【43】
最終話!
出向の辞令が解かれたキトリは、首都の総参謀本部にいた。本部長にも「思ったより顔色がいいな」と言われた彼女である。
結局、キトリはそのまま第三特殊騎兵師団の司令官を引き継いだ。レオミュールから首都に向かうまでの間にも考えたのだが、ここでキトリが拒否をするのは状況的にまずいと思ったのだ。騎兵隊総参謀本部にも籍は残ったままであるが、こちらでは参事官扱いだ。
フランツェン辺境伯領が独立に路線を定めた今、帝国は一気に不安定となる。フランツェン辺境伯を排除しようとしていた彼らであるが、辺境伯の力で護られていたのも事実なのだ。その力が今、失われた。
冷静であれば慎重路線を取らなければならない状態である。しかし、窮地に立たされた者は、冷静な判断ができない可能性もある。
さて、ここでキトリが出てくる。共和国軍内部でそれほど高い地位にいない彼女だが、共和国軍側の軍師として帝国軍は彼女を把握している。そして彼女を警戒すべき相手として見ている。らしい。少なくとも共和国防衛の一端を彼女が担っているということだ。
そんな彼女が最前線から退けばどうなるか? 戦争の終結が見えてきているとはいえ、まだ終わったわけではない。そんな状態でキトリが退けば、冷静な判断をできなくなった者たちがこれ幸いとばかりに共和国を襲うだろう。
つまりはキトリの仕事はまだ終わっていなかった。彼女は完全に帝国との終戦を見届けるまで今の立場を離れられない。それが、戦いに身を投じ、人々に夢を見せた彼女の責任だ。
「お前の言った通りになったな」
「私が提示した未来の一つにすぎないわ。その方法を取ったのは、あなたよアルベール」
キトリは従兄のアルベールと顔を合わせていた。カフェのカウンター席で隣り合わせに座っている。
「お前が提示した方法の中で一番現実的だった……お前、辺境伯と相性悪かっただろ」
「そうだけど……専門でもないのにわかるもの?」
怪訝に尋ねると、アルベールはニコリともせずに言った。
「一目瞭然だ。お前にしては、戦歴が悪い」
「……」
みんなにそこで判断される。キトリはショコラ・ショーを一口飲む。
「……ところでキトリ。お前、なんで軍服なんだ」
「ん?」
仕立ての良いスーツに身を包んだアルベールに対し、キトリは軍服の上にコートを羽織っている。キトリはアルベールに向かってニコッと笑う。
「軍服じゃないと外を歩けないくらいには治安が悪いわよね」
前回はロジェが一緒だったから気にしなかったが、今回、キトリが一人で歩いていると声をかけられやすいのだ。ナンパされるくらいならいいが、誘拐でもされたらたまらない。エリーズのように飛びぬけて身体能力が高いわけではないキトリは、軍服に階級章をつけて歩くのが一番安全なのだ。男装することも考えたが、少年に見えるので結果的には同じである。ロジェに女装させたときは、妙齢の女性に見えたのに。
「……お前、ロジェが可愛そうだからやめてやれよ」
アルベールに呆れてツッコまれた。別にキトリの趣味ではなく、何かの余興だった気がする。
情報交換を終えて、キトリとアルベールはそろってカフェを出た。目抜き通りに面したこのカフェは人気があり、人の出入りが激しい。
「キトリ。父がお前と会えないかって言ってるんだが」
軍帽をかぶるキトリに、アルベールが声をかけた。キトリは彼を振り返る。
「断っておいて。用があるなら、あなたを通してなら承るわ」
「……お前、頭がいいくせに意外と子供っぽいこと言うよな」
「十八歳から軍にいるから、情緒が未発達なのかしら」
我ながらすごく嫌味っぽかったと思う。嫌味ついでにもう少し言っておく。
「どうせ手を差し伸べるのなら、七年前にしてほしかったわね」
それでもキトリがその手を取ったかは怪しいが、アルベールの父は両親を失った姪たちに何もしてはくれなかった。妹が事故に遭って亡くなったということは耳にしていたはずなのに。
それを七年間も根に持っている。確かに子供っぽいかもしれない。
「どうしてもというのなら、ロジェも同席させるわ」
「まあ賢明だな。のけ者にしたらすねるだろうし」
「……」
どちらかと言うとクール系ハンサムな弟の顔を思い出し、キトリはどうしてあの子はこんなに残念になってしまったのだろうか、と弟に対して失礼なことを思った。
首都に戻ってきたキトリは、最近大規模戦闘はないのでもっぱら総参謀本部に詰めていた。そこで、彼女は珍しい人に遭遇する。
「これはシャルロワ准将! お久しぶりです」
アレクシの父セルジュだった。戦争推進派の議員である彼のことは、キトリも知っていた。フィヨンの街で会ったこともある。いつも通り長男のエヴラールが一緒だった。
「お久しぶりです、リエーヴル議員」
以前とは違い、キトリは敬礼であいさつした。それを目にしたセルジュが笑った。
「なるほど! 軍服だと格好いいものですな。ところで、レオミュール戦線でご活躍だったとのことだが」
「活躍と言うほどではありませんが。アレクにもだいぶ手伝ってもらいましたし」
そう。彼の次男にはだいぶ世話になった。精神的にそれほど強くない自覚のある彼女は、彼の「助けてくれ」という言葉がなければ半ばで折れていただろう。彼は、必要なときにキトリに必要な言葉をくれる。
「愚息がお役にたてたなら光栄ですな。ところで、議会が今、停戦に向けて話を進めているのはご存知か?」
「ええ。上官から聞き及んでおりますが」
それが何か? と言わんばかりにキトリは首をかしげた。セルジュは反応の薄いキトリに尋ねた。
「准将はどう思われますかな? 停戦すべきだと?」
「……私は軍人ですので、意見は控えておきます」
軍人の模範解答である。視線で返事を求めてくるセルジュに、キトリは言った。
「これでもシャルロット・エメ・フィリドールの血を引く一人なので、彼女が作った決まりを破るようなことはしたくありません。ただ」
議会が戦えというのであれば戦うし、戦うなと言うのなら戦わない。
「……准将は政治家にもなれそうですな」
「そうでしょうか」
アレクシにも言われたが、きっと彼女は政治に関わることは無いだろうなぁと思う。アルベールがいれば十分だ。
「それでは、失礼します」
再度敬礼してキトリはその場から離れた。そのまま向かうのは第三特殊騎兵師団の詰所だ。そこにはお客様がいた。
「ボーマルシェ少将。お久しぶりです」
なんだかよく人に会う日だ。監査官のボーマルシェ少将は相変わらずちょっと怪しげな笑みを浮かべている。
「なるほど。意外と元気そうだな。いや、久しぶり、准将。昇進おめでとう」
「……ありがとうございます」
階級が上がったという意味と、一部隊を率いるようになったという意味だろう。まあ、キトリがこの部隊を率いて先頭に行くことになるかは怪しい状況であるが。
「今、ダントン大尉が挨拶をしていました」
と、告げ口してきたのはエリーズである。ボーマルシェ少将も「迷惑をかけられた覚えはないな」と笑っている。そしてジローは「この人ちょっと頭おかしくない?」と言うような表情でボーマルシェ少将を眺めていた。
「これも准将の思惑通りと言うことか?」
「これとは?」
「戦争が停戦に向かっている。それに伴い、非合法な実験が次々と検挙されている。君のお友達の父上も危ないな」
「有機物への魔法陣付与の研究の話ですか? あれ自体は非合法ではありませんが」
「発表される前に流出しているからな」
「……厳しいですね」
正直キトリもいい顔はしなかったが、取り締まることは無いだろうと思っていたのだ。利用できそうな魔法研究を軍事転用するのが戦争だ。
「状況が変わるからな。准将は戦争が終わったらどうするつもりだ?」
「……どうしましょうねぇ」
戦時中に招聘されたキトリだ。その契約は、いつまで有効なのだろうか。
エリーズがキトリの手を握って言った。
「准将がどこに行こうと、私、ついて行きますから!」
「……あら、ありがとう」
何とかそれだけ答えることができた。
結局、終戦するまでに一年近くかかり、その間にキトリは二度ほど師団を率いた。案外何とかなるもので、キトリが司令官になってから戦いでは勝率十割だった。まあ、二回しか戦ってないけど。
フランツェン辺境伯領はフランツェン伯国として独立し、君主にはそのままエアハルト・フランツェンが就任した。伯国にも帝国は派兵を行ったが、エアハルト・フランツェンが華麗に撃退したそうだ。ちょっと見たかった。
終戦から半年たち、退役したキトリは再びレオミュール魔法研究所に帰ってきた。懐かしい顔に、キトリは微笑んで言った。
「ただいま」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
何とか完結です。キトリがしんどくなるごとに私もしんどかったです(笑)
なんか恋愛面を出せなかったですが、ファンタジーだからいいかなと……最初から終わりは決まっていたのですが、キトリとフランツェン辺境伯の話でも面白かったかもしれません。と言うか、フランツェン辺境伯、主人公張れるくらい波乱万丈な人生だったのに顔すら出てきてない(笑)
と言うわけで、あと一話、番外編です。




