【33】
「……火攻め」
呆然とつぶやいたのは誰だっただろうか。
ふと、砲撃が聞こえた。十三時になったのだ。キトリは立ち止り、正面の方を見る。クロワゼ大佐たちが出陣したはずだ。フランツェン辺境伯はどう対応するだろう。数的には、レオミュールの方が不利だ。
だが、十分もしないうちに増援が来る。この方法は国内だからできること。国外だと、視認された瞬間撃ち落とされるだろう。
「大佐!」
兵の一人が声をあげた。軍曹の階級章をつけている。キトリは彼の指さす方向を見た。煙が上がっている。城壁内だ。
「……行きましょう」
キトリが走り出すと全員がついてくる。キトリは反射神経に不安はあるが、足が遅いわけではない。体力もそこそこある。眠れていないので少し体力が落ちている自覚はあるが。キトリがレオミュールに出向となったのは、不眠と食欲不振が続き、戦場で体力が持たなくなったからと言うのもある。
五人は商店街に出た。そこは火の海になっており、研究所の魔術師二人が魔法で火をつけていた。
「アレク、火を鎮めて!」
キトリの要望に従い、アレクシが氷魔法を発動させる。魔術師二人の火炎魔法より、アレクシの氷魔法の方が強力だった。当然だ。魔術師二人の火炎魔法は、術式を編み上げた魔術であるが、アレクシの氷魔法は、本当の意味で『魔法』に近い。魔法はたいてい、魔術よりも強い。術者と相性が良いということだから。
その間に、兵士二人とキトリは魔術師二人を捕らえた。いくらキトリとはいえ、軍事訓練を受けた身。魔術師の相手くらいならできる。
「……姉さん……強いよな……」
「軍では弱い方よ。逃げ遅れた人がいないか探しに行きましょうか」
キトリが平然と言うと、ロジェはちらっと魔術師二人を見た。キトリが知っているのだから、ロジェも見知った人間だろう。後ろ手に拘束されて、魔法も封じられているけど。
「……尋問しなくていいのか?」
「何を聞きだすの?」
「いや、どうしてこういう行動をしたかとか」
ロジェのまともと言えばまともな意見に、キトリは小首をかしげた。
「そういうのは後でもできるわ。それに、どうせ研究資金に目がくらんだとか、貴重な実験材料を提供されたとかでしょう」
何となくあたりをつけて言うと、魔術師二人が蒼ざめた。どうやら図星のようだ。簡単に買収された二人に、キトリは肩をすくめた。
「ま、大佐の情報を売ればいい小遣い稼ぎになったでしょうね」
軍曹の階級章をつけた方が肩をすくめて言った。ちなみに、もう一人は准尉である。
「姉さんってそんなに重要人物なんですか?」
ロジェが軍曹に尋ねた。軍曹はにっこりと笑って上官の弟を見た。
「もちろんです。大佐はフランツェン辺境伯をべた褒めしていましたが、彼に負けない戦術家ですよ、あなたのお姉様は」
「変なこと言わないでちょうだい」
若干シスコンのきらいのあるロジェが本気にしたらどうするんだ。まあ、分別のある子だとわかってはいるが。さらに言うなら、キトリが思う以上にロジェはシスコンである。
「こちらがフランツェン辺境伯のことを知っているということは、向こうも大佐のことを研究しているはずです。まあ、司令官の名前の方が前面に出てくるので、大佐の名は隠れがちですけど」
軍曹、キトリに恨みでもあるのだろうか。単純に称賛してくれているような気がするから、何も言わないけど。
「帝国軍に何度も辛酸をなめさせていますからね。帝国軍も、大佐の情報はのどから手が出るほど欲しいでしょうね」
准尉も苦笑気味に言った。ですよね、と軍曹。何故か二人で盛り上がっている。
逃げ遅れた住人たちを助け、重傷者は病院と魔法研究所に運び込んだ。こちらは簡単に片が付いたが、片付いたら今度はエンジンの駆動音が耳についた。その音が遠ざかっていく。輸送機だ。それを見送っていたキトリに、無事だった住人達が駆け寄ってくる。
「キ、キトリさん! 何か人がたくさん飛び降りて来たぞ!?」
「ああ、無事に合流出来たんですね。増援部隊の先遣隊です。さすがに航空戦力は派遣されてきませんでしたね……」
戦闘機の部類は、まだ数が少ないので仕方がない。陸上戦力が手に入っただけで良しとしよう。
キトリが書き残した派兵プラン、コードG3―4とは、追加兵力を空輸する作戦である。この時代、戦闘機や輸送機など、航空戦力も増えてきている。しかし、援軍を送るとき、未だに陸上をかけるのが主な方法だ。輸送機を使っても、大人数の派兵は難しいからである。今回の二百人、と言うのもぎりぎり何とか輸送できる上限人数だったはずだ。
「もうすぐみんなが戻ってくるわよ。帝国軍が転身してきたときの為の迎撃態勢を整えるように、城壁上に連絡して」
「了解」
少尉がうなずき、通信機から連絡を入れた。そんなキトリを見て、住民たちは、「キトリさん、本当に軍人なんだな」と改めて気づいたように言った。まあ、外見からして軍人っぽくないのは自覚している。
魔術師二人を営倉に放り込み、しばらくすると正面門が開き、野戦に出ていたレオミュール所属の軍人たちと、先遣隊が入ってきた。地上百メートルからパラシュートもなしに飛び降りてきた連中だ。まあ、重力緩和の魔法道具を身に着けていれば、パラシュートなしでも飛び降りることができるが。
「大佐!」
そんな中、笑顔で駆け寄ってきた美少女がいた。キトリとは別の意味で軍人らしくない少女、エリーズ・フェーヘレン准尉だった。淡い金髪に碧眼の小柄な少女は、こう見えて白兵戦の名手だ。間合いに入られれば、彼女に勝てる軍員はそうそういないだろう。
「久しぶりね、准尉。ご苦労様」
キトリの目の前でびしっと敬礼したエリーズに返礼する。そのキトリの顔に笑顔がないのを見てとり、エリーズは少し気を落としたようだ。
「大佐……」
「とにかく、司令部に行きましょう」
キトリはそう言ってエリーズの背中をたたいた。司令部に、先遣隊を引着て来たジュール・ポワレ少佐とジロー・ダントン大尉、エリーズ・フェーヘレン准尉が姿を見せていた。エリーズはフィヨンであったアレクシを覚えているようで、「お久しぶりです」とあいさつをしていた。
一応司令部として借り受けている魔法研究所の会議室で、ブレーズの視線がキトリに向けられた。つまり、「誰?」と言うことである。
「所長。第三特殊騎兵師団第一魔法大隊隊長のジュール・ポワレ少佐と副隊長のジロー・ダントン大尉、隊員のエリーズ・フェーヘレン准尉です。少佐、こちらはレオミュール魔法研究所所長のブレーズ・フィリドールさん」
「お初お目にかかります」
ジュールは笑みを浮かべてブレーズと握手をした。
「一応、シャルロワ大佐の直属の部下、と言うことになります」
「元、ね」
現在のキトリは、総参謀本部主任参謀専門官という立場である。いや、第三特殊騎兵師団で副官兼参謀長をしていた時も、総参謀本部に籍はあったのだが。
「今でも大佐の部下ですよ。私としても、食えないおっさんの命令されるより、麗しい女性に従う方が良い」
「……ねえ。いつも言っているけど、あなた、いつか後ろから刺されるわよ。むしろ私が刺すかもしれないわ」
いつになく過激なことを言うキトリに、相当憔悴しているな、と元部下三人は思った。しかし、これはまだ序の口だ。本当にどうしようもなくなってくると、彼女は精神的に不安定になってくる。別れた時は、キトリ大好きなエリーズですら引き留めるのをためらうほどの不安定さだったのだ。
この戦いが長引けはまたそうなる。しかし、彼女が戦わないわけにはいかない。苦しいところだ。
そして、追い打ちをかけるようにジュールは一つの封筒を差し出した。
「さて。クロワゼ大佐とシャルロワ大佐に、総参謀本部及び陸軍最高司令本部より、命令書を預かっております」
差し出された封筒を見て、思わず名指しされた二人は顔を見合わせた。
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