【8】
本日二話目!
ひとつ前の分もご確認ください~。
どうも、男性は輸入した茶器などを販売している店の店主であり、その店の商品を少女が壊した、と言うことらしかった。露天商の女性が「あーあ」とあきれた表情になる。
「まーたやってるよ」
「また?」
アレクシが首をかしげて尋ねる。女性は苦笑する。
「ああ。あの二人、たまにああして言い合ってるんだよ。あの子も、気が強いからねぇ」
要領を得ないようなことを言って女性は豪快に笑った。アレクシは女性に礼を言うと、まだぼんやりとしているキトリの肩をたたいた。彼女ははっと顔を上げる。
「何か気になるのか?」
「え? あー、うん……ちょっとわかってきたかなって」
「何が……」
キトリの言葉を計りかね、尋ねようとしたアレクシだが、言い争いをしている二人の男女の男の方が少女に手をあげたのを見てそちらに向かった。
「……あ、アレク?」
彼女は自分の反射神経の鈍さを証明するように一拍遅れてアレクシに声をかけたが、すでに彼は人ごみをかき分けていた。一人にするわけにもなるわけにもいかないキトリは、その後に続く。
アレクシは件の二人の前に到着すると、地面に落ちて割れている陶器を見て言った。
「……偽物だな」
「はあ? おい、兄ちゃん、いきなり出てきていい加減なことを言うんじゃねぇよ!」
店主の方が怒鳴った。当然の反応であるが、アレクシは彼を睨んだ。
「貴様の店ではこれを陶器として売っているのか。詐欺は犯罪だ。しかも、女性を怒鳴りつけるとは、とんだ卑怯者だな」
次々と出てくる辛辣な言葉に、店主が真っ赤になる。野次馬も感心するやら、言いすぎだと言う顔やら、様々な反応があった。
「偽物だとしても、商品を割られたのなら軍警察や弁護士を呼ぶべきだ。個人レベルで解決できないのならなおさらな。それをしないのなら、詐欺だと思われても仕方がないだろう」
「……お前、この辺のもんじゃねぇな? この街にはこの街のやり方があるんだよ!」
店主が言い返したところで、キトリが何とか人ごみをかき分けてアレクシに合流した。彼女はアレクシの腕をつかむ。
「その辺にしておきなさい。あなたの言った通り、私たちが関わることではないわ」
おっとりした彼女の言葉に、店主が「姉ちゃんの連れか」とキトリに矛先を向ける。
「ったく、どんな育ち方したらこんな言いがかり付けるようなやつに育つんだよ。店の前で、いい迷惑だ」
「確かに関係がないのに介入したのはこちらだけど、申し訳ないけど、主張としては彼の方が正しいわ。店のことを気にするのなら、より軍警察を呼ぶことをお勧めするわね。それじゃあ、失礼します」
そう言ってキトリは強引にアレクの腕を引っ張り、そこを抜け出した。少し離れたところで、アレクシがキトリの手を振り払う。
「キトリ! あいつは……!」
「ええ。あなたが言うのなら、全て本物ではないのでしょうね。わかってるわよ。そもそも、国に店舗としての登録を出しているかも怪しいところだけど」
「……」
自分のものよりも辛辣な言葉が帰ってきて、アレクシは勢いをそがれた。だが、思い出す。
「だが、あの子は!?」
「ああ、この子?」
と、キトリは先ほどまで陶器屋の店主と言い争いをしていた少女を指さした。いつの間にか、彼女は少女までも連れ出していたらしい。あの男、今頃怒り狂っているのではないだろうか。
「……いつの間に?」
「アレクが店主さんを論破している間にね。あなたの言葉は正論だけれど、いつも正論が正しいとは限らないのよ?」
さりげなく説教された気がする。ひとまず、アレクシはこの少女から店主の意識をそらすことには成功していたらしい。その状況を利用して、キトリは彼女を連れ出した。……その後のことを考えていなかったアレクシはひとまず反論を飲みこんだ。
「言いたいことがありそうね。年上の言うことは聞くものよ? まあ、私もろくな人生じゃないけど。この子も、何か事情がありそうだし」
キトリが穏やかな表情で少女を見る。気の強そうな青の瞳と褐色の髪の少女だ。なかなかの美人でもある。
「あ、あの、ありがとうございました……?」
礼を口にしながらも、少女は何故か疑問形だ。キトリが小首をかしげる。
「もしかして、お邪魔をしちゃったかしら」
「いえ……あたしも、どこで引いたものか困っていたので」
少女は笑うと、キトリとアレクシを見上げた。
「あの、良ければうちに寄って行かれませんか? お礼もしたいですし……」
少女の提案に、アレクシはキトリと顔を見合わせた。
少女はアンヌと言った。大通りから一本入ったところに両親と住んでいる。父親は司書、母親は針子の仕事をしていて、アンヌも母を手伝っているらしい。
と言う事情を聞いたと言うことは、アレクシたちは彼女の家にお邪魔したのだ。父親は不在だったが、母親は在宅だった。
「すみません、巻き込んでしまって……ありがとうございました。アレクさん、キトリさん」
「いや、気にするな」
頭を下げるアンヌに、アレクシは首を左右に振った。キトリも「自分から巻き込まれに行ったんだものね」と微笑む。手痛い言葉をくれた彼女だが、全否定する気はないらしい。
「あの店のもの、偽物だったんですね……お詳しいんですか?」
アンヌがアレクシに尋ねた。出された茶を飲みながらアレクシは「嫌」と首を左右に振る。
「そういう力があるからな」
「ああ、魔法研究所の魔術師ですもんね。確か、ヴィルパンさんのところで学会みたいなことをするって言ってましたもんね」
アンヌが思い出したように言った。アレクシはうなずく。
「ああ。だからしばらくこの街にお邪魔する」
「そうなんですね……」
言葉を切ったアンヌが思いつめた様子だったので、アレクシは思わず「どうした」と尋ねてしまった。
「あの、探し人がいるんですけど、探せますか?」
真剣なアンヌの言葉に、アレクシはぐっと詰まる。目の前にないものを探すのは、アレクシには苦手な分野なのだ。彼はキトリを見る。
「キトリ、どうだ」
「……地道に探せば見つかるんじゃないかしら」
普通に探偵だった、彼女は。研究所を探せば人探しの魔法を使える奴が五人くらいいそうだが、残念ながらこの二人はできない。目に見えてアンヌが落ち込んだ。
「そうですよね……困らせてしまってすみません」
「いや、こちらこそ、力になれずにすまん」
アレクシも若干の罪悪感を覚えてそう返した。と、ここまで積極的に口を開かなかったキトリがアンヌに話しかける。
「この家、やっぱりもう一人住んでいたのね」
「え、どうして……」
パッとアンヌが顔を上げる。キトリは苦笑して棚の上を示す。
「写真、四人写っているもの」
「……それもそうですね」
だとしたら、四人家族と考えるのが自然だ。アレクシもそう考えるが、そもそもそこまで見ていない。
「ここ半年くらいの間に、この家を出て行った?」
「……そうです! なんでわかるんですか!?」
アンヌが叫んだ。では、探し人とはこのもう一人の住人のことか。
「出て行ったばかりなら、もっとあわてているだろうなって。それ以上時間が経っているのならあきらめているだろうし、半年前後くらいなのかなって」
何となく納得できる予測だった。アンヌが写真の方へ顔を向けて言う。
「あれ、いっしょに写ってるの、弟なんです。って言っても、血はつながってないんですけど……五年前に戦争で父を亡くした子で、私の父の親友だったので、引き取ってきたんです。それからずっと、姉弟として過ごしてきました。……なのに、四か月ほど前に突然、『一人で暮らせるから、心配するな』ってうちを出て行ってしまって……」
「アンヌ。お客さんたちにそんなことを言っても困らせるだけだよ」
お茶を注ぎにきた母親に言われ、アンヌは「ごめんなさい」と肩をすくめた。アレクシには、何となく引っかかるものがある言葉だ。
「……ねえ、アンヌは弟さんが出て行ったの、なんでだと思ってるの?」
「きっと、あの陶器屋の店主に騙されたんです! あの人、いつも怪しげな商人と取引をしているの! 人買いだって噂の人があの店に入って行くの、あたしも見たことあるんです!」
熱を込めてアンヌは言った。アレクシはキトリを見た。いつもほのかな笑みを浮かべている彼女は、考え込むような表情で、その真剣な顔は彼女の弟ロジェによく似ている。
「アンヌは、弟さんの世話を良くしていたのね」
キトリが言うと、母親が「面倒見がいい子でね」と相槌を打った。しっかり者の姉なのだろう。
「私も、四歳年の離れた弟がいるわ。だから、一つだけいいかしら?」
「なんでしょう?」
「弟って、姉が思っているほど子供ではないのよ」
おっとりと微笑むキトリに、アンヌは目をぱちくりさせた。
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