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【22】









 翌日からキトリの元へもボチボチと書類が上がってきた。すべてにチェックをかけ、必要なら自ら出向いて確認する。基本的に事務局から上がってくるものは問題なさそうだ。さすがに、事務仕事に慣れている。問題は、各研究室から上がってくる報告書だった。もっとも、彼女の元へ上がってくる研究室からの報告書はさほど数が多くない。しかし、今回もキトリは不可の文字を書いて報告書を返却した。

 さすがに、ずっと文字とにらめっこしていると疲れてくる。ぐっと伸びをしたキトリの耳にノックの音が届いた。


「どうぞ」


 キトリは執務室を一つもらっている。普段は彼女一人だが、監査資料を作るべくこの時期は、二名の事務員が常駐している。おかげで、今までのようにソファでだらんとくつろいだりできない。まあ、そんなことをしている暇もないが。

 入ってきたのは魔法科学融合研究室の次長だった。キトリの前に報告書を突きつける。それにはキトリの文字て『不可』と書かれた付箋がついていた。


「判断理由を求める!」


 魔術師も研究者も変人が多いというが、彼も例にもれず変人だった。この魔法研究所は比較的常識のある変人の巣窟だった。


「使用用途が不明だわ。数も不明瞭。どれだけ使ったのか、発注票が残っているはずだから確認してみて。そもそも、何にこんな数を使用したの?」


 魔法と科学の融合を目指しているこの研究室では、化学製品などを発注して実験に利用したりするが、その数が多すぎる上に使用用途がわからないのだ。だから、もう少し詳しく書くように差し戻したのである。

「……善処する」

「お願いします」

 すごすごと引き下がって行った彼を見て、少しかわいそうだっただろうか、と思わないでもないが、ここで手を抜いて監査時に痛い思いをするのは自分たちである。

「キトリさん、手際がいいですね」

 事務員の一人に言われ、キトリは肩をすくめる。

「書類仕事なんて、どこに行ってもだいたい同じよね」

 一応、軍でも副官と言う立場にあったキトリは、こうした書類仕事をすることが多かった。それに、彼女の性格上、得意だというのもある。


 監査用の書類も出そろってきたある日である。ブレーズがキトリの元へやってきた。

「なあ、キトリ」

「なんでしょう?」

 ブレーズがいくつかの研究室の書類を見せてきた。報告書様式であるが、ざっとそれに目を通したキトリに、彼は言った。

「ちょっと、自主監査かけてみないか」

「……」

 確かに、報告内容はちょっと怪しかった。


 一つだけ視察を入れるのは不自然なので、全ての研究室を見に行くことにした。ブレーズとキトリと事務長。事務員二人を入れて計五人だ。まず訪れたのは、ブレーズの娘リアーヌがいる魔法工学研究室だ。

「え!? 何!?」

 リアーヌが研究員たちに呼ばれて室長室から出てきた。ブレーズは「見に来たぞ」と簡単に言う。代わりに事務長が言った。

「過去五年分の研究資料を出してください」

 リアーヌの頬がピクリと動いた。

「……自主監査?」

「ああ」

 聡いリアーヌはそれだけで目的に気付いたのだろう。監査官に指摘されるよりも、身内に指摘される方がまだましだ。監査の日まで時間がある。改善することだって不可能ではない……はず。

 五人で研究資料に目を通す。事務員たちは基本的に、魔法研究のことに詳しくない。ブレーズとキトリも、専門外のことは詳しくわからないので研究員を呼びつけて話を聞いたりした。

「ここなのだけど、どうしてこちらは十二回なのに、こっちは十五回なの?」

「え、えっと……」

 キトリより年上の研究員が顔をひくひくさせて答える言葉を探している。キトリはあわてて言った。

「いや、別に何言っても怒らないわよ?」

 身内の緩い監査だ。とにかく話を聞いて、危なそうなところだけ指摘して修正してもらう。いや、今更研究内容を変えることはできないので、注釈をつけてもらっただけだけど。


 次々と調査を入れて、問題の魔法医薬学研究室と魔法生物研究室である。その前に調査に入った応用魔法研究室から、室長のアレクシを連れてきた。


「……俺、忙しいんですけど」


 一応ブレーズと事務長がいるので、アレクシも敬語だった。キトリはアレクシを見上げる。

「アレク。ヴィルパン博士の研究発表、覚えてる?」

「は? ああ……魔法式を有機物に組み込む研究だろう?」

 戸惑いながらもアレクシは答えた。確か、論文が無くなってたよな、と続ける。


 ヴィルパン博士の研究は、応用魔法でもあるが、医学にも転用でき、何より魔法生物にも関連するものだった。軍事転用もできるだろうと言ったのはキトリだ。

「それだけわかってるなら大丈夫だな。行くぞ」

 ブレーズにそう言われ、アレクシはわからないなりについてくる。いい子だ。今度、お茶でも一杯おごろう。


 一人増えて六人で、まずは魔法医薬学研究室に入った。直近の資料から調べ始める。


「キトリ、これ」

 アレクシが本の間に挟まった紙一枚をキトリに見せてきた。それを見てキトリは眉をひそめる。さらにアレクシがブレーズの方へその紙を滑らせる。目を通した彼は、キトリと目を見合わせた。

「あの」

 代表してキトリが声をかける。男どもが嫌がったからだ。

「なんですか、キトリさん」

 室長が愛想よく応えた。キトリは先ほどの紙を室長に見せた。

「この方法、どこから入手したのですか?」

 室長の笑顔が固まり、キトリの持つ紙に手を伸ばしたのでキトリはすっとそれを取られないように取り上げた。室長の顔が引きつる。

「……あまりいじめないでくれませんか」

「答えになっていません」

 キトリはにっこり笑ってそう言った。ブレーズからあまりいじめるな、という指摘が入る。いや、あなたが言えと言ったのでは? ……言ってないな。

「自分たちで考えたんでしょうか?」

「……それは」

 口ごもる室長。まあ、そうです、と断言しないだけ慎重なのだろう。


「この方法はまだファルギエール魔法学会で発表されていません。どこから入手したのか、教えてくださいますよね?」


 学会では発表されたが、それは限られた人数だけに開かれた個人の学会だった。エドガール・ド・ヴィルパンが見つけ出した有機物への魔法陣付与は、まだ世間的にはそう広く知られていないはずだった。このレオミュール魔法研究所では、知っているのはキトリとアレクシだけ。聞いただけの二人では、すぐに実用化することはできない。そして、彼女らが発表されていないものを外に漏らすことは無い。

 ということは、別ルートからこの方法を持ちこんだ人物がいるはずだ。


「わ、私ではありません。これは、魔法生物研究室の次長に情報提供と言う形で教えてもらいました……」


 六人からの視線に耐えられなかったらしい室長が言った。なるほど、とブレーズ。

「君は聞いただけと言うことだ。しかし、その方法が発表されたものであるか、確認を怠ったな。まあ、発表されていれば特許申請がなされているだろうが」

 どちらにしろ、指導が入るということだ。確かめもせず、勝手に利用していたのでキトリたちもかばい立てすることはできない。幸い、本物の監査が来る前に気付いたので、監査官もあまり強引なことはできないだろうが。

「申し訳……ありません。てっきり、すでに確認を終えているものと……」

 室長がうなだれる。ブレーズがその肩をたたいた。

「まあ気持ちはわからないではないが、初めて見るものは自分でも確認を取るべきだな。最近は特許だの著作権だのとうるさいからなぁ……」

 ブレーズがしみじみと言った。今年の学会でも、論文の盗作疑惑が話題になったからだろう。


 魔法医薬学研究室が、ヴィルパン博士の研究を利用して行った研究を抽出する必要があるが、その前に。


「魔法生物研究室へ行こうか」


 ブレーズの言葉に、残り五人もうなずいた。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ううー、ストックがないー。どこかきりのいいところで連載ストップになるかもしれません……。


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