【28】
爆破音が聞こえ、キトリは始まったな、と首をめぐらせた。キトリは帝国軍が最初に進軍してくるであろうレオミュールの北側、つまり、裏門に位置する場所ではなく、南側、正面に位置する場所にいた。裏には陸軍基地所属の中佐が指揮を執る部隊がいる。クロワゼ大佐は、司令部で待機中である。
「大佐! 作戦通り、背後の敵は受け流しました」
伝令からの報告に、キトリはうなずく。
「では、作戦をフェイズB1に移行。こちらが攻められるわよ」
「はい!」
若干謎な言葉がキトリから吐かれたが、軍人たちは疑う様子もなく返事をした。こういう時、キトリは言いようもない苦しい感覚に陥る。彼らは、キトリなら自分たちを勝利に導くと信じているのだ。確かに結果だけ見れば勝っているかもしれないが、そこに行きつくまでに多くの犠牲を払っているのに。
「近づいてきます! 大佐!」
キトリも双眼鏡をのぞいたが、思ったよりも人数が多い。背面の攻撃をすり抜けてきた人数が多かったらしい。城壁を回り込むと、かなりの距離があるが、魔法を使い加速すれば、迅速に移動することはできなくはない。
「大佐! 攻撃を!」
キトリは返事をしなかった。ちなみに、このレオミュールにおける軍事的な最高階級は大佐。つまり、クロワゼ大佐に続き、キトリは最高階級者になるということだ。軍において上の命令は絶対である。つまり、彼らはキトリが「よし」と言うまで攻撃できない。
キトリは目算で距離を測る。比較的戦闘状況に落ち着いている魔術師たちを見て、彼女は言った。
「遠隔攻撃魔法、用意」
キトリが落ち着き払って言った。キトリはすっと手を上げると同じようにすっと下ろした。
「放て」
静かな声だったが、魔術師たちはいっせいに魔法を放った。キトリの絶対防御ではないが、魔法障壁が攻撃を阻んでいるのが見える。
「第二撃、用意」
今度は火器である。大砲から銃までを集めたものだ。リアーヌの作った魔法銃は魔法攻撃の方に入っている。
遠隔攻撃魔法を潜り抜けた一団が迫ってくる。キトリは即座に命じた。
「撃て」
相変わらず静かな声だ。爆音にも等しい銃撃音や爆発音が周囲を支配する。攻撃の様子を双眼鏡でのぞきながら、キトリは『接近戦を行う陸戦部隊が欲しいな』と思った。
と、保護魔法を突き抜け、キトリは狙撃された。警戒していたので、絶対防御に阻まれたが、城壁の外からの狙撃だった。
「大佐! 大丈夫ですか!?」
「平気よ」
キトリと共に観測を担っていた軍人が尋ねるのに、キトリは素っ気なく答える。ここでキトリに倒れられては、とあわてる軍人たちとは裏腹に、彼女はやはりか、と落ち着き払って考えていた。
通常、城攻めは難しい。いや、レオミュールは城ではないが、似たようなものだ。三倍の兵力で臨まなければならないとも、十倍の兵力がいるともいう。
しかし、さすがにそんなにすぐに兵力を用意できない。なら、帝国軍は籠城軍の頭――この場合はキトリ――を狙ってくるはずだと考えた。つまり、キトリ自身をおとりにしていたのだ。止められるので、誰にも言っていないが。
兵力を用意できないのであれば、その間に決着をつけるべきである。すぐさま退路を閉ざせば、追い詰められたのはキトリたちではなく帝国軍側になる。
しかし、こちら側は守備で手いっぱいだ。トンネルをつぶすのに手を割けば、城塞の守りがおろそかになる。それは避けたいキトリだった。
そういう意味での『陸戦戦力が欲しい』と言うことである。今は無人魔法攻撃機がこれ以上トンネルから帝国軍が出てこないように攻撃を放っているが、これの攻撃パターンには法則があるし、破壊するのもそう難しくない。それでも、しばらくは持つだろう。後手に回っており、気持ち悪い。
「大佐! 北部の部隊から、帝国軍の後続部隊の攻撃を受けていると!」
「フェイズD3に移行して。こちらも……」
攻撃を次に移行しようとして、キトリは不自然なことに気付いた。保護魔法に護られた城壁は、外からの魔法攻撃に揺れている。その振動が、一定なのだ。もう少し振れ幅があってもいいと思うのだが……。
不意に、キトリは目を見開いた。
「ヴァレリー! 魔法障壁! 早く!」
「え?」
ヴァレリーが首をかしげる。反応としては普通だ。保護魔法を展開しているのに、魔法障壁を展開する必要性が見受けられないのだろう。
反応が鈍い魔術師たちに対し、軍人たちの反応は迅速だった。魔法を使える軍人が即座に魔法障壁を展開した。
間一髪。キトリたちが乗っている城壁が揺れた。一点集中的に攻撃魔法と火力攻撃を加えられ、保護魔法がついに破れ、城壁を切り崩しにかかったのだ。さすがに一撃では壊れないため、すぐに魔法陣を組み込み、城壁を支える。
「ほ、保護魔法を……!」
魔術師の一人が動揺気味に言った。キトリはそれを止める。
「今から保護魔法をかけ直すのでは間に合わないわ。このまま魔法障壁を維持して。攻撃も永遠には続かないわ。あと十分程度で限界が来るでしょう」
冷静に言ってのけるキトリの言葉に、魔術師たちは今度は素直に従った。その方が良い、と判断してくれたのならこちらとしてもやりやすい。
そして、キトリの言葉は事実だった。正確には十分を少し超えていたかもしれないが、次第に攻撃がやんでいく。キトリはあらかじめ用意させていた振動魔法をお見舞いし、さらに銃撃や大砲で応戦した。さすがに分が悪いと判断したのだろう。帝国軍が引いて行く。
キトリは用心深く退却の様子を見守る。もう安心だろうという距離まで離れたところで、キトリは観測員の一人に声をかけられた。
「大佐。敵の司令官が判明しました」
「誰?」
「帝国軍第三陸上特殊旅団将軍エアハルト・フランツェン辺境伯です」
「……あら」
意外な名前にキトリは少し驚く。いや、意外でもないのかもしれない。あの撤退の速さも、彼が指揮官なら納得がいく。
「帝国軍は戦闘区域外まで下がったようです」
「わかったわ。戦闘配備を解除。悪いけど、見張りは残ってね。それと、壊された城壁と保護魔法の修復をお願い。手配は後方支援担当に任せるわ」
キトリは矢継ぎ早に指示を出すと、城壁から降りた。彼女の反射神経の鈍さを知っている者たちは、その身軽な動作に少々驚いたようだ。キトリだって一応元軍人。これくらいの運動能力はある。
キトリの周囲に報告のため、軍人たちが寄ってくる。
「帝国軍はここから見て南西に陣を構える用意をしています」
「北側の帝国軍も合流したようですね」
「大佐。先ほどの戦闘で取れたデータなのですが……」
報告は聞けども、実は決定権のないキトリである。ある程度自由裁量が認められているので、城壁の修復や城塞の防衛に関する指示を出してから、キトリは司令部の置かれた魔法研究所へと戻った。
「ご苦労、大佐。さすがの采配だったな」
ねぎらうクロワゼ大佐に、キトリは首を左右に振った。
「いえ。大きな被害を出さないように食い止めるのが精いっぱいでした」
まだ損害率は計算中であるが、高くはないだろう。そこからまた、軍を再編する必要がある。久々の本格的な戦闘は、キトリを疲れさせた。
「……確かに、思ったより勢いがあったな。トンネルを掘ってきたわけだから、もう少し勢いが弱いと思ったんだが」
「ええまあ……統率が取れていましたね。指揮官はエアハルト・フランツェン辺境伯だそうです」
「ああ……」
納得したように、クロワゼ大佐はうなずいた。魔術師側の代表として司令部までついてきたヴァレリーが首をかしげる。
「さっきも知っているふうだったが、知り合いか?」
知り合いと言うか、有名人である。
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