【6】
今日からアレクシ視点です。
ちょろっと出てきた応用魔法研究室の室長です。
レオミュール魔法研究所応用魔法研究室室長アレクシ・リエーヴルは、レオミュールから離れた海に面した街フィヨンに来ていた。ファルギエールの北西部の港町だ。海の匂いに海の風、波の音が感じられるのはなかなかに新鮮な経験だ。
「海を見るのは久々だわ。海戦の戦術を立ててくれと言われた時はどうなるかと思ったけれど、結構どうにかなるものよね」
おっとりと物騒なことをつぶやいた女性は、こんなことを言う人は一人しかいない。魔法研究所統括管理官キトリ・シャルロワである。今回、二人で出張中であった。
「その話は、暇なときにでも聞かせてくれ。キトリ、行こう」
「そうね」
六歳年上の女性を呼び、アレクシは歩き出す。後をついてきているはずのキトリから、「あ」という声が聞こえた。振り返ると、キトリがその場でこけていた。
「大丈夫か!?」
「あ、うん。平気よ」
アレクシが手を取ってキトリを立たせる。掌をすりむいていたので、アレクシが治すと、いつも通りおっとり笑って彼女は礼を言った。そして、荷物を持とうとするのを止める。
「いい。俺が持つ。キトリはこけないように気を付けてくれ」
「あ、ありがとう。ついでにもう少しゆっくり歩いてくれるとうれしいわ」
「……すまん」
どうやら、アレクシの歩幅が大きかったらしい。キトリは小柄なわけではないが、身長差があるので歩幅に差が出てくるのは当然だった。気が回らなかったアレクシは悄然とした。
「ううん。私がのんびりしているだけだから、気にしないで」
彼女のおっとり具合は、『のんびりしている』というレベルではない気がするのだが、アレクシはツッコまずに先ほどよりも心もちゆっくりと歩いた。
少々奇妙な組み合わせであるが、この二人で出張に来たのは理由があった。
△
「招待状ですか」
所長のブレーズに呼び出されてきてみれば、アレクシはそんな事を言われて戸惑った。今までも、研究会を開くのでぜひお越しください、的な招待状は来なかったわけではない。しかし、今回はちょっと問題があった。
「エドガール・ド・ヴィルパンって、応用魔法理論学の権威ですよね。確か、フィヨンに小さな研究室を持っていたと思いますが」
アレクシが言うと、ブレーズがその通り、とうなずいた。
「うちの研究室から、誰か行かせましょうか」
アレクシは応用魔法研究室を預かっているので当然の提案であったが、ブレーズはうなずかなかった。
「それが……少し、問題があってな」
「問題?」
「最近、人攫いが横行しているのは知っているか」
「ええ、まあ……」
人さらいと言うか、人が姿を消すのだ。家族単位で。見つかったと言う話も聞かないし、殺されたと言う話も聞かない、奇妙で少々不気味な話だ。該当地域はファルギエール北部で、レオミュールも該当地域なのだが、この街では起こっていないことが確認されている。
「どうやら、フィヨンの街が少々怪しいんだ」
「はあ……」
アレクシはなぜそんなことが言えるのか、と怪しんだが、ふと気が付いた。
「……所長。それ、所長の考えですか」
「ああ、わかるか? キトリに言われたんだ」
苦笑して暴露したブレーズである。アレクシはなるほど、と納得した。彼女なら、情報からこうした結論を出すことも可能だろう。
いわく、フィヨンの物資の流れがおかしいらしい。港町であり、貿易も盛んであるからわかりづらいが。さらに治安、金の流れなどを確認して行くと、人さらいの本拠地があるのではないか、と考えられるのだ。お前何者だ、とアレクシは問い詰めたい気もするが、キトリは軍上層部にそれを報告したらしい。
しかし、確証もなしに軍は動かない。戦時中であるからだ。その際にキトリが異国語で毒づいたと言うので、ぜひ聞いてみたかった。わからなかっただろうけど。彼女は異国語が堪能なのだ。
「で、行くか? 行かないか?」
たぶん、魔法の違法使用もあるだろうな、とブレーズがダメ押しする。ブレーズは『誰が』をあえて言っていないが、アレクシは察して答えた。
「……俺が行きます……」
「よしきた」
にんまりとブレーズが笑った。
「いやあ、精神干渉魔法が効かないやつってあんまりいないんだよな……」
「まあ、確かに俺は効きませんけど」
影響を受けることはあるが、すぐに我に返る。アレクシには絶対記憶能力と真偽眼が備わっており、これらは精神干渉魔法に対抗するのだ。対抗できるほどのものを持っている人間は、めったにいない。
「あと、キトリも連れて行ってくれ。本人いわく、専門は魔法理論学とのことだが、実体は応用魔法戦術学だからな」
「まあ、そうですね」
キトリの論文は読んだことがある。たぶん、魔法魔術に携わる者は、ほとんどみんな読んでいるのではないだろうか。
それはともかく、ブレーズが求めているのはキトリの肩書だ。共和国軍大佐、と言う肩書は影響力が大きい。いざと言う時に仕える。まあ、本人がおっとりしすぎているのが少々問題だが。
「それにあれも精神干渉魔法が効かない。反射神経に問題はあるが、身体能力はそこそこ。頭は抜群に切れる。安心して行って来い」
「……」
何だか押し売りのようになっているが、アレクシとしても断る理由がない。室長を任されていると言っても、彼はまだ二十歳の青年なのだ。年上の頭の良い女性が一緒に来てくれると言うのであれば、ありがたい。
と言うわけで、キトリと一緒に出立の準備をしたのだが、おっとり微笑む彼女がブレーズに入れ知恵したように見えなくてアレクシは少し戸惑う。彼女はアレクシの友人ロジェの姉。ロジェのシスコンを引いても頭のいい人だとは分かっている。軍人であることも。でも、どうしてもそうは見えない。
危険地帯かもしれないので、というか、治安が微妙に心配なので、護身用の武器を持っていくことにしたのだが、聞きつけてきたリアーヌが押し付けてきたのは最新式の魔法道具の銃だった。
「試作段階なんだ。改良を加えるから、使ったら感想を聞かせてくれ」
レポートでもいい、とアレクシとキトリに押し付ける。アレクシはあとで試射してみるか、と思ったのだが、キトリはそうはいかなかった。
「あのね、リア」
「うん? 使い方は簡単だけど」
「いや、私は正規軍人だから手動狙撃銃だって撃てるけど……そうじゃなくて、根本的な問題として、私、撃っても当たらないのよね……」
「今、撃てるって言わなかった? その口で」
もっともなツッコミを入れたリアーヌであるが、キトリはおっとりと微笑み、言った。
「リア。撃てることと当てることができるのは、別なのよ。私は軍人になった時、一通りの軍事訓練を受けたけれど、ほめられたのは馬術くらいね」
とにかく彼女は反射神経に問題があるのだ。あと、腕力。
「っていうか、馬術って……」
今でも移動に馬を利用することもあるが、自動車や鉄道が発達してきたため、数は減ってきている。場所によっては馬の方がいいのだろうけど。
「……まあとにかく、私に銃を持たせてもむだよ。短剣を持っていた方がはるかにまし、と言われたわ」
「どんだけ当たらないんだ」
アレクシも思わず突っ込む。逆に見てみたい。彼女の弟ロジェは、射撃がうまかったと思うのだが。
当たらないのなら持っていても荷物になる魔法道具の銃は、アレクシだけが持つことになった。代わりに、キトリは様々な魔法具を身につけることになった。
「それじゃあ行ってくるわね」
にっこり笑ったキトリに、見送りに出てきたロジェは心配そうに言った。
「姉さん、アレクにあまり迷惑かけないようにな。一人でうろついちゃだめだぞ」
「あはは。大丈夫よ」
弟に心配される姉の図である。苦笑気味に眺めていたアレクシの方にも飛び火してきた。
「アレク! 姉さんに変なことするなよ!」
「しないわ! お前、シスコンも大概にしろ!」
ロジェとアレクシの低レベルな喧嘩に、リアーヌが笑う。キトリは「仲良しさんね」と微笑んでいた。強い。
こうして、様々な方面から不安しかない(主にキトリ)二人は、フィヨンの街へと向かったのだ。
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