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【12】









 パーティーの翌日。学会、というか研究発表が午後からと言うことでアレクシはキトリを連れて買い物に来ていた。言った通り、ドレスを買いに来たのだ。

 やややせぎすではあるが、一般的な体格にそれなりに整った顔立ちをしたキトリは、わりと何を着ても似合う。しかし、黒髪なので明るい色の方がいいだろうと言うことで、青いドレスを買うことにした。そこそこ値が張ったのは、質がいいのもあるが輸入品だからだ。


「輸入品と考えれば、適正価格ね」


 キトリが購入したドレスの入った紙袋をちらっと見て言った。その荷物はアレクシが持っているのだ。さすがに、彼女に荷物を持たせるわけにはいかない。

「貿易港だけあって、レオミュールよりは安いが……」

「あそこはまた僻地だものね」

 もともと、城塞都市のレオミュールだ。かつて国を守る要衝だったとはいえ、現在はただの僻地である。まあ、その方が都合がよいので、シャルロット・エメ・フィリドールはこの地に魔法研究所を作ったのだろうが。

「そう言えば、何か気づいてるんじゃないのか。この街のこと」

「あら。気になる?」

 おっとりとキトリが首をかしげるので、アレクシはうなずいた。キトリはほわんと微笑む。


「この街は、海軍の支配下にあるのね」

「……まあ、確かに海軍はちらほら見るが」


 と、アレクシが言ったときにも、彼の眼には海軍の軍人の姿が写っていた。青と白の海軍の軍服が、確かにフィヨンでは多く見かけられる。

「……だが、港街にはよくあることなんじゃないか」

 レオミュールにも小規模だが、軍事基地はある。こちらに駐留しているのは陸軍だ。キトリが所属しているのも陸軍。

 対して、フィヨンにいるのは海軍。海が近いから、そうなるのは仕方がないし、どこかレオミュールと雰囲気が違うのも、海陸の違いだろうと、アレクシは思っていた。

「あのね、アレク。フィヨンには軍事基地がないのよ」

「そうなのか!?」

 思わず大声をあげたアレクシを、キトリはえい、とつついた。痛くなかったが、こそばゆい。

「それにしては軍人を見かける気がするが……」

 注意されたのは声を低めてアレクシは尋ねた。キトリが「そうね」とうなずく。


「さすがに察しがいいわ。基地がない割には軍人が多いの。フィヨンの最寄海軍基地はエストレになるけれど」


 エストレと言うと、七十年前の帝国侵略の折、上陸された港町だ。そういう意味で、歴史がある。フィヨンからは最寄と言っても、少し距離がある。

「……つまり?」

「港があるから、軍艦が寄ることはあるわ。だけど、ここまで軍人が多いのはおかしいわよね。この辺りで演習があるとも聞かないわ。なのに、軍人が軍服で歩いていても何も言われない。むしろ、住民たちは遠慮しているように見える。どうしてかしらね」

「……」

 最後まで言わないキトリは、アレクシに考えさせるつもりなのだろうか。彼女はたまに、教師っぽい。

「まあ、まだこちらに来て一日だわ。断定するのは早いかもしれないけれど」

「……言ったのはキトリだろう」

「そうね」


 にこっとキトリは笑った。食えない……。


 その時、汽笛の音が聞こえた。何気なく、二人は港の方へ眼をやるとそこに軍艦が寄港しようとしているのを見て取った。

「海軍か」

「アルドワン級軽巡洋艦ね。あの規模なら、艦長は中佐かしら」

 しれっと見ただけで言ってのけたキトリに、アレクシは驚く。

「わかるのか」

「海戦の作戦も立てたことがあるから……必要に迫られてね」

 アレクシは「そうか」とだけ返した。戦争に辟易して逃げてきたはずのキトリだが、彼女は軍事知識が豊富だ。それを普段から研究に利用している。

「……何しに来たんだろうな。あの……巡洋艦?」

「軍艦が基地でもない港に寄港することは稀にあるけれど、確かに珍しいわ」

 そう言って、キトリは少し考えるようなそぶりを見せた。数秒考え込んでから、またおっとりと微笑む。

「せっかくだから、何か外国のものでも食べていく?」

「……いいかもしれないな」

 ドレスだけ買って戻るのも惜しい気がする。学会は午後からであるし、まだ時間はある。少しカフェに寄るくらいのことはできるだろう。


 手近なカフェに入ろうと周囲を見渡すと、南国フルーツの店を発見した。あそこにしようか、と足を進めかけるが。

 どしゃ、と大きな音がした。人が倒れるような音だ。治安が良くないのね、とキトリが小さくつぶやく声が聞こえた。

「ぶつかってきたのはそっちだろう! 財布でもすろうとしたか!」

 聞くに堪えない雑言が吐き出された。女性が必死に謝っている声も聞こえる。アレクシはそちらの方を見た。

「何が起こってるの?」

 女性の平均的な背丈であるキトリには、見えないらしい。アレクシは顔をしかめながら言った。

「子供がスリと間違えられたようだな。母親と一緒なんだが」

 子供と共に母親も暴力を振るわれているが、誰も助けない。見て見ぬふりをするだけだ。立ち止っているアレクシとキトリも迷惑そうにされているが。

「……海軍の軍人に危害を加えられているようだ」

「特徴を覚えて」

 キトリの無茶ぶりが来た。無茶ぶりだが、アレクシの絶対記憶能力を知っているからこその無茶ぶりである。ついでに近づこうとするが、キトリに手をつかまれた。


「駄目よ。顔を覚えられるわ。……少し付き合ってね。ごめんね」


 先に謝られたので、嫌な予感がした。唐突にキトリがアレクシの頬を打った。

「どうしてそんなことを言うの。心配しているのがわからないの?」

 大きな声ではなかったが、良く通る声だった。どういう設定かわからないが、痴話喧嘩のつもりでアレクシは言葉を返す。

「俺だけで大丈夫だ。あなたに言われる筋合いはない」

「だから、どうしてそう言うことを言うの。危ないことはしないで」

 キトリがアレクシの腕をつかんで見上げてくる。近い距離に勘違いしそうだ。周囲を錯覚させようとしているのだが。

「あなたも自分から首を突っ込んでいくだろう。むしろ俺達がどれだけ心配していると思っている」

「う……っ。それこそあなたに関係ないわ」

「ある。あなたが傷つくのを見るのは、俺が嫌だ」

 キトリが目を見開いたのは演技ではあるまい。常におっとり平常心の彼女を驚かせることができて、アレクシは少し優越感を覚える。


「……馬鹿なことを言わないで。私もあなたが傷つくのは嫌なのよ」


 さすがに持ち直してきた。でも、もしかして押したら行ける? とアレクシはもう少し押してみる。

「俺は本気だ。俺がやめるのなら、あなたもあきらめるべきだ」

「……無理を言わないで」

「なら、俺もやめない」

 アレクシが平然と言ってのけると、キトリは彼を睨みあげた。いつの間にか人目を集めていたらしく、ヤジが飛んでくる。おあついな、痴話喧嘩はよそでやれ、そこは抱きしめるところだろ、などなど。なるほど、世の中ではそうするものなのか。

 キトリにも聞こえているので意外性はないが、アレクシはキトリを抱き寄せた。抱きしめるのではなく、腕で囲うほどの弱いものであるが、周囲から歓声が上がった。アレクシが人の頭の上から確認すると、軍人と親子はいなくなっていた。無事に逃げられたのだろうか?

「キトリ。さっきの親子、いないぞ」

「こっちの騒動で軍人の気がそれてくれないかと思ったんだけど……」

 小声での会話だ。距離が近いのでこの大きさでも聞こえる。演技の必要性がなくなったので、キトリがアレクシを押しやる。


「あの、恥ずかしいから離れて……」


 顔をうつ向かせていたが、彼女のふるまいが本当に恥じらっているようで、アレクシはこの状況で思わずどきっとしてしまった。先ほどの声を聞く限り、彼女は冷静だったが。

「そうか。離れるか」

 キトリが顔をうつ向かせたままアレクシの言葉にうなずいた。彼女の手を引いて小路地に入ると、キトリは顔をあげた。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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