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【32】









 キトリが駆け込んだのは戦闘指令所と化しているレオミュール陸軍基地だった。ロジェもついてきたが、この際気にしないことにする。


「大佐」


 キトリがやってきたのを見て、観測班が空中に現状を投影する。


「帝国軍の増援です。東側から現れたようですが……」


 出現場所が分からないのだ。確かに、東側……というか、北東部は帝国に面している。しかし、間に海があるし、レオミュールの所在地的に帝国が侵攻してくるのは難しいのだ。何度も言っているが!

「……まあ、それは後よ。出現地点、確認しておいてね。しかし、二千人規模の援軍……少なくはないけど、微妙な人数ね」

 合わせて帝国軍は四千人程度になる。数の有利は向こうにとられてしまったわけだ。

「……人数的には、帝国軍の方が有利だけど」

 ロジェが尋ねた。キトリは「そうね」とうなずく。

「けど、籠城している以上、そうそう落ちないわ」

 陸上戦力もほしいが、航空戦力もほしい……たぶん、フランツェン辺境伯も同じことを思っているだろう。


 人数が増えても、フランツェン辺境伯は慎重な姿勢を崩さないだろう。四千人ちょいで、二千人強の強固な要塞を落とす……不可能ではないが、難しい。

 キトリにやれというのなら、一万……とは言わないが、八千は戦力が欲しい。ちょこちょこ戦い、自らも疲弊するより、一気に大戦力をぶつけたほうがいい。特に、フランツェン辺境伯は正統派の戦術家だ。本国にそう要請しただろう。

 しかし、大多数の派兵は大変だ。統率を取るのも大変だし、しかも隣国に侵攻している。補給線も長い。

 こちらの救援部隊も近づいてきている。もちろん、フランツェン辺境伯はそれも考慮しているだろう。


「……ねえ、先遣隊の人数ってどれだけかわかる?」


 キトリが不意に尋ねた。通信士が「二百人ほどと聞いていますが……」と回答する。それを聞いた兵たちが、少ないな、とざわめく。

「姉さん、突然どうしたんだ?」

「いや……私が帝国軍なら、無理に要塞を攻略するよりも、救援部隊を狙うなと思って……でも、二百か……」

 催促で来ようと思ったら、限界の人数だ。人数が増えるほど、軍隊としての行軍の時間がかかるようになる。難しいところだ。


「それと……大佐。直接シャルロワ大佐に伝えるようにと言うことで暗号通信なのですが……本日一三〇〇ヒトサンマルマルをもって、派兵プラン、コードG3―4を開始する、とのことです」

「……」


 何やら聞き覚えのある作戦コードである。それもそのはずで、キトリが立てた作戦プランだ。いろいろな作戦計画書を作成して送りつけた自覚はあるが、まさか本当に使用するとは……正気だろうか。

 いや、だが、ドゥメール中将ならやりそうな気がする。キトリは少し考えてから言った。

「……増援部隊が来て、帝国の動きは?」

「北側で攻防が続いていますが、戦線は維持しています」

 戦線が崩れるときは城壁が突破された時だ。ひとまずは大丈夫そうなので、通信士に駆け寄った。時計を確認する。十二時三十七分。


「先遣隊に降下・・地点の変更を通達。レオミュール平原E2地点に降下するように伝えて」

「こ、降下ですか?」


 通信士が挙動不審に尋ねた。キトリは平然と「そうよ」とうなずく。

「見ていればわかるから、とにかく伝えて。それと、クロワゼ大佐に連絡! 至急陸戦部隊を編成して! 戦闘慣れしている魔術師が欲しいわ」

 突然精力的に動き出したキトリに、弟ロジェを含めて少し引き気味である。それでも兵たちはキトリの指示を受けて自分の仕事を全うする。


 戦闘指揮所を出たキトリとロジェは、彼女の無茶ぶりを受けて陸戦部隊を編成していたクロワゼ大佐に遭遇した。広場でのことである。

「司令、すみません。ありがとうございます」

「いや、急だから何事だとは思うが、大佐が本気になってくれたのはありがたいからな」

「……」

 そううそぶくクロワゼ大佐に、キトリは頬が引きつった。笑おうとして失敗したようにも見える。

「……司令、どうしますか。私が指揮を執った方がよろしいでしょうか」

 やはり積極的なキトリに、クロワゼ大佐は少し目を見開いた後、言った。

「……挟み撃ちにするのだろう。大佐の作戦プランは頭に入れてあるが……」

 クロワゼ大佐はキトリを見る。わざわざ彼女がそんなことを言いだすということは、と考え込んでいるようにも見えた。


「中でしたいことがあるということだな。良かろう。どちらにしろ、私にはたくらみ事よりも戦場で腕を振るう方が向いているからな」


 今こそ最前線から離れたレオミュールで基地司令などしているが、クロワゼ大佐もかつては隊を率いて戦った身だ。

「……いえ。大佐に戦線へ出ろ、とはさすがに言いませんが」

 まさか自分で行くつもりか、とキトリは彼をうかがう。短く笑ったクロワゼ大佐を見て、そのつもりだったらしい、と息をついた。

「何。自分だけ安全な場所にいるというのも性に合わん。大佐にはわかるだろう?」

「……」

 確かに理解できる感情ではあるので、キトリは視線を逸らした。クロワゼ大佐はそんな彼女を見て笑った。

「それに、万が一があっても背後に君が控えているからな」

「……やめてください。そういうの……」

 顔をゆがめたキトリに、クロワゼ大佐は「すまん」と彼女の頭を軽くたたいた。ここでキトリの機嫌を損ねれば、レオミュールは落ちるかもしれない。不本意だろうが、キトリの機嫌を取らねばならない。


「一三〇〇に開始でいいかな」


 あと十分程度しかない。キトリはうなずいた。

「できれば。多少前後しても構いませんが……城壁上からも援護させます」

「むしろ城壁から飛び降りてもいいかもしれないな」

「司令、どうして時々そうアグレッシブなんですか。確かに城門を開けるのは不安がありますが……」

 門を開けた瞬間に魔法をうちこまれる可能性だってある。一応対策は練ってあるが、それを越えてくる可能性だってなくはない。

「よし、では互いに検討を祈ろう」

「……戦果を期待しております……あ、アレクは連れて行ってもいいですか」

 志願者の中にアレクシがいるのを見つけ、キトリは言った。アレクシが顔をしかめる。ロジェやほかの兵士が顔をしかめる。キトリが私情を挟んだと思ったのだろう。


「彼の氷魔法に用があるだけよ。戦場に私情を持ちこんだら死ぬ。それくらいわかっているわ」


 伊達に七年も戦場を転々としていない。キトリはどちらかと言うと、戦争に関しては合理主義者だ。たぶん、きっと、キトリは必要があれば愛する人でも排除することができる。そうならないように努力はするが。

 クロワゼ大佐たちを見送ることはせず、キトリはロジェとアレクシ、他に二人兵士を連れて街中に向かっていた。人に頼んでも良いが、結局のところキトリが動くのが一番速い。


「なあ、キトリ! どうして俺を連れて来たんだ」


 部隊編成から外れたアレクシは、それでも文句は言わずについてきてくれていた。キトリは走りながら答える。

「どんなに強固な要塞であっても、内側からの攻撃には弱いものなのよ」

「……確かに、姉さんは最初から内通者を疑っていたな」

 ロジェが思い出したように言うので、キトリは肩をすくめた。その通りだ。キトリならそれくらいの手は打っておく。内通者を使わずに済めばそれはそれでよい。使えば落ちるのであれば使う。

「だけどそれは、アレクを連れてきた理由にはならないだろ」

「鋭いわねぇ」

 クロワゼ大佐がいれば、さすがはキトリの弟、と言うところであるが、ここにはそんなことを言う人物はいない。

「昔から、この方法は使われるわね。そして、魔法を使わないと沈静化は難しいわよね。火攻めと言うのは」









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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