憧れの魔法都市
歴史ある魔導都市だけあって、テーバイの魔法道具や武器の品揃えは素晴らしいものだった。
ただし、思っていたのとは違った。
「なになに、『日焼けのお肌を元の白さに戻します』……欲しい」
「あっ、こっちは痩せ薬ですよ!」
「簡単寝癖退治、これも良いわね。わたしの髪、頑固だから」
魔法薬の店を見て歩くミグとラクレア。
その後ろを、ユークが馬を引いてとぼとぼと付いていく。
「うーん、魅力的な物ばかりねえ」
「はい! 流石は高名なテーバイですね!」
端的に言うと、テーバイはまだ平和だった。
大陸の西と東を繋ぐ要衝の大都市テーバイ、東方は魔王城の出現と移動で混乱していたが、ここから西はまだ何の危機感もない。
軍隊に身を寄せる強力な魔法使いは居らず、それぞれが得意の魔法商品を作っては売っていた。
その品々は、野山を旅した少女達のテンションを上げるに十分だった。
「どれもこれも買いたいけど、高いわねえ」
「はい、本当に。ちょっと手が出ませんね」
ようやく、二人が諦めたかと思ったのだが。
「ねえその馬、売っても良い?」
「えっ、だ、駄目ですよ! アルゴは私に一番懐いてる子なんですから!」
「じょーだんよ、冗談。はぁ……国が無事なら、店ごと買い取ってやったのに」
アルゴは、ラクレアが旅立つ時に渡された馬の名前。
立派な軍馬なのだが、今はミグの足代わりとなっている。
その広いアルゴの背に、跨るのではなく寝転んで旅をしてきた。
うつ伏せに寝るミグが、一度だけ本来の持ち主に聞いたことがあった。
「ラクレアもここで寝る? とても温かいわよ?」
馬の体温は人よりも高い。
「あ、いえー私はそのー、鎧が邪魔で……」
そう言って大きく膨らんだ胸甲に手を当てたラクレアを見て、ユークが爆笑したこともある。
それ以来、ミグは鞍を枕に仰向けで寝そべるようになった。
しかも前方に放り出した足で、アルゴのたてがみや手綱を引くユークの頭にちょっかいを出す。
『酷い王女も居たもんだ』と、ユークの姫とやらへの憧れは、この旅で綺麗さっぱり消え去っていた。
「あのーそろそろ、武器を見たいんだけど」
痺れを切らしてユークが声をかける。
本来の目的はミグの杖、あわよくば強力な魔法の武器でもと思っていたのだが。
『この様子では、望み薄かもなあ』
その予想は的中した。
高価な武器があるにはある、有名なマイスターとやらの銘品もあった。
だがどれも別の意味で高級品だった。
400年物のオーク材から職人が削りだし、宝石をあしらった杖。
金細工で飾った鞘と柄を持つ、芸術品のような剣。
ミスリル仕立てだが、石突きに巨大な真珠をはめ込んだ槍。
十数年もの間、魔王城と魔物に国々を荒らされた大陸東部と、十数年もかけて、未だ侵攻されることのない西部との意識の違いが如実に現れていた。
「これはちょっと……実戦では使えないわね」
先程まではしゃいでいたミグも、だんだんと元気がなくなる。
悲惨だった母国やこれまでの国と、平穏を享受するこの国との差に落ち込んでいた。
「あの、この国は神聖隊って強い部隊があるそうですよ? そこなら、強い人もいるかも知れません」
ラクレアが話題を変えた。
もう一つの目的、強い人を探して仲間にするだが、そんな有名な精鋭部隊から引き抜けるだろうか。
ユークは疑問に思いつつも、ラクレアの例もあるのでまずは行ってみることにする。
神聖隊とは、元は神殿の警護をしていた下級の巫女が発祥で、武器の他にも神の恩寵――つまり回復魔法――を使える戦士集団。
当然、戦闘力に優れてもし味方になれば、心強い戦力になるはずだが……。
その神聖隊の駐屯地は直ぐに見つかる。
やけに豪華で華やかな建物が、街の中心にどかんと建っていた。
「どうする……?」
不安に襲われたユークが聞くが、二人共答えない。
求めていたものとは違うと、薄々感づいていた。
兵舎の前で佇む三人に、女の門番が声をかける。
「今日は一般公開はないから、男は入れないわよ」
「じゃあ女は入れるの?」
ミグが聞き返す。
「そりゃ神聖隊は女性だけの部隊だからね。公開日にチケットを買うか、祭りの日にくらいしか男の目には晒さないよ」
伝統ある精鋭部隊は、今は街の観光名所になっていた。
「どうするの?」
今度はミグが聞いたが、ユークにも答えがない。
「ま、一応見てきますか」
ここまで来たのだから、ミグは行くと決めた。
正確な戦闘力はユーク以外分からないが、見るだけでも何か得る物があるかもと。
「行くわよ、ラクレア」
「はい! ではユーク様、代わってしっかり見てきますね」
二人は連れ立って神聖隊の宿舎に入っていく。
「やれやれ、こうも違うものかなあ……」
これまでとは別世界の都市に、ユークも思わず呟く。
日はもう下り坂、街の高台にある兵舎を背にすると、このテーバイに迫る海を見渡せる絶景だった。
しばらくの間、夕日に染められつつある海を眺めていたユークの目に一隻の船が映る。
交易船だろうか、日没を前に港に入ろうと全力で櫂を漕いでいた。
それが突然、何かに引き込まれるように、舳先を上にして海へと消えた。




