【31】
再度攻撃があることはわかっていたが、また一点集中方式で来たようだ。昨日、それで保護魔法を破ることができたからだろう。もちろん、こちらもただやられているだけではない。ひとまず第一波攻撃については保った。
しかし、相手も通じないことは想定の範囲内だろう。なら、次はどんな手で来るだろうか? おそらく、物理的に破壊を試みるだろう。魔法ははじかれるのだから。
見張り塔に上ったキトリは、双眼鏡で戦場を見下ろした。帝国軍を見渡す。
「……いた」
一人、司令官とわかる人物がいた。いや、この場所からだとさすがに階級章までは見えないが、周囲に指示を出しているようで、馬上にいても姿に気品がある。高位の貴族であるためだろう。
「ロジェ、あそこにいるのがフランツェン辺境伯。少し離れた、周囲を兵士で囲まれている人ね」
「ああ、うん」
隣で同じく双眼鏡を覗き込んでいたロジェがうなずいた。
「その手前がおそらく小隊長。階級は見えないけど、このクラスの派兵団なら、少佐前後でしょうね。ちなみに、辺境伯は少将よ」
「な、なるほど」
隣で軍事的な解説を行う姉に、ロジェはちょっと引き気味だった。そんな弟に、キトリは尋ねる。
「……今更ではあるけど、いいの? 必ずしもあてる必要はないけど、撃てば戻れなくなるわ」
彼は、戦場でやつれていくキトリを見ている。人殺しの意識にさいなまれて、食事ものどを通らず、眠れなくなる。そんな軍人は、キトリだけではない。初めて人を殺して吐くものもいるし、泣き叫び病院から出られなくなる者だっている。
そして何より、もう戻ってこられなくなる。キトリが結局、戦場に戻るしかない、と覚悟したように。
しかし、この質問は卑怯だ。もう彼らは巻き込まれている。魔術師は準軍人。目の前で戦いが起こっている以上、参加せざるを得ない。すでにリアーヌやヴァレリーなど、多くの魔術師が戦闘に参加している。ロジェだけ逃げ出すことはできない。
だが、キトリはどうしても聞きたかった。リアーヌたちとは違う。彼は明確に個人を狙って狙撃してもらわなければならない。
キトリは朝っぱらから射撃の腕に覚えのある軍人から魔術師までを集めて狙撃訓練をしてもらった。一番腕のいい者にフランツェン辺境伯を狙撃させようとしたのだ。そして、一番腕が良かったのがまさかの弟だったわけである。
もちろん、見張り塔から帝国軍司令官がいる位置まではかなりの距離がある。当たらない公算の方が高い。それでもいい。こちらに狙撃手がいる、狙われている、と思わせることの方が大切だからだ。
「覚悟はしているつもりだが……正直、良くわからない。だが、ここでやらなかったら、僕は後悔すると思う。姉さんが僕を守ろうとしてくれたように、僕も姉さんたちを守りたい。……その力があるのなら」
「……」
キトリはぎゅっとロジェを抱きしめた。いつの間にか、自分より大きくなった弟。すっかり頼もしくなった。……本当は、こんなことはさせたくない。
だが、いつまでも現実逃避している場合ではない。キトリは双眼鏡をのぞき、ロジェは狙撃銃を構えた。
「その狙撃銃はM3エルミート。一代古い狙撃銃だけど、現在最新式の八発連射のものより有効射程も威力も精密度も上よ。ただし、単発式のボルトアクション。と言うわけで、装填するより銃自体を変えたほうがいいと思って、六挺用意してみました」
「……頭のいい人が考えることはわからん」
ロジェは実の姉に向かって顔をしかめて見せた。キトリはぺしりとその頭をたたく。
「目をそらさないの。その方が早いんだから、仕方がないでしょ。あなたは大変だけど、私が撃つわけじゃないし」
「……」
なかなか暴君な発言に、ロジェは「ああ、そう」とばかりに苦笑した。まあ、キトリも弟が相手なので対応がいい加減になっている自覚はある。やっぱりちょっと落ち着く。
「この城塞は保護魔法でおおわれているわ。内側から外側へは通過できるけど、威力がそがれることは間違いないわ。ガラスを一枚隔てていると思いなさい」
「……難易度が上がっているな」
「そういうこと。だから当てなくてもいいと言っているでしょう? 向こうから貫通してくる可能性もあるけど、まあ私の絶対防御があるから大丈夫よ」
たぶんね。波状攻撃に弱いが、一発くらいなら防げる。たぶん。
「まあ、いざと言う時は私と一緒に倒れてね」
「盾になるから撃てって言われるよりましだけど、大概ネガティブだな」
そんな気の抜けるような会話をしてから、キトリは一度深呼吸をした。双眼鏡を覗き込む。
「第一射、小隊長。自分のタイミングで、当てなくてもいい。当たらなくても次に行くわよ」
「了解……」
さすがに緊張気味に強張った声で、ロジェは応えた。銃弾が放たれる。直撃した。キトリは着弾を確認したが、ロジェはその前に狙撃銃を持ちかえていた。それでよい。
「いいわね? 次は右に五百メートル。伝令係」
「……」
ロジェはもう答えなかった。ただ、キトリの指示通りに銃弾を放つ。今度は外れた。
「次、最後よ。……フランツェン辺境伯」
三人目だが、狙撃地点を知られている以上、限界が三人だ。実際に、フランツェン辺境伯は狙撃されていることに気付き、兵を引こうとしている。
兵に指示を出すその姿に向けて、ロジェが引き金を引いた。フランツェン辺境伯の手前にいた兵に当たった。ロジェが狙撃銃を下ろす。
「今回はここまでね。ありがとう、ロジェ」
「……うん」
さすがに威勢の良かったロジェも返事が小さくなる。キトリは膝をついているので自分より下にある弟の頭をぐりぐりとなでた。ロジェが「子ども扱いするなよ」と唇をとがらせながら立ち上がる。遠目に、撤退していく帝国軍が見えた。
ふと、フランツェン辺境伯がこちらを見た。目があった、気がした。
もちろんそんなはずはない。距離が遠すぎる。気のせいだ。
「……僕、姉さんが笑えない理由、わかった気がする」
ロジェがぽつりとそんなことを言った。塔を降りる途中だった。笑えなくなる姉とは違い、弟の方は苦笑を浮かべていたが。
「まあ、僕は表面を撫でたぐらいしか理解してないんだろうけど……」
「……優しいわね、ロジェ」
前を歩く都合上、少し下になっている弟の頭を撫でようとしたが、抱えている銃が崩れてきそうだったのでやめだ。
「姉さん。レオミュールって、共和国軍が到着するまで、持つ?」
「どうかしら」
キトリがいなければ、すでにフランツェン辺境伯が攻略している気もする。少なくとも、フランツェン辺境伯はこちらに自分の戦術を対処できる人間がいることをわかって行動している。ゆえに慎重になる。
と言う状況にあっても、外に出て罠が仕掛けられないのが痛い。おかげで、こっちも帝国の罠に引っかからないけど。
キトリとロジェはゆっくりしていたつもりはないが、伝令が駆け寄ってきたのを見て自分たちはゆっくりしていたのだろうか、と思ってしまった。
「た、大佐! どこからか帝国軍の援軍が現れました! その数二千!」
キトリは何度か瞬きをし、実の弟すら呆れるのんびりとした口調で言った。
「おや。それは一大事」
ここまでおよみいただき、ありがとうございます。
しんどい。




