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【26】









 しばらく沈黙した男性陣だが、すぐに復活した。


「なるほど。確かにそれなら、つじつまが合いますね」

「しかし、アルカン山脈は魔法石の影響で、魔法を使って掘ることができないんだぞ」


 感心したクロワゼ大佐に対し、ブレーズは魔術師としての視点から反論した。どちらの視点も組み入れているキトリは、首を左右に振った。


「いいえ、所長。既存の魔法では、と言うことです。状況的に、山の中を掘ってトンネルを作っているというのが一番しっくりきます。所長の言う通説は、十年以上前の研究結果です。その十年の間に、いくつもの新しい魔法が生み出されました。アルカン山脈を掘るための魔法が出来ていても不思議ではありません」


 何しろ、戦争と言うのは技術の進歩を促す。魔法もそれは同じだった。ファルギエールではできなくても、帝国ではできるのかもしれないし。

「待て、お前の中では帝国がトンネルを掘っていることになっているのか?」

「いや、方向的に、どう考えてもそうでしょう」

 ブレーズのツッコミに、冷静に返答するキトリである。彼女の言うとおり、帝国側から穴が掘られていると考えるのが妥当だ。

「……つまり、侵略に来たのか……」

「まだ決まったわけではありませんが、対策は取っておいた方がよさそうですね」

 ブレーズがげんなりとして言うと、クロワゼ大佐は困ったように眉をひそめてうなった。

「私が着任してから、初めての珍事です」

「まあ、場所的に外部から攻め込める場所ではないですからね」

 キトリは苦笑した。彼女の言うとおりになるとは限らないが、対策は立てておくに越したことは無いだろう。


 キトリはもちろん、この対策はクロワゼ大佐が行うものだと思っていた。しかし、彼は思いがけないことを言う。


「シャルロワ大佐。相談なのだが、参謀として作戦を立ててくれないか」

「……はあ。いえ、レオミュール基地の司令官はクロワゼ大佐です。作戦を立てるのは構いませんが、同格者が二人いるのは混乱を招きます。……指揮はあくまでクロワゼ大佐が取ってくださるのですよね?」


 キトリが尋ねると、クロワゼ大佐は「ん!?」と口元をゆがめた。

「……そうですね……参考までに、シャルロワ大佐は隊の指揮経験もありますよね」

「それはもちろん、ありますが……」

 むしろ、最前線にいて、しかも大佐まで出世しているのに指揮を執ったことがない方がおかしい。立場的に、キトリは参謀の域を出ないが、臨時的に指揮官となったことは何度かある。


「では、ある程度あなたにお任せしてよろしいわけだ」


 楽しげにクロワゼ大佐は言うが。

「それは……ちょっと」

「もちろん、あくまで私が総指揮官です。お力をお貸しください」

 クロワゼ大佐がそう言ったので、キトリはひとまずうなずいた。キトリは参謀の立場を貫くことにする。


「さて。穴を掘っているのは帝国軍だとして……何が知りたい?」


 クロワゼ大佐に尋ねられ、キトリは少し考えてから言った。


「まず、レオミュール基地の総戦力と実働可能戦力を教えてください。それと、穴を掘っている集団の移動速度と規模、おおよそのトンネルの長さも算出していただけると助かります。戦力については、武装と魔術師の一覧、物資の一覧もあるといいですね」

「わかった。他にも必要なものがあれば、可能な範囲でそろえよう」

「ありがとうございます。それと、場合によっては研究所の魔術師たちにも動いてもらうことになりそうですが」


 キトリがわれ関せずとばかりに話を聞いていたブレーズに話を振ると、彼は目を見開いた。

「いや……まあ、確かに魔術師は準軍人だが! 対して役に立てるとは思えないんだが……」

「別に、戦線へ出て戦えとは言ってませんよ」

 さすがにキトリもそんなことは言わない。しかし、保護魔法などで、協力してほしいことはいろいろある。

「一応、首都の本部にも連絡を入れておこう。有事の際には頼む」

「……わかりました」

 仕方がない。まだ本当に帝国軍であると決まったわけではないし、実際に帝国軍であっても、戦わずに逃げればよい。この時のキトリは、そう思っていた。


「シャルロワ大佐。悪い知らせととても悪い知らせの二つがある。どちらを先に聞きたい?」

「なんですか、その選択肢……」

 二日後、再びやってきたクロワゼ大佐のあげた選択肢に、キトリは思わずツッコミを入れた。今日も所長室で、ブレーズも一緒だ。

 ひとまず、悪い知らせから聞くことにした。

「まず間違いなく、山の中を帝国軍が進んできている。数は五百人ほどだが、後発隊がいるだろう。後三日ほどで、街の北側に出るだろうなぁ」

「そうですか……」

 確かに悪い知らせだ。しかも、クロワゼ大佐は、さりげなく帝国側の動きも探ってくれたようだった。そして、それよりも悪い知らせとは?


「このことを総参謀本部に伝えた。レオミュールを放棄することはまかりならんそうだ」

「……」


 たいてい穏やかな表情であるキトリの顔が厳しくなった。目が細められ、唇が引き結ばれる。


 キトリは、クロワゼ大佐に、余裕があるのなら、レオミュールを放棄して逃げたほうが良い、と提案していた。民間人が多いので、クロワゼ大佐もそれに同意していた。

 だが、お上は『逃げるな』と言う。民間人を逃がしてしまいたいだけなのだが……。


「レオミュールは強固な砦だ。民間人を抱えているのなら、籠城した方が得策である、と言うことらしい」

「……」


 これ、怒ってもいいだろうか。確かに、民間人を安全に隣の基地がある街まで送り届けるには、基地に配置される軍人の半数を割かなければならないだろう。しかし、基本的に守勢側は攻勢側より有利だ。


「……シャルロワ大佐。穏やかな君が、本部長を刺殺しそうな顔をしているよ」


 クロワゼ大佐に突っ込まれたが、心情的にはまさにそんな感じだった。つまり、敵が攻めてくるとわかっているのに、人々を逃がしてやれないということだ。

「……しかし、方法は無くはありません。避難の準備はしていました。なら、軍人ではなく、魔術師を護衛に使えばいいだけです」

「……お前すごいこと言うなぁ」

 ブレーズはそう言いながら、拒否している場合ではないとわかっているのだろう。手はずを整えようと、通信機を手に取る。

 キトリを含む軍人は、総参謀本部、ひいては軍務省の命令に従わねばならない。しかし、レオミュール魔法研究所自体は魔法省の管轄下だ。命令系統が違うのである。


「今ならまだ命令は総参謀本部からのみです。魔法省から指令が出るのは時間の問題ですが、今ならば魔術師たちが民間人を連れて出ても、違反とはなりません」


 だから、魔術師たちに動いてもらおうと手はずを整え始めた矢先、キトリたちの元へさらなる凶報が飛び込んできた。


「クロワゼ司令……シャルロワ主任参謀……彼らは速度を増して進んでいます。あと四時間ほどで、レオミュールに到達するでしょう」


 観測員の言葉に、キトリは思わず息を吐いた。

「町の住民をすべて避難させるのは無理ね……」

 何故そんなことに、などと無駄なことは言わず、キトリは現状からわかることをクロワゼ大佐に告げた。クロワゼ大佐はあきらめきれないようで尋ねる。

「町の外には出られるんじゃないか?」

「ええ、おそらくは。しかし、整然とした軍隊の行軍ではないのですよ。一般市民と、従軍経験のない魔術師たちの集まりです。帝国軍が攻めてくれば、逃げ切れません。人質を取られれば私たちには打つ手がなくなります」

 もっと早くに避難勧告を出すべきであった。後悔はあるが、過去を悔やんでもどうしようもない。


「では、籠城するしかないのか」

「……」


 それは、そうなって、しまうだろう。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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