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【21】










 その日、レオミュール魔法研究所の管理職以上の職員は大会議室に集められていた。上座に座す所長のブレーズが、深刻な表情で言った。


「ついに……ついに来てしまった……」


 職員たちの目がブレーズに集中する。うなだれていた彼の目が上がった。


「……監査が入る」

「五年ごとに入るんだから、そりゃあ入るだろうな」


 ツッコミを入れたのは魔法工学研究室長でブレーズの娘のリアーヌだった。歯切れの良い娘のツッコミに、父親が再びうなだれる。


「と言うわけでみんな、研究内容、研究に使用した費用等をまとめて提出するように……管理事務長はこの五年間の間に出た論文と特許、その効果をまとめてキトリに提出してくれ」

「……え、私?」


 統括管理官として出向しているキトリは、あまり関係がないだろうと聞いていたが、とんでもなかった。現在、レオミュール魔法研究所は副所長を置いていないので、事実上キトリがナンバー2だ。


「監査だぞ! 来年の予算も関わってくる……! キトリ、厳しく頼む」


 ブレーズの懇願に、キトリはうなずいた。確かに、ここで予算を切られるのは避けたいだろう。戦中なので、どうしても緊縮財政だろうが。


「うーん、私、監査なんて十年前に受けたきりだわ」


 会議後、ちょっとずれたことを言うキトリである。リアーヌが笑った。

「十年前って言うと、君が魔法研究所に入所してすぐくらいか。受けたことあるだけましだよ。私も五年前に一度きりかな」

「……俺に至っては初めてなんだが……」

 絶望的な口調で言ったのはアレクシだった。そうか。彼はぎりぎり、五年前の監査の後に入ってきたようだ。年若い室長に女性二人は笑う。

「みんな手伝ってくれるから、アレクなら大丈夫」

「ヴァレリー、ちゃんと手伝ってやりなよ」

 キトリとリアーヌは、応用魔法研究室の男性二人にそれぞれ声をかけた。キトリは室長アレクシに、リアーヌは次長ヴァレリー・コンスタン・フィリドールに。


 察せられるかはその人によると思うが、ヴァレリーはリアーヌの夫である。リアーヌはフィリドール家直系の一人娘なので、婿取りなのだ。貴族制度が廃止された今、家名の存続など気にすることではないのかもしれないが、由緒あるフィリドール家は、婿を取ることを選んだのだ。次の当主はリアーヌの予定。最後の大貴族、シャルロット・エメ・フィリドールからして女性なので、フィリドール家では女性が家を継ぐことに抵抗感がないのだ。


 話を戻して。リアーヌの夫ヴァレリーは応用魔法研究室次長である。つまり、室長のアレクシを補佐しなければならないわけだ。彼はアッシュブラウンの髪に青い瞳をした優しげな男性で、冴えわたる美貌ともいうべきアレクシの隣にいると、いい感じにお互いを引き立てている。もちろん、リアーヌも顔で夫を選んだわけではなかろうが。

 室長、次長の関係は良好である。ヴァレリーが若い室長をうまくフォローしている。

「まあ……言われなくてもそうするけど、キトリに却下くらいそう」

「あら。私は研究内容までは踏み込まないわよ」

 ふふっと笑ってキトリはヴァレリーに言った。二人は同時期に魔法研究所に入所したので、友人のような関係を築いている。


 キトリが任されたのは事務処理関係だ。その関係で内容は確認するかもしれないが、それを問い詰めるのはブレーズの役目だ。

「前から思っていたんだが、きっかり仕事を割り切ってるんだな」

 以前一緒にフィヨンへと行ったアレクシが言った。キトリは彼を見上げて眼を細める。

「そう言う立場だもの。割り切らないと、仕事、終わらないわよ?」

 ぐっと室長、次長が押し黙った。キトリはふふっと笑う。そこへ、会議後すぐさま姿を消した魔法構築解析室次長のロジェが「姉さん!」と叫びながら駆け寄ってきた。

「どうかしたの?」

 キトリが尋ねると、ロジェはずり落ちてきた眼鏡を押し上げて言った。

「解析した書類って、項目ごと? 時系列ごと?」

「項目ごとかしらね。出現地方ごとに分けてもらえると見やすいわね」

「わかった」

 ロジェはそれだけ聞くと、踵を返した。まじめだ。我が弟ながら。

「まじめだねぇ」

「魔法構築解析室は資料が多いもの。すぐにとりかからないと、監査までに終わらないことがわかってるのね」

 リアーヌの感心したような言葉に、キトリはそう返した。魔法構築解析室は、その名の通り、魔法陣を構築したり、魔法を解析するのが仕事だ。古いアクセサリーに魔法式が組み込まれていたり、土器が魔力をはらんでいたりもする。それらの解析結果はすべて紙に起こされるので、必然的に資料が多いのだ。


「突然質問されて、それだけ答えられるお前もすごいよなぁ」


 ヴァレリーが言った。キトリは目を細めると、現実逃避している彼らに言った。


「あなたたちも早く取りかからないと、期間内に終わらないわよ」


 催促はするからね、とキトリはにっこり笑った。おっとりした彼女だが、やると言ったら本当にやることを、みんなわかっているだろう。人道的に考えて行わない作戦は多かったが、こういう影響の少ないことならキトリはいくらでもやる。鬼! とか言われてもやる。


 しかし、キトリにも油を売っている時間はない。彼女も自分の論文や資料をまとめて報告する義務がある。出向とはいえ、今はレオミュール魔法研究所の一員なのだ。彼女だけ逃れることはできない。


 幸いにして、キトリは書類仕事は得意だし、ここにきて一年ほどしかたっていない。まとめる書類も少なくて済んだ。それらはブレーズにチェックしてもらう。反対に、ブレーズがまとめたものは一度キトリの元へ降りてくる。相互にチェックがいるのだ。


 監査が入るとわかったその当日は、キトリは丸一日を自分の研究の資料まとめに使った。翌日から、資料が次々と上がってくるのはわかっていた。事務官たちは優秀なのだ。


 予算、執行状況、研究費の適正さ、また、施設や備品の適性検査などもキトリの元へ上がってくる。正直言ってよくわからないが、調べればある程度常識的に判断することはできる。キトリにできることは、資料をチェックしてできるだけ間違いを減らし、指摘点を少なくすことである。必ず何か言われることは決まっているのだから、その件数を減らしたいところ。それでも『魔法研究所として不適合である』と判断されれば、それはキトリとブレーズの責任だ。


 キトリがレオミュール魔法研究所に来てから約一年。期間的にはそれほど長くないが、彼女が書き散らかした調査や研究結果が散乱していた。論文の形になったものが二本、レポートの状態のものが二本。単なるメモ書きが一件だ。これ、どうやってまとめればいいのだろう?


 とにかく、準備を丁寧に終わらせて、当日監査官の前に出なくていいようにしたい。その一心でキトリは研究内容をつづっていく。他の研究室の研究員たちも、今必死に情報の洗い出しを行っているだろう。研究者などは、いちいち実験内容のマニュアルを作ったりしない。自分が書いたメモを、読み取るところから始めなければならない。キトリと同じように!


 こうして、レオミュール魔法研究所の監査準備地獄が始まった。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


監査……いやな響き。


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