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【27】










 キトリは、籠城戦はあまり好きではない。できなくはないが、被害に対して効果が少ないのだ。そもそも、キトリの心情としては、籠城する前にその場を放棄し、逃げる。キトリは軍の頭脳であるので、その判断が尊重された。

 だが、今はそんな事を言っていられない。三千人近くの民間人と素人魔術師を抱えた彼女らは、レオミュールの堅牢な城壁の中に身を隠すしかなかった。


「一応、本部が増援を送ってくれるそうだ。だが、先遣隊でも到着に三日かかる」


 増援部隊全てが到着するには、六日はかかるだろう。レオミュールは鉄道で首都から丸一日程度の場所にあるが、出発するまでに約一日近くを要するので、どれだけ早くても三日近くはかかってしまう。

 こちらも、できるだけ物資と補給線を整えなければならない。事前準備がなければ、戦えるものも戦えない。久々に腕を通した濃い青の軍服を着て、魔法研究所で采配を振るっていたキトリは、クロワゼ大佐とブレーズが集まったところで口を開いた。


「少し、違和感を覚えます」

「違和感? 私はお前に違和感しかないが」


 ブレーズのまぜっかえしたような返答はスルーし、キトリは言った。

「初動が遅すぎます。……いえ、私も権限がないからと精力的に動かなかったのですが……」

 キトリは出向、預かられている身だ。レオミュールの基地とはかかわりがないので、どこまで手を出していいのかわからなかった。しかし、こうなるならもっと強引に進めればよかった。

「私の上官が動いていれば、すでに先遣隊がレオミュールに到着しているはずです」

「ああ……ドゥメール中将ならやりそう」

 クロワゼ大佐が苦笑を浮かべた。キトリの上官に、何か苦い思い出でもあるのかもしれない。

「何らかの事体で、動けないんじゃないか? ほら、前線にいるとか」

 ブレーズがもっともな意見を言ったが、キトリは首を左右に振る。


「いえ。私がこちらに来てから、部隊は最前線を退いているはずです。特に、中将は中央に詰めていることが多くなったはず。何より、私がいるのに、放っておくはずが……」


 自意識過剰なセリフを吐いたところで、キトリは「ん?」と気が付いた。目を見開く。

「お、押し付けられた……!」

「は?」

 クロワゼ大佐とブレーズが同時に疑問符を浮かべる。キトリはいつもよりは激しい、しかし、やはりおっとりした口調で言った。

「中将は、私に時間稼ぎをさせるつもりなんだわ……! と言うことは、先遣隊は想定より早く到着するわね。首都でアルベールが動いているんだわ」

「……」

 訳が分からない様子で、大人の男二人は顔を見合わせた。ブレーズが真剣な表情で言った。


「キトリ。頼むから、私たちにもわかる言葉で話してくれ」


 その懇願にキトリは目をしばたたかせる。それから首をかしげた。

「とりあえず、何となく研究所に集まっていますけど、司令部はどこに置きますか? 司令部と戦闘指揮所を別々に置く方法もありますが」

 司令部は後方に置かれる各部署の長が集まるような場所だ。例えば、未だとこの所長室が司令部にあたるだろう。戦闘指揮所は前線の司令部とでも言えばいいのだろうか。作戦方針は司令部が立てるが、実際の戦闘における指示は戦闘指揮所が行う。

「どうする、所長」

「……緊急時なので、お好きにどうぞ」

「では、司令部は研究所に置かせてもらおう。戦闘指揮所は基地だ」

「了解です。すぐに部隊編成を行ってください。作戦は追って通達します」

「頼む」

 軍人二人の間でサクサク話が進んでいく。クロワゼ大佐が部隊を整えている間に、キトリはブレーズに頼んだ。


「研究所内の管理職を全員集めてください」

「……」


 普段ののんびり具合からは想像もできないほどてきぱきと指示を出してくるキトリに、ブレーズは逆らわないことにしたようだ。


 研究所内の管理職と言うと、各研究室の室長や次長が集まることになる。つまり、それなりの人数だ。しかし、準軍人である彼らの協力が、現状では確実に必要である。そして時間がない。

「先にも通達しましたが、現在、帝国軍が文字通り山中を掘って進んでおり、あと二時間ほどでレオミュール外壁に到達する見込みです」

 時間がないのでキトリはいきなり本題を話しはじめた。話は聞いていただろうが、室長・次長たちがざわつく。

「当初予定していた避難計画は間に合いません。よって、このレオミュールの城壁をすべて閉じ、籠城する選択肢しかありません。首都から増援部隊が向かっており、二日以内に先遣隊が到着する予定ではありますが、少なくとも、二時間後に控えた襲撃を乗り切る必要があります」

 幸い、レオミュールは城塞都市。堅牢だ。運用次第では何とかなる。……たぶん。

「まず、司令部をこの研究所に置きます。実際の戦闘命令は陸軍基地から。皆さんには、戦闘に関わる火力運用について、協力いただきたいと思います」

 いつもおっとりした統括管理官の言葉に、こいつ、本当に軍人だったんだな、と周囲がざわめく。


 魔術師は準軍人である。そのために、兵役がない。つまり、軍からの要請を断ることができない。

「しかし、我々は特に兵器を作っているわけではないぞ?」

 室長の一人がそう言ったが、キトリは平然としたものだ。

「魔法研究の中には、軍事転用できるものが多くあります。しかし、まず初めに必要なことは、城塞の保護魔法を強化し、敵の侵入を防ぐことです。つきましては、各研究室から保護魔法、防御魔法を使える魔術師を貸してください。それと、後方支援のできる、遠隔攻撃魔法を使える魔術師も選出していただけると」

 キトリは魔術師を前に出すつもりはない。正規の軍人としての教育を受けていない彼らは、実際に戦場に出ると動けなくなってしまうことが多い。いくら守勢は攻勢よりも易いとはいえ、多くの非戦闘員を抱えるこちらが増援到着まで街を守り切るには、戦闘員たちに指示に従って整然と動いてもらうしかないのだ。

「詳しい作戦プランは?」

 リアーヌが手をあげて尋ねた。キトリが応じる。


「現在、帝国軍は穴を掘り終え、後は出口側を吹き飛ばすだけになっているはずです。そこで止まっているのは、後発隊を待っているからでしょう。確認できるだけで、二千人近い人数がこちらに向かっています」

「レオミュール基地の駐留人数は千二十一人。さらに魔術師を合わせても千五百人、と言ったところだ」


 クロワゼ大佐が戦力差を読み上げる。こうしてみると、対して差がなく見えるが、レオミュール側には軍人ではない魔術師が五百人近く混じっているので、実際の戦力比一対二と言ったところだろう。

 籠城している軍を、倍の戦力で落とすことは難しいとはいえ、魔術師と言う存在は戦争のパワーバランスを崩すには十分な存在だ。

「……別に我々が、あちらが襲ってくるのを待っている必要はありません。とはいえ、今更穴を掘るのを止めることも不可能です」

 準備をしている間に、先にあちらが用意を整えてしまうだろう。なら、こちらは別のことをするまでだ。キトリは魔法道具を机に置き、宙に映像を投影する。

「まず、レオミュールの城壁をすべて閉じる。で、帝国軍がいるのはこの辺り。航空戦力は、今のところ確認できない」

 さらに隣に地形図を開いたが、すでに室長・次長たちはぽかんとしている。ので、簡潔に説明することにした。


「私が帝国軍なら、人数がそろったところでトンネルの出口を爆破し、混乱に乗じて軍隊を展開します」


 出口のトンネルは、いくつか用意しているかもしれない。やっぱり、そのすべてをふさぐのは不可能なように思える。

 城門が開いていれば、そこから侵入すればよい。開いていなければ……爆破するか、どこかから侵入するしかない。

 自分が帝国軍の侵攻部隊であったら、どうしただろうか。レオミュール側が何も知らず、城門を開けっ放しにしていればラッキー。しかし、そうはならないだろうことは、帝国も理解しているだろう。


 だとしたら、城壁を壊すか、どこかから侵入するか……もしくは、敵側に開けさせるしかない。


 本当なら、開けさせるのが面倒がない。城壁にも魔法がかかっており、壊すのは困難だからだ。しかし、内部からの手引きが必要なこの方法は、実行までに時間がかかる。

 だったら、彼らはどう出て、自分たちはどう対処すべきか?

「……こうしましょう」










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


これ、こんな話だったかなぁ。


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