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【13】








「うまく逃げられたんだといいんだけど」


 小路地に入った二人は、ゆっくりと歩きながら話をする。不安げなキトリに、アレクシも言った。

「ちょっとそれは確認できないな……連れ去られたんじゃないといいが」

 アレクシも少し不安になる。それから、気になっていたことを聞いた。

「そう言えば、どうして突然喧嘩のふりをさせられたんだ、俺は」

「ああ、ごめんなさい。でも、すぐに乗ってきてくれて助かったわ……。他愛もない喧嘩をすれば、こちらに気がそれるんじゃないかと思って。その間に逃げてくれたらいいなって」

「……まあ、痴話喧嘩を見せられたら、ばかばかしくなって立ち去ろうと思うかもしれないけどな」

 あの手のタイプなら。こんなところでいちゃついてんじゃねぇ、くらいは思うかもしれない。ヤジの中にもあったし。


「痴話喧嘩? 姉弟喧嘩のつもりだったんだけど」


 ……キトリが引っかかったのはそこのようだった。道理で微妙に話がかみ合ってないと思った。

「俺は痴話喧嘩を吹っ掛けられているのかと。姉弟と言うには似てないだろ、俺たちは」

「……そうね」

 と、キトリは自分の黒髪を見て、アレクシの金髪を見た。遺伝的に、黒髪と金髪が兄弟である確率は低い。と思う。


「なら、アレクの判断の方が適切かもしれないけど、恋人にも見えてなかったかもしれないわね。私の方がだいぶ年上だし」


 だいぶ、と言っても六歳だ。アレクシが大人びていることと、キトリの雰囲気が柔らかいことをかんがみれば、ありえなくはないと思う。思いたい。


「仲良しカップル、ここにいたか」


 耳慣れない言葉で話しかけてきたのは、昨日のパーティーで面識を得たセザール・ボーマルシェ氏だった。キトリが落ち着き払って「こんにちは」などとあいさつをしている。

「なかなかの仲良しカップルぶりだったな」

「私としては姉弟喧嘩のつもりだったのですけど」

「と、言うには似ていないだろう」

 と、セザールも言った。ですよねぇ、とキトリもアレクシもうなずく。

「というか、見ていたんですか」

 アレクシがつっこむと、セザールは「ああ」とうなずいた。

「面白い見世物だったぞ。ああ、暴力を受けていた親子だが、手当てして無事に帰しておいたぞ」

「! ありがとうございます」

 キトリが微笑んで礼を言った。セザールが「本当にいい女だなぁ」とつぶやいた。キトリは「むしろ悪い部類に入ると思うんですが」とまじめに応えている。

「二人とも、良ければ私の家に来ないか。家というか、職場を兼ねているが」

 セザールの申し出に、アレクシとキトリは顔を見合わせた。彼が何かするとも思わないが、したとしてもこの二人なら何とかなる……気がする。


「……では、お言葉に甘えてもいいですか? 学会までには帰りたいですけど」


 と言っても、学会は昼過ぎから。まだ時間はある。


「では、昼食でも共にどうかな。ん? ああ、エドメ、こっちだ」

「先生! あれほど動かないで下さいと言ったでしょう!」

 駆け寄ってきたのは、昨日パーティーで見た少年だった。やはり、セザールの従者らしい。彼はキトリとアレクシを見て「あ」と言う表情をした。

「大佐、アレクシ君、私の従者のエドメだ。エドメ。こちらの女性はシャルロワ大佐。青年はアレクシ君だ。粗相のないようにな」

「は、はい」

 緊張気味にエドメがうなずいた。おっとりと微笑むキトリ・シャルロワ大佐は彼に尋ねた。

「そう身構えないで。エドメ君はおいくつ?」

「……十五歳です」

「そう。しっかりしてるわねぇ」

 おっとりしたキトリに言われると真実味がある。彼女の優しげな気性に後押しされたか、エドメが尋ねた。


「あの、大佐は海軍……ですか?」


 この町に住んでいれば、軍人と聞けばまず海軍を連想するだろう。彼の口調から、あまりいいイメージがないであろうこともわかる。

「いいえ。私は陸軍所属よ」

「……そうなんですね」

 何となくほっとしたように、エドメが言った。

「納得できたか? じゃあ、行こうか」

 セザールがそう言って歩き出す。エドメがあわてて続き、アレクシはキトリがこけないように気を配りながらその後に続いた。

「ここだ。遠慮はいらないぞ」

 セザールの家は職場兼用なのか、多くの人が出入りしていた。見た目普通の家に見えるが。

「キトリ……彼が何の仕事をしているか、わかるか?」

「何となくは」

 さくっと帰ってきた返答に、アレクシは答えを聞きたくてそわそわする。キトリはそんな彼の様子に気づき、ふふっと笑う。

「気になる?」

「気になるな」

 アレクシが期待して言うと、セザールから注意がとんだ。


「大佐。いくらあなたでもやめていただけるかな」


 キトリがセザールの身分を察しているとわかったうえでの言葉だ。先手を打たれたキトリは肩をすくめて沈黙した。

 来客用の応接室で何故か食事をいただく。軽食に含まれるようなものだったが、おいしい。

「二人はこの街が少しおかしいことに気付いているか?」

 セザールの問いかけに、アレクシもキトリもうなずいた。

「海軍の支配力が大きいですね」

 キトリがアレクシに説明したことを同じことを簡潔に言った。セザールが「そうだ」とうなずく。

「どこでも、多少は軍の影響があるものだが、この街は軍を抜いている。君たちも、海軍の士官に暴行されている親子を見て、喧嘩のふりをしたんだろう」

 セザールがうまくフォローしてくれてよかったと思う。この男、キトリと同じくらい頭がいいし機転が効く。キトリは頭がいいが、彼ほど機転が利く方ではないだろう。


「セザールさんが気づいてくださってよかったです。本当は、直接引き離しに行った方がいいとわかっていたのですけど、顔を知られたくなくて」


 そう言えば、キトリははじめにそんなことを言っていた。外見から、キトリが『シャルロワ大佐』であるとばれる可能性を考慮したのだろう。軍内でキトリは有名らしいので、こっそり動くなら知られないようにするしかない。


 ……なんだか、趣旨が変わってきている気がする。


「賢明だな。シャルロワ大佐は、海軍内で敵視されている」

「フラヴィニー海戦のせいですね。海上戦は専門外なのですが」

「あれは陸海軍を連携させた、素晴らしい戦術だった。……まあ、それはさておき、あなたはアレクシ君と一緒にいたほうがいいな」

 遠回しに自分自身の戦闘力は高くないだろうと言われているキトリである。事実だけど。何もないところでこけるくらいボーっとしている。運動神経は悪くないのに、何故だろうか。

「……では、そうします。よろしくね、アレク」

「もとよりそのつもりだ」

 キトリと同行すると決まった時、自分がしっかりしなければ、と思ったのだ。彼女は雰囲気がおっとりしているし、どこかぼんやりしている。見た目に反してしっかり者で、頭の切れる女性ではあるが、見た目と言うのは人の印象の大半を占めるのだ。

「さて。話を戻すが、大佐の言うとおりこの街は海軍の支配下に置かれている。ここ一年ほどの間だな」

「一年……」

 ちょうどキトリが最前線を離れたころだ。まあ、彼女と関係があるとは思えないが。

「今ではすっかり、街の者は海軍の言いなりだ。今日のように、海軍が乱暴していても誰も止めない。自分も巻き込まれるからだ」

 セザールの言葉に、アレクシは顔をしかめた。キトリは思慮深げな表情を浮かべている。

「この街に、海軍基地はない。だが、時折今日のように軍艦が停泊する。そして、その時に限って行方不明者が出るんだ」

 セザールの言葉に、アレクシは金の流れがおかしい、というレオミュール魔法研究所長ブレーズの言葉を思い出した。もしかして、このことに関係しているのだろうか。


「……地方統治機関も海軍の支配下にあるということね。フィヨンには海軍基地がない……しかし、寄港地としては使える位置にある。基地のあるエストレからほど近く、軍艦が寄港しても不自然ではない場所。おあつらえ向きね」


 キトリがため息をついた。アレクシはキトリを見つめる。

「すまない、キトリ。良くわからない」

 とにかく、フィヨンの街が海軍の強い支配下にあることだけわかったが。

「海軍が人身売買に関わっているかもしれない、と言うことよ。フィヨンは港町で、貿易港があるわ。なのに、その割には金のまわりが少ないの。わからないように、一年前から徐々に減らされているのね」

「……」

 この二人、ちょっと怖い。敵に回したくないタイプだ。

「そう言えばアレク。あの軍人、どんな姿だったか覚えてる?」

「え? あ、ああ……とび色の髪で背丈はキトリより少し高いくらいで……」

 小柄で小太りな中年男性だったと思う。階級章は少佐のものに見えた。


「副艦長か航海士ね。海軍の規律はどうなってるのかしら」


 若干の怒りを込めて、キトリが言った。陸軍ならあり得ない事態なのだろう。まっとうな意見にセザールが笑った。

「誰しも、あなたのようにまっとうな精神構造をしているわけではないということだな。さて、そろそろ食べてしまわないと、学会に遅れてしまう」

 セザールにせかされて、食べる方に集中した。それでも、キトリの食事スピードはゆっくりだったが。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


キトリさんの精神構造がまっとうかは微妙なところである。


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