【41】
「まさか中将が直接来るとは思いませんでした」
城門を上げ、招き入れた増援部隊を率いてきた人物に、敬礼を解いたキトリは開口一番そう声をかけた。馬から降りたその男性……ドゥメール中将が笑う。
「いやいや、ちょっと理由があってな。それにしても、戦場にいるのに元気そうだな、大佐。いや、准将か」
「それは余計なお世話と言うものです、中将。中将、こちらがレオミュール陸軍基地司令官のクロワゼ少将です」
キトリがクロワゼ少将とドゥメール中将を引き合わせた。敬礼したクロワゼ少将にドゥメール中将は手を差し出した。
「扱いにくい私の部下たちの面倒を見てくれて助かった。迷惑をかけたことだろう」
「いえ。むしろシャルロワ准将に丸投げしていましたからね。申し訳ないくらいです」
将官以上が飽和状態。しかし、ドゥメール中将と笑いあうクロワゼ少将もなかなかに腹黒いな、とキトリは失礼なことを考えていた。
ドゥメール中将と高級士官とともに司令部になっている研究所の会議室に入った。高級士官とはキトリも顔見知りで、「お久しぶり」になる。
「こちらはつつがなく終了しましたが、そちらはどうでしたか?」
キトリが観測できなかった野戦の結果を尋ねる。ドゥメール中将がふっと笑う。
「お前の眼には一体何が見えているんだろうな。時々お前が恐ろしくなる。招聘したのは私だが、良く目を付けたなぁと自分で感心している」
「そうですか」
つまりはうまく言ったということだろう。まず、ドゥメール中将率いる増援部隊とフランツェン辺境伯率いる帝国軍が遭遇し、そこで会戦が行われる。これが帝国領内であれば、フランツェン辺境伯は兵力を一点集中、共和国軍のど真ん中を突き破っていくかもしれない。しかし、ここはファルギエール。実際にその戦法を取ったのはドゥメール中将である。キトリほどではないが、彼も指揮官として優秀なのである。地位的に、前線に出てくるものではないが。
ど真ん中を突きぬけようとすれば、フランツェン辺境伯も負けじと増援部隊を二分しようと動くだろう。そこに、ジュールが率いる魔法大隊がつっこんでいき、乱戦の様相を見せる。
そうなれば、フランツェン辺境伯は引くだろう。彼は引き際をわきまえている男だ。撤退戦もうまい。それに合わせて、こちらも引けばいい。向かう方向は同じようなものだけど。損害率も低かったはずだ。
これは、単純な戦術と言うよりも、フランツェン辺境伯の性格を読んだものである。キトリは増援部隊の動き、フランツェン辺境伯の行動、それらを考慮してジュールに作戦を与えていた。
「……すべてお前の掌の上か?」
「フランツェン辺境伯の掌の上かもしれません。しかし、そう長くはこの状況は続かないでしょう。帝国軍が攻めてきて、すでに一週間以上が経過しています。二千人規模の遠征軍の活動限界時間が近づいています。これ以上士気が下がり、食糧が底をつく前に、フランツェン辺境伯は帝国へ帰還することを選択するでしょう」
「……それが命令違反でもか?」
「現在の帝国の国力を考えると、数千の兵力を失うのは痛いですからね。戦争は消費しか生みません」
キトリがさらりと言うと、ドゥメール中将が眉をひそめて言った。
「……お前、おっとりと毒舌だな……」
「そうですか」
ドゥメール中将に付き合うと話がそれていくので、キトリは受け流すようにしている。彼女が「まとも」に見える分、きつく見えるのだろうか。クロワゼ少将が「准将は優しいから大丈夫だ」とフォローにもならないことを言った。
「……ところで、私の従兄のアルベールは中将のところに来ましたか?」
「ああ、来たぞ。お前に伝言を預かっている」
ほら、と封筒を渡された。最近、こういうのが多いな。従兄の手紙を読み、キトリはうなずいた。
「やはり、間もなく帝国への退去を余儀なくされるでしょうね。と言うか、フランツェン辺境伯がそれどころではなくなります」
「なんだ? 辺境伯が領地を取り上げられるのか?」
ドゥメール中将が冗談半分にそんなことを言う。キトリは、爵位を取り上げられるのは喜ぶだろうが、領地を取り上げられるのは嫌がるかもしれないな、と目下最大の敵である青年のことを思った。
「いえ、辺境伯領が帝国から独立するのです」
「は?」
異口同音に不思議そうな声が漏れた。
「現在のフランツェン辺境伯エアハルト殿が、何故辺境伯になったかご存知ですか?」
「ああ、確か、父親と兄が相次いで亡くなって急遽爵位を継いだんだろう?」
フランツェン辺境伯領は、その名の通り国境だ。レオミュール側ではないが、ファルギエールとも国境を接している小国と帝国の国境なのだ。
帝国は、フランツェン辺境伯が領地の通過を許可しないため、この国に攻め入ることができない。そのため、父親と兄を亡くし、やむなく爵位を継いだエアハルトを亡き者にしようとした。辺境伯領を召し上げ、その小さな国に攻め入るためだ。そのために激戦区へと投入された彼だが、戦果を挙げて無傷で帰ってきた。
「お前の男バージョンみたいなやつ、と言うことだろう?」
「私よりも聡明で、軍人らしいとは思いますが、思考回路は似ていると思います」
だから、フランツェン辺境伯とキトリが戦うと今回のように長期戦になるか、一瞬で片が付くかどちらかである。そして、四回戦ったうち二度はキトリが負けている。
「だとしたら、フランツェン辺境伯は、少なくとも一度は、帝国からの独立を考えたはずです」
辺境伯領は辺境であるが、それなりに裕福だ。たぶん、代々の領主の管理が行き届いているのだろう。特産品は鉱物や地下資源。隣の小国も同じ。帝国がのどから手が出るほど欲している物資。だから、彼らはフランツェン辺境伯領を召し上げたいし、その先の国に攻め入りたい。
だが、フランツェン辺境伯なら、帝国の先に未来がないことを見きっているはずだ。辺境伯領は、単独でもやっていける。足りない分は、隣国から補えばよい。そう考えたことがあるはずだ。
だが、踏み切れなかったのではないか? 領主本人が戦場にいるということは、領地には代官がいるということだ。帝都から派遣されてきた役人が見張っているだろう。辺境伯が裏切らないよう、領民を人質にしているのだ。だから、フランツェン辺境伯も思い切った行動に出られなかった。いくら彼が聡明でも、一人でできることに限りがあるのだ。
「ですが、その憂いが払われました。というか、アルベールが手をまわしたんですけど」
どうやったのかは本人に聞かなければ不明だが、アルベールは敵国である帝国内にある辺境伯領の皇帝の息のかかった者たちを一掃した。いや、本当にどうやったのだろうか。
「中央に大打撃を与えて、彼らが戻らざるを得ない状況を作ったか、辺境伯領で罹患率の高い不治の病が流行っているとでも、流言を行ったのでしょうか……」
キトリも相当あくどい作戦を立てるが、アルベールも大概ひどい。血筋だとしたらちょっとショックだ。
「……とにかく、辺境伯は天の時を得ました。この機を逃す彼ではありません。何かもっともらしい理由をつけて撤退していくでしょうね」
そして、是が非でも辺境伯領へ戻るだろう。キトリの言葉に、全員微妙な面持ちをしていた。
「……うまくいくか?」
「さあ? 私たちの知ったことではありません」
とにかく、レオミュールから帝国軍が撤退して行ってくれればそれでいいのだ。
「しかし、辺境伯が帝国から離脱すれば、おのずと戦争は終わるでしょうね」
帝国にとっては、キトリとフランツェン辺境伯が敵となる。両者を戦わせている間はよかったが、双方を敵に回して勝てるほど、帝国に国力は残っていないだろう。
もし、そうなれば、フランツェン辺境伯に会ってみたい、と思った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
戦いが終結します。




