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【4】









 キトリ・シャルロワ。国立レオミュール魔法研究所で研究統括管理官を務める彼女は、共和国軍から出向してきたれっきとした軍人であった。階級は大佐。二十六歳と言う年齢の割には高い階級である。所属は騎兵隊総参謀本部である。肩書は次官だ。


 帝国との戦争がはじまり、早十年。十八歳の時に招聘された彼女は、二十五歳までの七年間で大小二十一の戦いに参加した。そのすべてで、軍師として従軍している。本来なら首都の本部で作戦だけたてていてもおかしくはない地位であるが、何も、初めから彼女もその地位にいたわけではない。招聘された当時は少尉だった。


 それが今、何故か魔法研究所で統括管理官なんぞをやっている。はたから見れば首をかしげざるを得ない状況だが、もともと、招聘される前は魔法研究所付属大学に身を置いていた彼女は、今の状況を結構気に入っている。この状態が、いつまでも続くものではないと言うこともわかっていたが。


 二十一戦し、その内訳は十一勝四敗六引き分け。かなりの勝率である。二十一回も戦い、四度しか負けていない。そもそも、彼女が軍に招聘されたのは、とある軍人が彼女の論文に目をとめたことが始まりである。


 彼女が十五歳で魔法研究所付属大学に入学したとき、その専門は弟と同じ、魔法理論であった。それは今でも変わらないが、彼女が行った研究は、軍事活動における魔法理論の解析であった。つまり、軍事的に使用された魔法を理論的に解析しようと試みたわけである。


 それに飽き足らず、彼女は魔法を軍事利用……というより、戦略的に有効に利用するための一例を、論文の中で披露した。それはすべて守勢のための理論であったが、そのよくできた論文が軍の目に留まったのだ。


 これだけの戦術論を語れるのであれば、攻勢にも詳しいはず。たびたび、キトリは軍から声がかかるようになったが、彼女は首を縦には振らなかった。


 しかし、それが一変したのは彼女が十八歳の時だ。車両事故に巻き込まれ、両親が亡くなり、ともに巻き込まれ重傷を負った弟共に、キトリは残された。


 父はパティシエであったし、母は言語通訳者だった。裕福ではなかったが、貧困もしていなかった一般的な家庭に育ったキトリとロジェであるが、ロジェの医療費は十八歳の少女に負担できるものではなかった。


 そのため、キトリは軍部からの招聘に応じた。大学で細々と研究員をするよりも、軍人であるほうが実りがいいからだ。


 少尉で任官されてから、大佐となるまで各地を転々とした。勝率の方が高いが、負けたこともある。自らが命じて、命を落とした人たちを多く見てきた。七年を戦場で過ごしたところで、彼女の心は擦り切れた。体に変調をきたし、戦場を離れてかつて所属した魔法研究所に、出向と言う形でやってきたのである。それから、もう一年が経つ。


 キトリには、「戦争に行きたくなかった」というラシュレー教師の叫びが理解できる気がする。望んで戦場に行く人物は少なかろう。キトリも、両親の事故死がなければ招聘に応じなかったに違いない。魔術師の兵役は任意制なのだ。そもそもキトリは女性なので、徴兵はされない。女性の兵役は立候補制である。


「キトリ。何を読んでいるんだ?」


 上から声がかかり、ソファに寝転がって本を読んでいたキトリは、その本をずらして声をかけてきた人物を見た。魔法工学研究室長のリアーヌだった。豊かな栗毛に緑の瞳をした彼女は、今日も文句なしに美人だ。そして、放し方は明瞭で男前である。

「どうかしたの、リア」

「その格好で穏やかな声を出されてもな」

 確かに、ソファに寝転がった状態でおっとり言われても困るだろう。ひとまずキトリは上体を起こした。空いた場所にリアーヌが座り、キトリの手から本を取り上げてそのタイトルを見た。

「……なんて書いてあるんだ?」

「『応用魔法理論における現代・古代魔法の軍事転用について』」

「あんたもだいぶ軍人に染まってるね……っていうか、何語?」

「ファグル文字。中東あたりの文字だから、結構本はあるんじゃないかしら」

 字体はだいぶ崩れているので読みにくいかもしれないけど。伊達に、母親が通訳者だったわけではない。家には、世界各国の本が何冊もあった。

「あんたのその頭脳はそこから生まれたってことか」

「関係あるかはわからないわよ」

 キトリは立ち上がるとリアーヌに尋ねた。

「コーヒー飲む?」

「飲むけど、あんたは座ってなさい。運んでる途中で転びかねん」

 リアーヌがキトリに代わってコーヒーを出した。キトリはその間に散らばっている本や資料を片づけている。コーヒーをテーブルに置いたリアーヌは、書きかけの論文を発見した。


「『シャルロット・エメ・フィリドールの領土解放戦争における戦術的魔法利用について』……なあ、あんた、こんなの書くから軍に目をつけられるんだってわかってる?」

「いや、だってそれが専門だし……こういうのも書いてみたけど」


 と、キトリはリアーヌに別のテーマの論文を差し出す。こちらは、最初のものよりちょっと薄い。


「『古代の魔法理論から見る、古代魔術師たちの生活について』……ああ、うん。大おばあ様の論文の方が面白そうだね」


 ネーミングセンスがないのは自覚している。おっとりと両手でマグカップを持つキトリに比べ、リアーヌは振る舞いが男性的だ。フィリドール家の流れをくむ女性は、気の強い人が多いのだろうか。

「キトリから見て、シャルロット・エメ・フィリドール女公爵の戦術的魔法利用はどうだ?」

フィリドール女公爵ラ・デュシェス・ド・フィリドールは軍人であると言うよりも政治家だもの。本当は戦術以前の問題だわ。政略で状況を整えているし、それをできるだけの力もあったのね」

 七十年前、帝国支配下にあったファルギエールで、最も影響力を誇ったのがシャルロット・エメ・フィリドールだ。王弟の娘で、筆頭貴族の末娘。帝国侵攻時にフィリドール領は最前線となり、彼女は家族のすべてを失った。その後の領地解放戦で、帝国軍に快勝している。結局、領地は一度放棄しているのだが。

 そして、ファルギエール解放の立役者でもある。誰もが、彼女が女王になると思って疑わなかったが、彼女は内政を統括し、王位には彼女の従兄の子、アンリ・フランソワがついた。


 シャルロット・エメは内務省長官を務めたが、ついに宰相になることはなかった。王制を廃止し、共和国に改めた。ゆっくりとした改革だった。アンリ四世は最後の王として、円満に退位している。彼はシャルロット・エメに教えを受けたため、彼女がもつ考え方をよく理解していたのだろう。

「ふうん……私には、良くわからないが」

 リアーヌが首をかしげている。良くわからないと言いつつ、リアーヌが指摘してくるところは鋭かった。


「だが、我らが大おばあ様は、幾度か戦いの指揮官を務めたはずだろう。そして、だいたい勝っている。生半可な司令官じゃ、そうはいかないと思うんだが?」


 さすがに、頭がいいし自分の曾祖母のことは良くわかっている。会ったことはない、と言っていたけど。

「戦術家であることと、司令官であることは別だわ。まあ……フィリドール女公爵は双方を兼ね備えていた可能性はあるわねぇ。どちらかと言うと指導者だと思うのだけど。あのね、リア。戦いで一番大切なことは何か知ってる?」

「情報?」

「あ、まあ、そうなんだけど……そうじゃなくて、戦わずに勝つことなの」

「……つまり?」

「フィリドール女公爵は、戦わずに勝つための布石を敷いていたのだわ。それが、ファルギエール解放戦ね。フィリドール女公爵は、帝国軍とたたかわずに、彼らを追い出すつもりだったのよ」

「……すまない。良くわからない」

 困惑の表情を浮かべるリアーヌに、キトリは微笑む。

「わからない方がいいわ。私みたいに、戦場に連れて行かれちゃうもの」

「まあそれはないと思うが」

 キトリが軍人になったのは、一応志願したからだ。リアーヌは颯爽と微笑む。


「話は変わるが、私はあんたが一番似ていると思うよ、大おばあ様と」


 大おばあ様。つまり、シャルロット・エメ・フィリドール女公爵に。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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