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【42】








 宙に投影された映像から、帝国軍が撤退していく様が見える。それを、飛行魔法道具が追い、映しているのだ。撤退の様子を見て、司令部に詰めていた軍人たちが一様にほっとした様子を見せる。軍人も、魔術師も。


「まだほっとするには早いわ。逃げて行った道をたどって、ふさぐわよ。また侵攻されて来たらたまらないものね」


 キトリが一人落ち着いて言った。よく、集団の中で一人だけテンションが違う、と言われる。

 道をふさぐと言っても、物理的にふさぐのではなく、監視台を作るにとどめた。侵入してくればわかるように。まあ、使うことは無いかもしれないが。

 帝国が撤退しても戦後処理がある。キトリはドゥメール中将と共に処理を行っていた。


「ところで中将。帝国の動きに気付いていて、動かなかったでしょう」


 キトリは気になっていたことを尋ねた。キトリたちは、帝国側の動きを結構早くから察していた。その報告を受けたドゥメール中将はもっと早くに対応策をうてたはずだ。しかし、そうせず、帝国軍の侵攻先にいるキトリに押し付けた。

「やはりわかるか? いや、お前の従兄殿が増援部隊を動かすのは少し待ってくれ、と言うのでな。戦争派の動きが激しくてなぁ。帝国に侵攻する! などと言いだして」

「……それ、私が先鋒だったりします?」

「いや、お前は次鋒だが、作戦指揮官だ」

「……」

 それ、帝国がフランツェン辺境伯にしたことと同じではないか? しかし、キトリに押し付けてきたのはドゥメール中将ではなくアルベールだったか。もう済んだことなのでいいけど。


「そう言えば、この研究所にリエーヴル議員の息子がいなかったか?」

「居ますよ。彼です」


 人員が足りない関係で手伝わされているアレクシスを示す。彼はクロワゼ少将と話し合いの最中だった。その中には、ブレーズとリアーヌもいる。ちなみにクロワゼ少将だが、この一件が片付けばキトリと同じ、准将になる予定だ。少将を任命されたのは、准将に任じられたキトリとの整合性を保つためだ。

「なるほど……言われると似ている気がするな」

「准将の恋人ですよ」

 ジローが猛烈な勢いで被害率の計算をしながら言った。キトリが口を開く前に、彼女の隣から声が上がった。

「僕は認めてません」

「……そもそも、恋人ではないわ」

 半泣きで姉を見つめたのはロジェだ。唯一の肉親ともいえる姉を友人に奪われるかもしれないシスコンな彼の心情はいかばかりか。

「中将が気にするということは、帝国に侵攻しようと言ったのはリエーヴル議員なわけですか」

「そんなリエーヴル議員の息子とお前が付き合うことになるとは皮肉だな。まあ、議員は喜びそうだが」

「いや、だから付き合ってません」

 からかわれているのはわかるが、キトリが乗ってこないので盛り下がり気味である。しぶしぶとドゥメール中将も作業に戻った。


 壊れた城壁の修理や使った火薬や武器などの残量。一連の戦闘行為で出た被害率の算定。やることはたくさんあるが、これらは中央に持って帰るための資料作りだ。

 十日余りの攻防戦にしては被害は少ないが、それでもレオミュール陸軍基地の人員に欠員が出た。それを補う人員が来るまで、キトリを含む第一魔法大隊が残留することになった。


「一時的に残るということは、准将は中央へ戻されるということか」


 クロワゼ少将がティーカップを傾けながら言った。ガトーにフォークを入れていたキトリは顔を上げる。


「戦争が終わるのであれば、私は用済みだと思うのですが」


 戦争が終われば、戦争屋は必要なくなる。キトリが軍に招聘されたのは戦争に勝つためだ。戦争が終わればキトリが招聘された理由はなくなる。

「ま、この先はキトリしだいだな」

 エリーズからコーヒーの入ったマグを受け取り、ドゥメール中将が笑った。


「少なくとも出向の辞令は解かれる。お前が戦えることが証明されたからな。その先は、お前の自由だ。まあ、一つだけ言っておく」


 キトリはフォークを置いて自分の上官を見た。彼はニヤッと笑う。


「私は昇進することになった。総参謀本部の総参謀次官だ」

「……え、騎兵隊は?」


 思わず素で尋ねてしまった。

「准将になった副官殿がいてな。彼女が拒否しなければ引き継いでもらう」

「……副官は司令官をサポートする役割であって、副司令官ではありませんが」

 キトリが眉をひそめて尋ねると、クロワゼ少将が口を挟んできた。

「副官が副司令官を兼ねることはよくあるし、司令官の代わりに部隊を率いることもあるだろう。准将なら問題ないと思うぞ」

「そういう問題ではないのですが……」

 とはいえ、そのまま部隊を放り出すことはキトリにはできないだろう。そんな感じで、キトリはずるずると軍人を続けているのだ。


 しかし……戦争が終わるのであれば、それほど心配する必要はないのか? 戦争が得意な人間は、戦争が無くなれば暇になる。というか、戦乱期に生きたものは、平和になると役立たずになる傾向があるのだ。まあ、彼女の曾祖母フィリドール女公爵のような例外もいるにはいるが。


「つまりこれは、私の最後の戦いだな」

「……私にとっても最後かもしれませんが」

 一生に何度も戦争を経験するほど、今は殺伐としていない。帝国は? と言われたらそれまでだが。

「ま、私は先に戻るが、お前も戻るまでに考えておけよ」

「……」

 確かに、身の振り方を考える必要がある。それに、首都に行ったらアルベールに会わなければならないし、アレクシの父セルジュの動きも気になる。そして、フランツェン辺境伯の動きも気になるところだ。

 フランツェン辺境伯の動向については、レオミュールにいるキトリの耳にも入ってきた。彼は独立を選んだようで、領地に戻った彼と帝国本土のにらみ合いである。戦力的には帝国側が有利だが、彼らはフランツェン辺境伯が戦術家であることを知っている。手を出しあぐねているのだ。


 このまま長期間にらみ合いが続けば、フランツェン辺境伯領は独立を勝ち取れるだろう。


 アイヒベルク帝国は、いわば領邦国家だ。今はそう言わないかもしれないが、多数の都市国家の集まりでもある。それぞれの領地に領主たる貴族がいて、その領主はフランツェン辺境伯が帝国軍の軍事行動の要であったことを知っている。彼が異常なほど戦上手であることも。彼が帝国に反旗を翻したのなら、領主たちも帝国……この場合は帝国政府、皇家から離れていく。フランツェン辺境伯と戦いたくないからだ。キトリもできれば戦いたくない。

 求心力を失った帝国は、戦争をやめざるを得ないだろう。帝国にフランツェン辺境伯はいなくなるが、共和国にキトリはいる。悪ければ稀代の戦上手二人に挟み撃ちにされる。

「何かお前の言葉が現実味を帯びてきたな……本当に二人で帝国を取れるんじゃないか」

「やりますか?」

 エリーズが意気込んで尋ねた。キトリは「行かないわよ」と立ち上がったエリーズを座らせる。


「ただ、会ってみたいわね。エアハルト・フランツェンには」

「……そして、新帝国の皇帝となる」


 ぼそっと言ったのはリアーヌだ。彼女はどれだけキトリに帝国を取らせたいのだろうか。

「……リア」

「うん。そこでロジェとアレクが泣きそうになってるからやめる」

 青年二人は、確かに泣きそうだった。キトリが首都に行ったら、この二人はそうするのだろうか。ちょっと気になる。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


さりげなく、次で完結です。


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