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【18】









「海軍が人身売買ねぇ……腐ってるなぁ」

「それを調査しに来たのでは? 確かに、補給物資の中に紛れ込ませればばれないかもしれませんが」

「そうは言うが、大佐も察してはいたんだろう?」

「まあ、基地もない街に停泊するなんて、そんなに理由は考えられませんからね……私はあなたにうまく使われたということですね」


 はあ、とキトリがため息をつく。彼女は隣に立つ男、セザールを睨みあげた。


「……いえ、私の出した報告が元になっているんですね。ということは、やっぱり中将ですね。ほんっとうに食えない方」


 その中将が、キトリの上官なのだろうか。彼女の元にさらに報告が来る。

「大佐! 通商路も確保しました」

「わかったわ。ご苦労様」

 報告に来た兵が敬礼して職務に戻る。セザールは「見事な指揮だ」とキトリの手際をほめた。

「これくらいなら、指揮官教育を受けていればできますよ。あ」

 キトリの視線の先を追うと、エドメが一人の少女に駆け寄って行った。アンヌが捕まっていたのだ。

「姉さん!」

「エドメ!?」

 やっぱり姉弟だったらしい。感動の再会だ。エドメを人さらいに連れ去られたと思っていたアンヌは、自らそこに飛び込んでいったようだ。素晴らしい行動力であるが、向こう見ずでもある。

「さて、大佐。ここまで来たら私が受け負おう。協力、感謝する」

「よろしくお願いします。お役に立てたなら光栄です」

 セザールは笑みを浮かべて、キトリは生真面目に敬礼する。彼女がアレクシを呼んだ。

「アレク。行こう」

「……ああ」

 アレクシがキトリについて行こうとすると、エリーズもついてきた。アレクシは思わず尋ねる。

「エリーズもついてくるのか?」

「私は大佐の護衛ですから」

「……まあ、一緒にいらっしゃいな」

 キトリは苦笑してエリーズを手招きした。


 陸上通商路を守っていた兵たちとも合流した。その中の一人がキトリに駆け寄り、敬礼する。

「お久しぶりです、シャルロワ大佐。相変わらずお綺麗だ」

「相変わらずお上手ね、少佐。お疲れ様」

 背の高い男性だった。アレクシも長身な方だが、それより背が高い。一応私服を着ているが、彼なら軍人だ、と言われても納得できる。キトリとエリーズは軍人っぽくないのだ。


 彼は陸側の包囲網を担当したジュール・ポワレ少佐と言うらしい。やっぱりキトリの部下だとのことだった。明るい茶髪にとび色の瞳をした精悍な顔立ちの男性で、キトリよりやや年上、三十歳になるかならないか、と言ったところだろうか。

「そちらは大丈夫そう?」

「ええ。ボーマルシェ少将がうまく手をまわしてくださいました。そもそも、海上に慣れたものが陸上で戦おうと思うのが間違いですね。そんなことができるのは我らが上官殿くらいですよ」

「ドゥメール中将ならできそうねぇ」

「私が言ったのは大佐のことなのですが……まあいいです」

 キトリのこのすっとぼけたような回答は、本気なのか冗談なのか、ちょっと判断に困る。そこに、ヴィルパン博士の助手をしていた男性が駆け寄ってきた。泊まっているホテルの近くまで来ていたのだ。


「あああああああ、すみません! 大佐殿!」

「はい?」


 この四人の中で大佐はキトリだけだ。と言うか、キトリが陸軍大佐だという話が急速に広まっている気がする。

「どうかしましたか?」

 おっとりしたキトリの口調に、助手も落ち着いてきたらしい。落ち着いた口調で言った。

「あの、実は、博士の研究論文が見当たらなくて……」

 アレクシは思わずキトリを見た。彼女も、彼を見上げていた。キトリが助手に言った。

「ヴィルパン博士の研究所に案内してくれる?」

「もちろんです。こちらです」

 キトリとアレクシ、それにジュールとエリーズもついてきた。特にエリーズは、キトリから離れる気はないらしい。


 研究室はきれいに整えられていた。キトリが、「私の研究室よりきれいかも」なんてつぶやいている。彼女の研究室は荒れているわけではないが、雑然と整っている感じなのだ。

「この金庫に入れてあったはずなんですが……」

「これね」

 キトリがしゃがみ込み、助手の示す金庫を検分した。ジュールも覗き込み、「こじ開けられた跡はありませんな」と言った。アレクシは本棚の本や、許可を得て机の引き出しを開いたりしていた。特に変なものは入っていなかった。

「キトリ、どうだ?」

 アレクシが声をかける。キトリは顔をあげた。

「よくある、ダイヤルと魔法陣の複合の金庫ね。そう簡単に開くはずはないと思うのだけど」

 そう言って、彼女は周囲を見渡した。

「荒らされた痕もないし……最後に論文を確認したのは?」

「あ、ええ。昨日、論文発表会の後に片づけた時でしょうか」

「なるほど」

 と言うことは、約一日見ていなかったのだ。まあ、そう頻繁に確認するものでもないが。

「論文がないと気付いた時、金庫は閉じていた?」

「ええ」

 今空いているのは、助手が開けたかららしい。中に入っていたのは、別の論文の束だったらしい。

「じゃあ、誰かがすり替えたのかもしれないわ。発表会の後にね」

「……確かに、それならこの部屋がきれいな理由も、金庫が空いていなかったのも、中に違う論文が入っていたのも説明がつく。だが、この警備の中論文を持って街を逃げるのは難しくないか? 街中にいるのかもしれないが、俺ならキトリがいるのにそんな危険なことはしたくない」

 アレクシがきっぱり言い切ると、キトリは「あなた、私をなんだと思っているの」と唇を尖らせた。六つも年上の女性だが、その様子が可愛らしい。


「でも、確かにそうね。街に残っているとは思えない。でも逃げるには、海軍もいたし、ボーマルシェ少将が見逃すはずがないし……」


 考え込んだキトリだが、すぐに気づいたようで目を細めた。

「いえ、いるわね。包囲網を抜けて外に出られる人」

「誰だ?」

 アレクシが尋ねる。こういうことになると、ジュールやエリーズより、キトリはアレクシを会話相手に選ぶようだ。彼女はまっすぐにアレクシを見る。

「あなたのお父様。仕事があるからと、先に帰っていったでしょう?」

「……あの時に? いや、でも、父ならやりかねん……!」

 自分の父に怒りを募らせるアレクシの肩を、キトリが軽くたたいた。

「落ち着いて。あなたのお父様が主犯だとは限らないでしょう? 誰かに命じられたのかもしれないし、だまされたのかもしれないわ」

「……それはそうだが」

 今のところ、物理的な証拠は何もない。状況証拠だけで、しかも、大いにアレクシたちの私情が入っていた。だが、キトリの指摘したことは、きっと、最も事実に近い。


「不用意なことを言った私が悪かったわ」


 ふてくされたようなアレクシの頭を撫でて、キトリは言った。エリーズが「ずるいです!」と非難の声を上げる。というか、彼女はキトリを好きすぎだろう。

「ですが、論文を盗んでどうするつもりなんでしょうか。すでに発表されているのであれば、盗む必要はありませんよね」

 鋭い指摘をしたのはジュールだ。確かにそうだ。発表された以上、論文に秘匿性はない。

「……もしかしたら、論文に別の意味があるのかもね……研究内容からしてろくな内容じゃないでしょうけど」

 そう言って、キトリらしからぬため息をついた。アレクシに対抗するようにキトリに抱き着いたエリーズが首をかしげる。

「ヴィルパン博士はろくな内容ではないとわかって研究していたのでしょうか」

「どうかしらね。でも、試したくなる気持ちはわかるわ」

「俺もだ。まあ、実際にやってたら、山一つくらい吹っ飛んでるだろうけどな」

「わかるわぁ。もしかしたら、七年前に戦争が終わっていたかもしれないわね」

「それはやるべきなのでは?」

「何の罪もない帝国住民の半分を殺戮してもいいというの?」

「……できないな、キトリには」

「……そう言う反応が返ってくるとは思わなかったわ」

 きょとんと眼を見開いたキトリは、すぐにアレクシを見上げて微笑んだ。その顔を見て、アレクシは思わず目をそらす。顔を逸らした方にジュールがいて、彼はにやついてアレクシを見ていた。


「少年、なかなか趣味がいいな」

「……」


 どこぞの監査官にも同じようなことを言われた気がする。そんなにわかりやすいのだろうか。

「大佐は彼のようなタイプがお好みで?」

「へ? まあ、可愛いとは思うわね」

 可愛い……どう考えても弟扱いで、ちょっとへこんだ。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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