【36】
突き飛ばされたキトリを、アレクシは反射的に受け止めた。彼の方へ突き飛ばされてきたのだ。
「ロジェ!」
アレクシが姉を突き飛ばした弟の方を呼んだ。撃たれそうになったキトリをかばったのだ。かばったということは、ロジェが撃たれたということだ。撃たれた腹部を押さえていた。
「ロジェ……!」
キトリがアレクシから離れ、ロジェの元へ向かおうとした。アレクシは彼女を力ずくで押さえた。今度ははっきりと敵意を認識していたからか、『絶対防御』が銃弾を防いだ。実際に目にして、アレクシは彼女が自分の能力が「役に立たない」と言っていた意味が分かった。彼女の『絶対防御』はその名に反して初段から能力主を守らなかった。暗殺の危険のある彼女を守る能力としては欠陥品だ。常に彼女が暗殺を警戒しているわけではない。つまり、『絶対防御』は彼女を絶対に護るわけではない。
特に、こうして仲間の中に敵がいた場合、対処が難しい。
キトリを撃とうとしたのは中尉だった。すぐにエリーズに取り押さえられたが、先ほどリアーヌと話していたことが現実になってしまった。
「ロジェ!」
犯人が確保されたので、アレクシはキトリを解放し、そろってうずくまるロジェの側に膝をついた。
「大丈夫か?」
アレクシが尋ねると、ロジェは「めちゃくちゃ痛い」と答えた。それはそうだ。腹部が真っ赤である。
しかし、死に至るほどの傷ではない。アレクシはそう判断してキトリの肩をつかんだ。彼女はジローに治癒魔法をかけられている弟を見て何も言えていない。ただ苦しげに頭を抱えて息を吐いた。
「キトリ。落ち着け。ロジェはまだ死んでないだろ」
「……人が死ぬみたいに言わないでくれ……」
傷口がふさがってきてロジェが反論したが、ふらふらしている。かなり血液を失ったからだろう。ひとまずアレクシはロジェを無視した。先にキトリだ。
「起きたことを悔やむのは後からでもできる。今はロジェが無事であることを喜んで、この先どうすればいいのか、教えてくれ。わかるだろ、キトリ。お前は今も、ここの住民たちを、俺達の命を救っている。この先もお前は助けることができる。倒れそうなら支えるから、倒れないでくれ」
とにかくキトリの精神状態を整えなければならない一心で言葉を重ねた。とにかく、キトリを刺激しないように、しかし、アレクシの本心でもある。ふと、周囲が静かなことに気が付いた。固唾をのんでキトリとアレクシのやり取りを見守っている。
キトリがゆっくりと顔をあげた。ヘイゼルの瞳が見開かれる。
と、思ったら彼女の体が傾いだ。アレクシはあわてて彼女の体を支えた。抱え上げると、気を失って……。
「……寝てる」
「寝てますね」
ロジェとエリーズだ。ロジェがジローに支えられながら立ち上がった。
「私はロジェさんを医者に見せてきます。死んだら本当に准将が発狂する……」
「いや、大尉、人の姉をなんだと思ってるんですか」
ロジェが言い返した。それからアレクシを睨む。
「お前、変なことするなよ!」
「私がさせません」
きりっとしてエリーズが言った。冷戦状態なのに、こんな時だけ仲がいい。アレクシもため息をついてキトリを抱えて立ち上がった。
「キトリさん、大丈夫なのか?」
レオミュールの住民が恐る恐る言った。アレクシは「寝ているだけだ」と簡単に答える。キトリがいない状態で帝国軍を攻めようなどと言いだす人間はいないだろう。彼女は本当の意味でこの寄せ集めのレオミュール防衛の頭脳で、かなめだ。
「アレクシさん」
ぱっとアレクシに向かって両手を差し出したのはエリーズだ。キトリを運ぶ、と言うことだろう。しかし、アレクシは渡さなかった。
「心配しなくても何もしない」
「大丈夫。彼の言うことは本当だ。アレクシ君はヘタレだからなぁ」
しれっと言ってのけた住人の男性を睨んだ。と言うか何故、こんなところにまでアレクシの思慕が伝わっているのだ。
「ヘタレとは?」
エリーズが首をかしげている。側の軍人が「甲斐性なしってこと」と簡単に説明している。余計なお世話だ。
「甲斐性なし……わかりました。しかし、アレクシさん。准将が本当に好きなのなら、『ヘタレ』では困ります」
「ぶれないな、准尉」
ロジェもそうだが。彼女が何故ここまでキトリを慕うのか、聞いてみたい気もするし、聞くのが怖い気もする。
ひとまず、キトリを研究所まで運び、医者に見せた。ちなみに、ロジェも同じ医務室にいた。彼の方は鎮静剤を投与されたからか、アレクシたちが到着したときにはすでに眠っていた。
「まったくこの姉弟は……うん、眠っているだけですね。今のうちに点滴も打っておきましょうか」
と、栄養剤の点滴がつながれた。やはり寝ているだけらしく、ほっとする。
「まあ、そのうち目を覚ますでしょう。だいぶやつれてきていますし、体力的に限界だったのでしょうね」
医師はそう言った。残ると言ったエリーズを残し、アレクシはジローと共に医務室を出た。
「准将を襲ったやつを尋問していますよ。理由聞きます?」
「聞く」
「じゃあ行きましょうか」
ジローは笑って言った。尋問していると言ったが、この研究所には読心術の仕える魔術師が何人かいる。強力な読心術士に心を読ませればよい。相手がキトリのように一切精神干渉魔法が効かなければ無駄な努力だが、あそこまで効かない相手も珍しい。
「わかったぞ」
そう言ったのはジュールだった。尋問に立ち会ったらしい。
「帝国軍のスパイでした?」
「いや、中央の帝国侵攻派の手先だった」
「……」
カウンターを食らった気分である。その考えはなかった……。キトリは帝国に逆侵攻をしようと考えるような人ではない。そのくせ、頭脳は一級品。
「中将を排除しようと思って、先に手を出しやすそうな准将を狙ったんでしょうか。確かにあの人、軍人としては失格ですけど、それなりに戦闘力はあるんですけどね。しかも、フェーヘレン准尉がいつも張り付いてる」
「単純に手を出すタイミングが今しかなかったんだろう。厳選したはずの先遣隊から裏切り者を出してしまったな……」
「……そうですね」
その裏切り者については、クロワゼ少将が責任もって対処してくれているらしい。
「だがまあ、ロジェ君が撃たれたことで准将、精神的に参るかと思ったが、大丈夫そうだな」
「ですねぇ。アレクシ君のおかげです。戦場にもついてきてほしいです」
「……行きません」
好きなことを言う軍人二人にアレクシは顔をこわばらせて言った。それはちょっと無理だ。足手まといになるし、キトリやロジェが反対してくるだろう。
というか、本当にあれで説得できているのだろうか。すぐに気を失ってしまったのだが。しかし、眠れないと言ってアレクシやエリーズに同衾を求めてきた彼女が眠れているのでよしと思うことにする。
あの時は冗談だと思ったのだが、彼女は割と本気だったのかもしれない。夜ひとりでは寝られなくて、誰かと一緒にいたかったのかもしれない。実際、エリーズと一緒にいた時は少し眠れたようだ。まあ、あの時たまたま一緒にいたがアレクシだっただけで、ロジェがいたら彼に同衾を頼んでいるだろうけど。
「さて。私はクロワゼ少将とこの先のことを相談してくる。准将が起きたら教えてくれ」
「了解です」
ジュールが立ち上がってクロワゼ少将の元へ向かった。ジローはアレクシに微笑む。
「アレクシ君、年齢の割にしっかりしてますよね。フェーヘレン准尉の言うことは気にしないでくださいね」
「……どうも」
気を遣われたのはわかるが、せっかく忘れていたのに……。
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