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【5】










 シャルロット・エメ・フィリドール女公爵は、夫のジスランと仲が良いことで有名で、彼との間に三人の子をもうけている。一男二女。三人の末が長男で、フィリドール家を継いでいる。この長男が、リアーヌの祖父で、彼女の父ブレーズの父である。


 シャルロット・エメの長女は、やはり貴族の男性と結婚し、三人の子をもうけた。そのうち一人が、キトリとロジェの母親だった。つまり、キトリとリアーヌは血縁関係になり、またいとこ、と言うことになる。キトリもシャルロット・エメの曾孫であった。


「身内の中では、容姿も性格も一番似てるって」

「身内って、あなたと所長だけでしょう? 私たちの両親は駆け落ちしているものね」


 だから、親戚づきあいはほとんどない。両親が事故死したときに、キトリが軍に身を投じた原因の一つでもある。助けてくれる人がほとんどいなかったのだ。だから、彼女が自分ですべてやるしかなかった。

 何故か本家筋のブレーズやリアーヌとは交流があるが、キトリの母はブレーズとは仲が良かったらしい。良くわからないが。

「だけど、少なくともフィリドール女公爵の転写魔法絵を見る限りは、私たちよりキトリの方が近いだろう?」

「髪の色だけね……」

 シャルロット・エメは、長い黒髪に青灰色の瞳をした長身痩躯の美女だったと言う。リアーヌの言う転写魔法の絵を見る限り、その伝えは確かだ。


 しかし、キトリと共通するのは髪の色と痩躯であることくらいだろうか。目の色はヘイゼルだし、背は取り立てて高いわけではない。もちろん、美女でもない。


「顔立ちはリアの方が似ているんじゃないかしら」


 リアーヌは文句なしの美人だ。弟のロジェもだが、実にうらやましい。


「私は、キトリも端正な顔立ちをしていると思うがね」


 さすがのリアーヌも、美人とは言わなかった。似たような目鼻立ちをしていて、確実に美形の部類に入るロジェがいるので、不用意に口にしなかったのだろう。

「あれだね。ちゃんとメイクをすれば、もっと引き立つだろうに」

「外に出かける時くらいはするわよ」

 キトリにとって、レオミュールの街中は『外』ではない。街から出る時くらいは、ちゃんと身なりも整える。もちろん、戦場ではそんな暇もなかったので、いつでもすっぴんだったが。


 おっとりしているキトリは、優しげな顔立ち、と言われることが多い。もし、まだ王政であれば、貴族の姫君と言う人はこんな人なのではないか、と言われたこともある。美人と言うより、優しげ。尤も、お姫様ならキトリのような辛辣なことを言ったりしない。

「あんたがここに出向扱いでやってきてから、もう一年が経つね」

「そうねぇ」

 相変わらずおっとりと返事をする一つ年上のまたいとこを、リアーヌは眺めた。年が近いので、二人は仲が良い。親同士に交流があったおかげで、幼いころから顔見知りでもあった。二人とも物怖じしないので、会えば遊んだり、話たりはした。ロジェの方はあれで人見知りなので、おっとりした姉とさばさばしたまたいとこに連れまわされる形になっていたが。


 リアーヌも、十五歳のころ魔法大学に入学した。キトリは既に所属していて、再会に喜んだものだ。しかし、それから二年後、キトリは自分ですべてを決め、軍に身を投じた。


 あの日のことを、リアーヌはよく覚えている。両親と弟が首都で車両事故に巻き込まれたと聞き、彼女は普段からは考えられない素早さで手続きを終え、首都に向かった。リアーヌと、その時は南のアルトーの地にいた父ブレーズが首都に到着したのは、キトリに三日遅れてのことだった。

 すでに大方の手続きは終わっていて、ブレーズが驚いていた。キトリは広範な知識のある魔術師だが、こうした手続きにもその知識力が発揮されたらしい。しかし、どうしようもないこともたくさんあった。

 この事故で、キトリの両親は亡くなり、ロジェも大けがを負った。簡易的な保護者的立場に立ったブレーズがキトリに教え、手続きはつまずきつつも終わった。キトリが十八歳になっていたので、法的手続きがスムーズだったのだ。


 しかし、重傷を負ったロジェの治療費は、今後も継続的に払っていく必要がある。魔法治療を総動員しても、長期入院になることは間違いなく、両親がパティシエと言語翻訳者の小市民であったキトリに、その費用はねん出できそうになかった。

 ブレーズやリアーヌたちをのぞく他の親族とは、交流がない。シャルロット・エメの血を引く、世が世なら貴族の姫君であったキトリの母が、一介のパティシエとの結婚に反対され、出奔し、駆け落ちしたからだ。だから、頼れる親族と言うのは、キトリにとってはブレーズくらいだっただろう。


 しかし、彼女にとっては親戚と言うより母の友人、くらいの感覚だったのだろう。費用は持とう、と言ったブレーズに、キトリは小さく首を左右に振って、今も変わらないおっとりした調子で言ったのだ。


「軍から、作戦参謀として招聘されています。少尉待遇で任官してくれるそうです」


 いつも通りの口調と声であったので、リアーヌやブレーズが理解するまで少し時間がかかった。そして、理解した途端に猛反対した。だが、彼女は考えを変えなかった。


「姉弟二人となった以上、いつかぶつかる問題です。軍で少尉の階級にある姉なら、十分な後ろ盾になれます」


 それは、魔法研究所室長よりも確かなもの。魔法研究所が下に見られているわけではないが、魔法研究所室長、と言うよりも、共和国軍少尉です、と言われる方が信頼できるという心理は理解できた。

 結果、自分の治療費や未来のために軍人になった姉に対し、ロジェがシスコンを発現させるのだが、キトリにはそれくらい過保護な方がいいのではないかと思わないでもない。


 キトリが軍で頭角を現すようになってからも、ロジェはたびたび会っていたようだが、リアーヌはそんなに頻繁に会っていない。だから、一年前にキトリがこの研究所にやってきたときは驚いた。もともと細身の女性だったが、その時はほっそりを通り越して痩せていた。骨と皮と言うほどではなかったものの、明らかに不健康だった。やせ細り、顔色は悪く、目の下にクマがあった。今では体型も痩身と言えるほどになり、顔色もいい方だ。

「その、戦場に戻るのか?」

 聞きにくそうなリアーヌに、キトリは微笑んだ。キトリに気を遣ってくれているのだろう。彼女は軍に入る前のキトリを知っているし、一年前の疲れ果てたキトリの姿も知っている。

「そうね。わからないわ。請われたら、戻るかもしれないわね」

「……私たちのせいだな。七年前、助けられなかった。あんたはただの、優しい、善良な女性なのに……」

「う、うーん……」

 相手を罠にはめて殲滅するような策を考える職に就いているキトリは、リアーヌの『キトリ評』に賛成できなくてうなり声をあげた。

「別に、リアたちのせいだとは思っていないわ。あの時、選んだのは私だもの」

「後悔しているか?」

「……わからないわ。でも、同じ状況になったら、同じことをするかもしれない」

 今になっても、最善は何なのかわからない。あの時、ブレーズを頼ればよかったのだろうか。戦場に行く必要がある以上、ロジェの側を離れなければならなかったので、どちらにしろ、ロジェのことはブレーズに任せきりになった。


 十八歳の少女が社会的地位を手に入れるのは難しい。シャルロット・エメは十八歳で戦場で指揮を執ったと言うが、それは彼女が貴族令嬢で国王の従妹だと言う事実があったからできたことだ。小市民であったキトリには、そんな背景などない。だから、少尉に任官されるのが一番速いと思った。


「けれど……自分が立てた作戦で、何人も、何十人も、何百人もが死んでいくのを見ると、やめておけばよかった、と思うこともあるわ」


 それでも、もう後に引き返せない。関わってしまったから、始めてしまったから。シャルロット・エメ・フィリドールも、そうだったのではないだろうか。

「私がいなければ、こんな策を講じなければ、彼らは死ななくて済んだのではないだろうか、って。平和を希求しながら、私たちは人を殺すの。人を殺すのはいけないことだと叫びながら、その手で戦争をしているの……」

「……」

 思わず闇が零れ落ちたキトリに、リアーヌも返す言葉がなかった。そこに、ノックがあった。

「どうぞ」

 部屋の主キトリが返事をする。ひょこっと顔を出したのはロジェだ。キトリが笑みを浮かべる。

「どうかしたの?」

「うん……ああ、リアも一緒か。さっき、研究員が探してた。じゃなくて。姉さんにお客さん」

「わかったわ」

 キトリは自分の研究室に弟とまたいとこを残し、さっさと研究室を出た。ロジェは浮かない表情のリアーヌを見て眉をひそめる。

「何かあったのか?」

 ロジェの問いに、リアーヌは苦笑を浮かべた。


「あんたの姉さんは、結構闇が深そうだなぁ」


 一方、キトリへの来客は軍人であった。キトリには見慣れた濃い青の軍服を着た青年が敬礼する。

「シャルロワ大佐! お久しぶりです! 許可証にサインをいただきに参りました!」

「はるばるご苦労様。元気そうね、軍曹」

 そう言うと、青年軍曹は優しげなキトリの顔にほっとしたように言う。

「大佐も……その、顔色がよさそうでよかったです」

「そうね」

 彼にもそんなことを言われるのだから、キトリは相当ひどい顔をして戦場から去ったのだろう。キトリは書類に目を通すと、万年筆でサインをした。

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

 書類を受け取って返ろうとした軍曹だが、ためらうように口を開いた。

「大佐……」

「なぁに?」

 おっとり優しげなキトリに後押しされたか、軍曹は口を開いた。


「自分は、また大佐の元で戦いたいと思っております。以上です! 失礼いたします!」


 最後に敬礼し、軍曹は今度こそ帰路についた。キトリは悲しげに眼を伏せた。その表情から、彼女が何を考えているか読み取るのは、少々難しかった。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ここで一区切り。


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