王家のつるぎ
『死ね!』と宣言はしたが、街道に十も死体を転がすのはやはり気が引けた。
ほんの少し威力を弱めてから、ミグは魔法を撃ち出す。
「この場の男どもを、全て打ち倒しなさい」
「あっ!」
「え?」
余裕のあるラクレアとユークも何とか反応する。
ミグが使ったのは”マジックアロー”や”炎の槍”などと呼ばれる、基本的な攻撃魔法。
これを防ぐのは、さほど難しくない。
真っ直ぐ飛んでくるので、通常なら盾でも防ぐことが出来る。
ただしミグの魔法は倍近い高温で、<<シリウス>>と自ら名付けたその威力は鉄も貫く。
とっさにユークが構えた『カウカソス』と呼ばれる剣は、それをいとも容易く受け止めた。
「ごめんごめん。つい、頭に血が登っちゃって」
「ごめんじゃねーよ! 死ぬかと思ったぞ!」
怒鳴り返しながら、自分を救った剣身を見るが傷の一つもない。
「それにしても、あんた目が良いのねえ」
「まあ森育ちだからね」
魔法を兄の剣で叩き落としたユークを見ながら、ミグは聞いた。
「ねえ……なんで魔王と、戦うの?」
流浪の民となった国民の期待を背負うミグに選択肢はない、そう本人は思っている。
けどユークは、魔王城に突入する時に一緒になっただけでしょ?
その意味を込めた質問だった。
今更? という表情をして、少し考えてからユークは語った。
ミグも初めて聞く、ユークの過去の話。
「俺たちは、もう8年も前に村から魔物に追い出されたんだけど、まだ母さんと妹は生きてるんだ」
「でさ、砂漠を超えた南まで逃げて、部族の皆はそこの荘園で奴隷みたいに使われてた。それで10歳になる妹が、『わたしの生まれた森ってどんな所だったの?』って聞くんだ」
ユークは、ゆっくりと借り物の剣を鞘に戻す。
それからミグを見上げた。
「魔王城の中に居るやつを倒せば、また故郷の森に帰れるかなって。いやまあ、俺に無理でも、今ならそれが叶う奴を見つけられる。だからだよ」
これまでユークの黒い髪と瞳を、夜の闇か烏みたいとしか思わなかったミグだったが、自分を見つめる瞳をオニキスのようだと感じとった。
照れ隠しからぷいっと横を向いた王女は、この勇敢な若者に格別の恩寵を授けることにした。
「その剣、あげるわ」
「えっ!? いいの!? だってこれ王家の宝剣だろ」
「いいわよ。兄が亡き今は、わたしの物だもの。あとで剣と王家の契約を解除してあげる」
「やった! 後で返せと言っても返さないからな」
自分の物になった神剣をもう一度抜き、握り心地を確かめる姿を、ミグは横目で見ていた。
「あのー、お話し中のところすいません。こいつらどうします?」
道に転がってうめく人狩りどもを指さして、申し訳なさそうにラクレアが聞く。
「街道脇にでも放り投げておきなさい。あ、武器はこっちにまとめておいて、わたしが燃やすから」
とても機嫌が良かったミグは、それくらいで許してやることにした。
運が良ければ、魔物や獣に襲われる前に、誰か見つけてくれるだろうと。
「ゴミ掃除のあとは気持ちいいわね。さあ行くわよ!」
一度も馬から降りることなくならず者を蹴散らしたミグが、意気揚々と出発の合図を出す。
それから、トゥルスの国境を出るまでの三日間だけでも、五回も同じような人狩りや奴隷商人に襲われた。
国境を出てからも、魔物や山賊に追い剥ぎが出てくる。
たった三人の旅、しかも馬の上でごろごろと寛ぐミグが目立つのだ。
だが回数を重ねるごとに、ユークが倒す人数が増える。
伸び盛りの若者には、ちょうど良い実戦となった。
ついでに、ならず者から路銀を巻き上げることも覚えていた。
何時しかこの南街道で、銀髪の魔女が居る三人組には手を出すなと噂が流れるようになる。
「ねえ、ミグ」
「なによ」
「ミグってさ、杖がなくても魔法使えるんだね」
「そうよ」
「なら、杖をつくる必要あった?」
「あ、あるわよ! 最初は杖で魔法を覚えるから、集中力が増すって言うか……」
「ふーん……」
「それに、魔力を秘めた杖や、呪文を込めた杖もある。らしいわ」
「まあ良いか。もう着いちゃったし」
三人は、魔導都市テーバイへと辿り着いた。




