【25】
あけましておめでとうございます。
久々の再開です!
去年の間に再開できなかった・・・。
最終章になる、です。よろしくお願いします。
以前、キトリがアレクシとフィヨンに行ったときに説明したが、レオミュールには陸軍基地がある。その基地の観測班が、妙な魔法波動を計測した。
「なあ、これ……」
「ん? なんだあ……? これ、山の中だよな」
「やっぱりそう見えるよな……」
計測器の前で、当番の軍人たちが顔をしかめる。レオミュールは北と東を山に囲まれている。南西側は平野であるが、それ故に攻めてくればすぐにわかる。そんな土地なのだ。
なので、敵が攻めてくるのならこの南西側。峻厳な山である北東の山々は、魔法をもってしても人間を越えさせることはない。
だが、その山から魔法を使っている波動を感知したのだまったく訳が分からない。困った観測員たちは、ひとまず上官に相談することにした。その上司も、「そんなはずあるか」と鼻で笑ったが、実際に計測器を見て眉をひそめた。
「……壊れているわけではないよな?」
「当然です……」
整備は怠っていない。つまり、この観測は事実を示している。
「……司令に相談しよう」
上官はそう答え、基地司令官の元へ向かった。
△
レオミュール魔法研究所の談話室には、おいしそうな甘い香りが漂っていた。ガトーショコラだ。ホールを八等分しており、そのうち一つにフォークを入れてほおばったロジェは目を細めた。
「父さんの味だ」
「父さんのレシピだもの。でも、父さんほどうまくできないわね」
キトリは自分で作ったガトーショコラを食べながら少し顔をしかめた。そう。これはキトリが作ったのである。
男であるロジェはあまり興味を示さなかったが、女であるキトリは、パティシエである父の作業に興味を持った。母の翻訳作業にも興味を持っていたから、好奇心が旺盛だったのだろう。
父は喜んで娘にいろいろなお菓子の作り方を教えた。そのうち一つがガトーショコラである。
「十分おいしいと思うけど」
そう言ってシャルロワ姉弟に混じっているのはリアーヌである。彼女の夫のヴァレリーも一緒である。
「甘過ぎなくて食べやすいなぁ。お前、パティシエにもなれたんじゃないか」
「そこまでの腕はないわ。趣味よ」
キトリが苦笑して同期に答えた。リアーヌは「これだけ出来たら十分だと思うけどね」と笑う。彼女は家事ができないタイプの人だった。もともと、お嬢様育ちなので仕方がない。ヴァレリーも怪しいものだが、できなければ家政婦を雇えばいいのだ。
「なんかいい匂いがするな」
ひょこっと顔をのぞかせたのはアレクシだった。彼も休憩しに来たらしい。それとも、誰かを探しに来たのかもしれないが。
「ガトーショコラを作ったの。アレクもどう?」
「……では、いただいてもいいか?」
どうぞ、とキトリは座るように促すが、空いている席は二人掛けのソファのキトリの隣と、一人がけのソファ。この状況ならキトリの隣に座ると考えられる。
「姉さん、詰めて」
キトリ側の一人がけのソファに座っていたロジェが立ち上がり、キトリに詰めるように促す。良くわからないまま、キトリは少し移動して場所を開けた。二人掛けのソファにはシャルロワ姉弟が座ることになった。向かい側の二人掛けのソファにはリアーヌとヴァレリーの夫妻。
アレクシは戸惑いつつもキトリが移動した側の一人がけのソファに座った。リアーヌが呆れたようにロジェに言った。
「ロジェ、お前、シスコンも大概にしておけよ」
「うるさい」
キトリはそのやり取りを苦笑しながら眺める。アレクシにガトーショコラをとりわけ、コーヒーを淹れて渡した。
「ありがとう」
「どういたしまして。どうぞ食べて。ついでに感想を聞かせてくれるとうれしいわ」
そう言うと、アレクシは緊張気味にガトーを口元に運んだ。
「あっさりしているのに甘みがあっておいしい……と思うが」
「そう? よかったわ」
キトリが微笑むと、アレクシが「作ったのか?」と尋ねた。キトリはうなずく。
「ええ。この前、ロジェと食べたいねって話をしたのを思い出して」
首都に墓参りに行った時だ。父のガトーショコラが食べたい、という会話だったが、そこまで伝える必要はないだろう。
「それで作るんだな……うまいものだな」
「ありがとう」
キトリがニコリと微笑む。背後でリアーヌが「ロジェ!」と呼んだので、キトリはロジェの方を見た。
「どうかしたの?」
「……別に」
どこかむすっと……すねたように、ロジェは言った。キトリは首をかしげた。リアーヌが苦笑する。
「いいのよ。シスコンこじらせてるだけだから」
「リア、もう少しオブラートに包めよ……」
ヴァレリーがツッコミを入れるが、それで改善するようならとっくの昔に修正されているだろう。その時、所内放送がかかった。
『お呼び出しです。シャルロワ管理官、直ちに所長室までお越しください。繰り返します……』
キトリは目をしばたたかせた。
「……私ね?」
「どう考えてもそうだろう。僕は次長だ」
「……そうね」
弟に突っ込まれ、キトリはうなずいた。彼女は立ち上がる。
「ごめんなさい。ちょっと行ってくるわね」
「行ってらっしゃい」
ひらひらとリアーヌが手を振る。キトリも軽く手をあげて談話室を出た。
キトリが所長室に入ると、そこには思いがけない客人がいた。その人はキトリを見て立ち上がり、敬礼する。
「やあ、シャルロワ大佐」
「クロワゼ司令……お久しぶりです」
キトリも敬礼を返しながら、初老の陸軍軍人を見上げた。クロワゼ大佐は、レオミュール駐屯基地の司令官である。こちらに来たときに一度挨拶に行ったが、それ以降はそれほどかかわりがなかったと思うのだが。
「突然申し訳ない。フィリドール所長に無理を言ってこの場を設けてもらいました」
「そうでしたか……」
階級が同じなので、二人とも礼を失しないように敬語だ。こういう場合、面倒である。同階級の場合は年下の方が年上を敬うものだが、年上の方も敬語を使った方が無難ではある。
「まあ、お二人とも座って」
ブレーズが緊張気味に言った。キトリが「お茶を出しましょうか」と言ったが、いいから座っていろ、と言われた。キトリがやると言ったら、みんなこんな感じだ。
「実は、相談があるのですよ。シャルロワ大佐にも、フィリドール所長にも」
そうクロワゼ大佐は切りだした。キトリはブレーズとちらっと眼を見合わせた。ブレーズが事前に頼んだのだろう。事務員の女性がお茶とお茶菓子を置いて退出していった。
「まず、こちらを見ていただけますか」
クロワゼ大佐が出したのは記録用の魔法道具。空中にデータが表示される。どうやら、レオミュールの北東部に面しているアルカン山脈の観測データのようだ。
「ここを見ていただきたいのですが、何やら魔法波動を観測していると、観測班から報告を受けたのです」
「本当ですね。位置的に、完全に山の中ですが」
ブレーズがうなずいてクロワゼ大佐に同意した。キトリはデータ越しにクロワゼ大佐の顔を見る。
「視覚での確認は行いましたか?」
「ええ。観測用魔法道具をとばし、データを採取しました。さらに、遠隔透視能力者にも確認させましたが、何も異常はありません」
一応、採取したというデータを見せてもらったが、確かに山が映っているだけだった。ますます意味が分からない。キトリは考え込むように唇を指でなぞった。
「……この魔法波動、少しずつ近づいてきていませんか?」
「……ええ。どうしてお分かりに?」
クロワゼ大佐が本気で驚いたようにキトリを見た。自分よりだいぶ年若い同格者に、彼は真剣に意見を求めていた。
「これ、山の中を誰かが魔法で掘っているんじゃないですか?」
当然と言えば当然の指摘に、男性二人は沈黙した。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




