見えない。
「なに言ってんのよ! 神聖隊は元はと言えば鉄のケツ束を誇る、選ばれし男だけの中隊よ! それが後から出来た女子部隊の方がウケが良いからって、本物の方が解隊になったのよ!」
原隊の顛末を思ってか、ノンダスはおいおいと泣き真似を始める。
「あ、けどわたしは聞いたことがあります。数々の伝説を残した神聖隊は、その……オトコ同士が特別な関係で結ばれた、素晴らしい戦士隊だったと!」
ラクレアが赤くなったほほを両手で隠し、興奮しつつ語った。
「そうよ、その通りよ! 貴女よく知ってるじゃないの」
「はい! 実は私の国の女騎士や女官の間で、神聖隊の読み物が流行ってたんです! とても良かったです!!」
よく分からぬ事をカミングアウトしたラクレアは放っておいて、ユークは先を促した。
「どこまで話したかしら? それでね、解隊した後もあたしは軍に残って、仲間と共に真の神聖隊の復活を訴え続けたわ。けどね、5年前に北方のイオニア帝国との外交関係で、他の部隊も解散したわ……。今ではこのテーバイも、帝国の保護下の一商業都市よ」
ハンカチを持ち出したノンダスは、涙をふくフリをする。
そして最後に、本来は自分の役目だったかも知れないのに、クラーケンと戦ってくれてありがとうと付け加えた。
これで、ユーク達にも納得がいった。
ノンダスがあれこれ気にかけてくれる事と、魔導都市と期待して来たが、魔法具どころか武器もほとんど見当たらない理由が。
「さあ、次はあなた達の番よ。せっかくなので聞かせてちょうだいな」
それから、ユーク達は順番に身の上話をした。
ミグは上手いこと自分の素性を隠して語った。
ユークとラクレアは、特に隠すこともないので素直に語る。
ノンダスはとても聞き上手だったが、話の途中から本格的に涙腺が決壊して、相づちも打てなくなった。
「あ、あ、あなた達……苦労してきたのねぇ……。もう大丈夫よ、この街に居る間だけでもあたしに任せない!」
強引に話を進めるノンダスに、少しは抵抗したユークだったが、『明日も美味しいご飯を出すわよ?』の一言で素直に世話になると決めた。




