真夜中の旅立ち
トゥルスを南北に貫く街道の前で三人は止まった。
「どっちに行きますか?」
一番土地勘のあるはずのラクレアが尋ねた。
「南へ」
ユークは即決し、異論も出なかった。
今の季節は晩夏、これから秋、そして冬になる。
ここよりも北の冬はとても厳しい。
幾つかの分かれ道を過ぎながら、ユークは考えていた。
魔王を追うなら南東へ行くのだが……。
「こっちへ行こう」
南西へ折れる道を選んだ。
今のユーク達には魔王を倒す以前に、ろくな装備がない。
ほとんどの荷物は宿に置き去りで、大したものは残って無いが、宿賃の代わりに売られることになる。
ユークは『神剣カウカソス』の他は布の服、ミグは絹仕立てのドレス、ラクレアにいたっては寝巻きだ。
何処かで装備を整えねばならず、しかも全財産はアレクシスから貰った金貨5枚だった。
ユークは、手に入れた力で一つの事を学んでいた。
人間は武器を持てば何倍にも強くなる、当たり前ではあるが。
あの魔王に近づくには、自身の強さ以外にも揃える物が必要だった。
そしてユークは、まだ諦めてない。
城下街も外れまで来た時、ラクレアの足が止まる。
大きな邸宅の前、門には謹慎を意味する木板が打ち付けられていた。
「お父さん、お母さん……」
ラクレアのつぶやきを、背中にいたミグは聞き逃さなかった。
そこは彼女の生家だった。
「すいません。行きましょう」と、踵を返したラクレアをミグが止める。
「駄目よ!」
「いえ、大丈夫です! 先を急ぎましょう」
「だとしても、一緒にくるなら別れの挨拶を家族になさい。それに、家に戻っても良いのよ? ユークの話では、罰せられることもないでしょう」
そう言いながら、ミグは背中から飛び降りる。
「一緒に行きます」とラクレアは即答したが、門をくぐるのはためらう。
「ねえラクレア。別れは何時かくるわ。けどその前に、家族に一言でも告げることが出来るのは、とても幸せで大事なことよ」
ユークが聞いたことのない優しい声で、ミグがうながす。
こくりと頷いて、ラクレアは封印された正門横の通用口に入っていった。
『優しいとこもあるんだ』とからかう程、ユークも無神経ではなかった。
ただアレクシスの最期がどうだったのか、気になった。
家の前に立ったラクレアは、ノッカーを叩いて返事を待つ。
使用人が応じて、父と母を呼んでもらう。
ただし戸は閉めたままで。
玄関の戸を挟んで、親子が向かい合う形になった。
「お父様、お母様。私は旅立つことにしました」
ラクレアは結論から伝え、戸の内側では両親が息を飲む。
「けど、一人ではありません。ユーク様とミグ様、魔王城から還ったお二人が、私を必要としてくれました。これからはお二人に尽くそうと思います。それと、陛下からはお暇をいただきました」
しばらく時間が経ち、中から父親が答えた。
「分かった。無事を祈る。私の失敗の為に、迷惑をかけたな」
「いいえお父様。私の選んだ道です。それでは、何時までもお元気で過ごされますよう」
顔を合わせぬ対面が終わり、ラクレアが門を出ようとした時、追いかけてくる者があった。
「ばあや、じいやも!」
ラクレアの家の使用人が、急ぎ整えた旅支度を持ってきた。
彼女の豊かな体型に合わせた胸当て、盾と剣、旅用の服、それと一頭の馬。
『お嬢様が居なくなると寂しくなります』『今までありがとう』と挨拶交わし、ラクレアは二人の元へ戻ってきた。
「良かったの?」と、ミグが聞く。
顔を合わさなかったことか、ついて来ることか、または両方の意味か。
「はい!」とだけ、ラクレアは答える。
それから、少し父親の事を語った。
「父は、先王が倒れた戦いに参加してました。先王陛下に騎士30余名、兵士2000。それが、魔王城から出てきた一匹の魔物に蹴散らされ、騎士級の者で生き残ったのは父だけでした」
残った兵1500をかき集めて退却したものの、最上位の生存者として敗戦の責任を負い、『臆病卿』とあだ名されて謹慎と家督を娘に譲ることになったのだと。
「だから私、頑張りますね」
父の汚名をそそぐ為とは言わなかったが、ラクレアにも戦う理由はあった。
馬にミグと荷物を載せて、三人は街を出る。
「何処か、行くあてあるの?」
ミグの質問に、ユークはしばし悩んだが決めた。
「テーバイへ。魔導都市テーバイに行こう。ミグの新しい杖を探そう」
そして三人と一頭は、深夜の道を歩き始めた。




